継ぎ手、覚醒――霧の街道でマリアと再会
クラリッサの力は覚醒し、
マリアの「真実固定」の力との衝突は避けられなくなりました。
「間に合わなければ
……王国そのものが“固定”されてしまう」
呟いた瞬間、扉がノックされた。
「クラリッサ嬢、準備はできていますか?」
静かなルシアンの声。
扉を開けば、身軽な礼装をまとった彼と侍従が並んでいた。
「これより王都リオネールへ向かいます。
ただ――“第二の改変”が始まりつつあるようで」
「第二……?」
ルシアンは頷き、クラリッサの手をそっと包んだ。
「マリアは殿下だけでなく
……“歴史”にも干渉し始めています」
クラリッサの胸が強く跳ねる。
「歴史に……そんなことまで?」
「《ファタリス・シール》は、“真実を書き換える”権能。
王家の記憶書が偽りを受け入れた。
……恐るべき力です」
クラリッサの背筋に冷気が走る。
歴史が変われば、国の基盤も砂のように崩れる。
「恐れなくていい。
あなたには《アナスタシス・コード》がある。
そして、僕たちもいる」
クラリッサは小さく息を吸い、頷いた。
「……行きましょう」
馬車は霧の街道へ進む
湿った若葉の匂いが流れ、車輪の音だけが静けさを裂く。
――そのとき。
馬車が急停止した。
「前方に……封印光!」
御者の叫びにルシアンが窓から身を乗り出す。
「これは……《白金封文》?
まさか、こんな応用まで……!」
白い光輪が街道を塞ぎ、その中央に“影”が立つ。
クラリッサは思わず息を呑んだ。
銀の髪。 静かな微笑。
しかしその瞳には、もはや“人のあたたかさ”はない。
マリア。
「ごきげんよう、クラリッサ様。
こんなに早く。 さすが“理の継ぎ手”
――行動が迅速ですわね」
ルシアンが剣の柄に手をかける。
「道を開けろ、マリア。
君の干渉は、公爵領内では禁じられている」
マリアは微笑みを崩さず、淡く言った。
「わたくしの言葉は“真実”です。
法よりも、世界に優先されますわ」
クラリッサは一歩、前へ出る。
(逃げても、誰も救えない)
「……マリア。 あなたは何を望んでいるの?」
マリアは祈るように目を閉じ 柔らかな声で告げた。
「あなたの《アナスタシス・コード》を奪って、
《プリムローズ・メモリア》を“完結”させるの。
――この物語を、私の断罪で終わらせないために」
次の瞬間、 光輪が揺れ、刃のように鋭さを増す。
「クラリッサ、下がれ!」
剣閃が光の輪を撃ち砕いた。
「あなたが救われる未来は、『嘘の物語』なのです。」
砕け散る白金の光の中で
―― マリアの歪んだ笑みを浮かべると、霧のように消えた。
ルシアンが剣を収め、低く呟く。
「……マリアは撤退したんじゃない。
“本番”のために場所を変えただけだ」
クラリッサは拳を握る。
「わかってるわ。 ――王都で、決着をつける」
十台の馬車が王都へ
空は蒼い。しかし、重かった。
伝令が駆け寄り報告する。
「王都では鎮魂の鐘が鳴り続け、兵は黒腕章です。
宰相派が動き、第一王子の即位は既定路線に……」
「理紋の承認もか?」
「はい。王の印章はすでに移譲済みとのこと」
ルシアンが息を呑む。
「王の魂は祈祷にすら渡っていない……。
理が移るはずがない」
「理紋を“偽造した”のだ」
エルネストの声が鋭くなる。
「禁忌の“断片継承”を使ったのだろう。
形だけ理を移したように見せる……危険な術だ」
クラリッサは密書を開く。
“第二王子の”解析”、封印移管。
離宮勢力、王権より除名。
セリーヌ王妃は第一王子側に。”
――最初から準備されていた文面。
「兄上……どう動くのです?」
「西門に向かう。宰相派の警備がいても、今は処分されまい。
揺れているはずだ」
ルシアンは震える息を吐く。
「それでも……私は信じたい。
この国の“光”は、まだ誰かのために残っていると」
クラリッサはその手を握り返す。
「それは虚構じゃないわ。
あなたが信じる限り、“優しい理”は必ず残る」
エルネストも静かに頷いた。
やがて丘を越えると、王都の尖塔が見えた。
本来なら夏光に輝くはずの塔は、どこか濁っていた。
胸奥で《プリムローズ・メモリア》が警告を灯す。
――【理の濁り検知:改変影響、接近】
もう、王都は“彼女の世界”になりかけていた。
ルシアンは王妃が思うような
優しいだけの男ではありません。
ルシアンは理紋の力に一番早く目覚めました。
《王位継承順位が変わることを恐れ、二人の兄の力が目覚める迄、
母親にまで力を隠した優し過ぎる息子》
それが、セリーヌに刻まれたルシアン像です。




