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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
第一章
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06.第一章四話


 翌日、オフィーリアは執務室のソファーに座り、テーブルの上を見つめていた。大量に積まれている手紙を。


「縁談がまた大量に」

「見ればわかるわ」


 セバスチャンがつい今し方、魔法で転送してきたこれらは、すべて婚約の申し込みのための手紙である。

 オフィーリアの元には支援等の話だけでなく、縁談もかなりの数が来る。特に最近は増加傾向にあった。

 権力も財もある未婚の女公爵だ。オフィーリアを説得できれば女公爵の夫ではなく婿がアシュクロフト公爵になることも可能なので、どちらにしても跡継ぎではない貴族の子息にとっては最高の結婚相手である。


 当然ながら、縁談は国内からのものだけに留まらない。過去には他国の王族との話もいくつかあったけれど、一切興味がないので即座に断った。


「また増えた?」

「断った方からも熱烈なラブレターが」

「迷惑でしかないわね……」


 アシュクロフトを恐れているくせにこういうところは無謀というか、執念深いことだ。それほど権力とは魅力的なのだろう。

 オフィーリアはため息を吐いて、縁談の手紙の山から適当に一通手に取る。差出人の名前には覚えがあった。


「この男、確か婚約者がいたはずだと記憶しているのだけれど」

「婚約を解消なさったようです」

「あら。前にもいたわね、こういうの」


 オフィーリアとの縁談など望みが薄いどころか叶う可能性はゼロだというのに、すでにまとまっている縁談を白紙にしてまで求婚してくる者は存外少なくない。更には既婚者からもぜひ仲良くという申し出があるので、本当にうんざりさせられる。


「なんて不誠実な男たちなのかしら」

「オフィーリア様の美貌に惑わされてしまったのでしょう。仕方のないことでございます」

「おだてても何も出ないわよ、セバスチャン」

「本心でございます」


 この執事は上手く嘘をつくこともあるけれど、オフィーリアに対してこのようなお世辞は口にしない。本心だとわかっていてオフィーリアも乗ったのだ。


「とにかく、いつもどおり全部断っておいて。しつこいところは無視していいわ」

「かしこまりました。それから、ラウントリー家よりお手紙が」

「ありがとう」


 ペネロピの父、ラウントリー伯爵から送られてきたらしい手紙をセバスチャンから受け取る。

 内容は昨日のうちにこちらから送っていた抗議文に対する返事で、謝罪と慰謝料について話すためにアシュクロフト邸を訪問したいとのことだった。


「日程の調整は任せるわ。令嬢の同行は認めないと伝えてくれる?」

「かしこまりました」


 セバスチャンは魔法で手紙の山を自室に転送し、執務室を後にした。

 オフィーリアはブラッドがテーブルに置いた紅茶が入ったカップとソーサーを手に取り、カップを口元へ運んで一口飲む。


「あの女の両親にわざわざ会ってやるのか?」

「ええ。今回は本格的に忠告するつもりだから。両親に改めて叱責されたところで今更あの子が大人しくなるとは思っていないけれど、それこそ好都合だもの。忠告というより挑発ね」


 カップとソーサーをテーブルに戻し、オフィーリアは背もたれに体を預ける。


「それにしても、どんなに断っても縁談が減らないのは面倒ね……」


 そもそも、オフィーリアはかつて親が決めた王族との婚約を、自らが当主となってすぐに解消している。そんなオフィーリアに我こそはと話を持ちかけているのだから、自信過剰と言わざるを得ない。


「縁談を持ちかけるということは、わたくしに選ばれる可能性があると思い上がっているのよね。随分な過信だこと」

「ダメ元の奴らが大半だろうがな」

「それでわたくしを不快にさせるのはデメリットしかないのに、そこまで思考が及ばないところが愚かなのよ」


 オフィーリアは今年で二十歳になる。貴族の娘は未婚のほうが少ない年齢で、婚約者すらいないのは相当珍しい。「公爵位を継いでおり忙しいために結婚を後回しにしているものの、さすがにそろそろ身を固めることを意識しているはずだ」と周りは考えているのだろう。


「――オフィ」


 ソファーの後ろから、ブラッドがそっとオフィーリアの長い髪を手で避け、細い首に軽く触れる。


「少し見えてるな」


 チョーカーがずれたのか、隠していた痕が一部見えてしまっているらしい。さほど気にならないので、オフィーリアはかすかに笑みを零す。


「もっと幅があるものか、襟がある服にすればよかったわね」


 隠しているのは、まだ若かったり恥ずかしがりだったりする使用人たちへの配慮である。人によってはこの痕がどういうものかに気づくと羞恥心から挙動不審になり、仕事に多少の支障が出てしまうらしいのだ。


「つけるなら隠しやすいところにしてくれたらありがたいのに……わざと?」


 この痕をつけた張本人であるブラッドは、オフィーリアの問いにそっと目を伏せた。


「オークションの前に、今週末は舞台だったか」

「ふふ。そうね」


 答えになっておらずブラッドは完全に無視の方向を取ったようだけれど、オフィーリアは咎めることはしない。


「その頃には消えてるわ」


 ブラッドはじっとオフィーリアの首を見つめていた。





 舞台を観にいく当日の朝、湯浴みを終えたオフィーリアは、ふと鏡に映った自分の姿を目にした。昨夜まで痕が薄くなっていたはずの首に、新しく赤い色がくっきりとついていることに気づく。


「……」


 背後でシャツを着ているブラッドに鏡越しに視線をやる。朝はいつも獣の耳と尻尾がある姿で、気怠げな様子は湯浴み後で濡れた髪と相まってなんとも色気がある。

 見られていると気づいたブラッドは、「どうした」と白々しく訊いてきた。しばし無言で見つめ合ったあと、オフィーリアはそっと微笑む。


「可愛いわねと思っただけ」

「そうか」


 やはりオフィーリアの視線の意味を察していたようで、ブラッドの反応はなんとも淡白だった。尻尾はゆったりと揺れている。

 今日の舞台は魔法による凝った演出が魅力的な人気の演目で、チケット代が高いので富裕層の客が多い。直接オフィーリアに結婚についての探りを入れてくる者もいるだろう。どうやらそれが、思っていた以上にかなり気に入らないようだ。

 オフィーリアは再び鏡に映る自身の首に視線を戻し、肌をそっと撫でた。


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