05.第一章三話
獣人を多数所有していることは昔から富裕層のステータスだったこともあり、アシュクロフト公爵家は初代公爵の頃から多くの獣人奴隷を従えていた。それは使用人や鉱員など、労働力としての所有だった。
そのこと自体は時代的に大きな問題ではなかったのだけれど、先代夫妻――オフィーリアの両親の時代に変化は起こったのである。
両親はかなりの「獣人好き」で有名だった。綺麗な顔立ちの獣人、珍しい特徴を持つ獣人を買いあさり、色事や折檻に興じていた。気分次第で簡単にその命を奪うような人たちだったので、犠牲となった獣人は何百人といる。オフィーリアの記憶にはっきり残っている。
自身が所有する獣人奴隷の命を奪っても、当時の法律では罪ではなかった。当然、両親が罰せられることはなかったし、止める者などいなかった。
それに、両親の選民思想はかなり顕著で、犠牲になったのは何も獣人だけではない。数としては獣人のほうが多かったというだけで、残酷な目に遭わされたのは人間の使用人も同じだった。
他には、狙っていた商品を誰かに先に購入されたりすると、その誰かを脅迫して商品を強奪、ということもあったらしい。貴族相手でも容赦はなかった。アシュクロフトの権力を使い、自分たちの欲を満たしていたのだ。
アシュクロフトの名に悪い評判がつきまとうようになったのは、間違いなく両親の影響である。
両親が亡くなり、オフィーリアが公爵位を継承しておよそ四年半。オフィーリアが所有している複数の邸宅、鉱山、そしてファッションブランドなどのあらゆる事業では、現在でも獣人をかなり雇用している。特に邸の使用人、ダイヤモンド鉱山と魔石鉱山それぞれの鉱員は獣人率が非常に高い。
他家とは比べ物にならないほど、獣人差別に限らず悪印象が色濃くつきまとうアシュクロフト公爵家。未だに多くの獣人が所属している現状では、ペネロピのように考える者のほうが大半だろう。いつからか、悪女公爵などという呼び名ができたくらいなのだから。
しかし、大々的に批判する者も、疑問を呈する者も少ない。絶対的な権力を持つ悪女公爵の機嫌を損なう勇気はないのだ。
その点、ペネロピはとても奇特である。――考えなし、と言えなくもないけれど。
数日前に対応した実業家の青年の認識が甘かったのは、ペネロピ・ラウントリーの存在の影響があったと思われる。オフィーリアに喧嘩を売って無事な人物が実際にいるから、自分も平気だろうと見誤って、愚かにもオフィーリアを利用した。そして、ブラッドを見下した。
青年には利用価値がなく、あまつさえオフィーリアの逆鱗に触れた。だからさっさと排除したに過ぎない。
「わたくしが疑われるのも無理はないわね」
「あんたはそれでいいと言うが、俺たちは耐えられない」
ペネロピをあえて放置していることは、アシュクロフト邸の者は理解している。それでも気持ちでは納得がいっていない者のほうが多数であり、ブラッドはその筆頭だ。
「だって、このほうが色々と都合がいいもの。わかってるでしょう?」
オフィーリアとてペネロピの存在は不快だけれど、利用価値があると思えば許容できる範囲は広い。
もちろん、あとですべて利息をつけてお返しはする。あくまで利用できる期間は流すだけだ。
「わたくしはわたくしのやり方で、なんでも好きなようにするだけだわ。時間というものは無限ではないのだから、使えるものは有効的に使ってこそよ。最後まで使い切って捨てればいいの。王太子だろうと、その恋人だろうとね」
「……」
「不満って顔ね」
ブラッドは無言だったけれど、目は口ほどに物を言うとはまさにこのことである。
「確かに、そろそろ彼女が鬱陶しいのも事実ね。いつまで放置するんですかって、みんなうるさいし……」
使用人たちからの苦情が日に日に増えていることはオフィーリアも実感している。まだまだペネロピたちを利用するつもりだったけれど、これ以上はアシュクロフト邸の者たちが暴走しかねないかもしれない。特に、この虎が。
「そんなに嫌なの?」
「当たり前だろ」
即答されて、オフィーリアは「うーん」と考える。
「逆の立場になって考えてみろ」
「……わかったわ。今度のオークションの一件で、彼女も王太子も片付けましょう。それでいい?」
「ああ」
「まったく。わたくしを折らせるなんて、ずいぶん偉くなったものね、ブラッド」
「光栄だ、ご主人様」
ブラッドが軽く笑うので、オフィーリアは呆れながらも笑みを零した。
邸に入ると、追いついてきたセバスチャンがオフィーリアに頭を下げた。
「オフィーリア様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「いいのよ。むしろごめんなさいね。あなたにそのまま任せてもよかったのに、気が向いたから仕事を奪ってしまったわ」
「滅相もございません。助かりました」
セバスチャンでも追い返すことは可能だったはずなのに、どこまでも真面目である。
「それで、ちゃんと帰ったの?」
「はい」
「そう。よかったわ」
とりあえず、しばらくこの邸への再突撃はないだろう。もし来たらさすがに頭が足りないにもほどがある。
「ラウントリー伯爵に抗議文を送ってくれる? 侮辱に対する慰謝料も請求してちょうだいね」
「かしこまりました」
セバスチャンは恭しく承諾し、ブラッドは口角を上げた。なんだか嬉しそうである。
「あんたのそういうところ、本当に好きだ」
「搾り取れるところからは搾り取らないと。あの子が大義名分も作ってくれたことだし、お金はいくらあっても困らないもの」
オフィーリアも満足だった。
「伯爵の娘がアシュクロフトを侮辱なんて、家ごと没落させて労役にすることも可能なのだから、金銭で解決してあげるだけ感謝してほしいくらいだわ」
身分とはそういうものなのだ。格差をなるべくなくそうと活動しているペネロピは、貴族の仕組みへの理解を深めようという意思が薄い。
だからこそ、操りやすい部分があるので助かる。
「それと、セバスチャン」
「はい」
「例のオークションでペネロピ・ラウントリーと王太子を片付けることにしたから、準備に駆り出すことになると思うわ。よろしくね」
セバスチャンはわずかに瞠目すると、それから笑顔を浮かべた。とてもキラキラと輝いている。
「それは英断でございます。お祭り騒ぎになりますね」
「……あなたたちがどれほど不満だったか、よくわかったわ」
「それほど愛されておられるのですよ、オフィーリア様は」
「とっても光栄ね」
そう言われて、気分が悪いわけがなかった。