王の崩御 ― 朝の報せ
王の死が告げられ、静かな離宮が嵐の渦中に巻き込まれる。
――それは王国の真実を暴く夜明け。
朝の離宮は、薄い金色の光に抱かれていた。
初夏の風は草花を揺らし、鳥の声が静かに溶けていく。
──けれど、その穏やかな朝は一瞬で終わった。
「……王が、崩御された。」
その言葉に、クラリッサの息が止まる。
胸元を押さえる指先が震え、視界がわずかに揺れた。
エルネストは届いたばかりの書簡を握りしめていた。
紙が、怒りを吸い込むようにくしゃりと沈む。
「早すぎる……いや、これは“早められた”と見るべきだ。」
揺れるカーテンの隙間で、封蝋の赤が不吉に光る。
その表書きには冷たく刻まれていた。
“戴冠、二日後──王都リオネールにて”
「葬儀より先、ですか……？」
震える声でルシアンが呟く。
「第一王子派が動いたな。」
エルネストの声には、抑えた怒りが滲んでいた。
侍従が震える手で次の報告書を差し出す。
「南部駐屯軍は……橋の崩落で戻れません。
王都防衛軍の転用も、難しいかと……」
偶然ではない。
“間に合わないように”計算された遅延。
その瞬間──
クラリッサの胸奥で淡い光が震えた。
《プリムローズ・メモリア》が囁く。
――【理の遅延を検知：改変率上昇】
――【継ぎ手モード、準備】
ルシアンが前へ出ようとする。
「兄上。私が王都へ行けば――」
「駄目だ、ルシアン。」
エルネストは即座に遮った。
「お前ひとりで犠牲になることはない。」
重い沈黙。
その中で、クラリッサは静かに口を開く。
「……王都へ、戻られるのですね。」
エルネストは短く頷いた。
怒りでも冷徹でもない、覚悟の光が宿っていた。
「当然だ。理を奪われ……ただ従うなど、ありえん。」
胸の奥で小さな決意が灯る。
「なら……私も行きます。」
エルネストが振り返り、しばしクラリッサを見つめる。
その視線は、彼女の恐れも決意もすべてを受け止めていた。
「準備を急ぐ。護衛は半数に絞れ。
昼までには出発する。二日で王都へ辿り着くぞ。」
「はっ！」
離宮の中庭が、一気に慌ただしく動き出す。
馬車が軋み、金具が鳴り、初夏の風が緊張を運ぶ。
クラリッサは揺れる花々を見つめた。
淡い光が、不安を映すように瞬く。
（迷っている時間なんて……ない）
再び《プリムローズ・メモリア》が囁く。
――【継ぎ手の記録、連結】
逃げられない。
世界の“理”そのものに触れる戦いが始まろうとしていた。
＊ ＊ ＊
中庭はざわめきに満ちていた。
馬車、護衛、情報伝令──すべてが加速していく。
クラリッサは窓辺に立ち、花弁の揺れを見つめる。
（……大丈夫。もう、決めたはずよ）
エルネストの言葉。
ルシアンの温かな手。
《プリムローズ・メモリア》が繋いだ“家族”という記録。
それらすべてが、ひとつの答えを指していた。
「《アナスタシス・コード》……起動します。」
二人は迷いなく頷く。
「焦らなくていい。君のための時間なら用意できる。」
エルネストは淡光を放つ水晶板を取り出す。
《理の継ぎ手、接続準備》
「……前の共鳴のときと同じ文字。」
クラリッサが呟く。
「だが今回は、“君の意志”で起動する。」
ルシアンが肩にそっと触れた。
「大丈夫。クラリッサならできる。
その力は、この国を守る“理の盾”になる。」
胸が跳ねる。
それでも目を閉じ、光へ身を預けた。
黄金の文字が奔る。
《継ぎ手モード：解禁》
《第一段階：再生の理紋》
温かな光が指先へ絡みつく。
「っ……！」
痛みではない。
“本来の自分が戻ってくる感覚”。
「反応速度が常人の三倍……想定以上だ。」
エルネストが息を呑む。
「クラリッサ、無理なら――」
「……まだいけるわ。」
胸の奥へ刻まれた“記録”が強まっていく。
「マリアの《ファタリス・シール》に抗うには……
私自身の記録を書き換えればいいのね？」
「その通りだ。」
エルネストは力強く頷く。
「《ファタリス・シール》は“外側から”理を固定する。
だが《アナスタシス・コード》は“内側から”理を再生する。」
ルシアンも続けた。
「誰か一人の祈りで、この国が塗り替えられてたまるものか。
君の力は、その拒絶の証になる。」
クラリッサは静かに頷いた。
そのとき──
馬蹄の音が石畳を叩く。
霧の向こうから、黒外套の騎士が現れた。
「……使者？」
エルネストの腹心、オリバーが膝をつく。
「アルベリオン公爵が……王宮に出向いたまま消息を絶ちました。」
クラリッサの心臓が跳ねた。
「陛下の崩御だけでなく……お父様まで……」
崩れ落ちそうになった肩を、エルネストが支えた。
震える指に、彼の手がそっと重なる。
その瞬間。
《プリムローズ・メモリア》が警告を放つ。
《次の改変点まで、残り僅か》
霧の向こうで黄金の光が揺れた。
それは──
マリアの《ファタリス・シール》が、
王都全域へ侵蝕を広げ始めた兆しだった。
物語はいよいよ“理”を巡る核心へ向かいます。
クラリッサの選ぶ道が、この国の未来そのものを決める瞬間です。
