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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
第一章
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03.第一章一話


 獣の特徴を持った人間に似た姿形の種族――獣人族は、この世界では昔から獣交じりの野蛮な種族として差別の対象であった。獣人族は身体能力は高いものの、魔力が少なかったり魔法が苦手な傾向にあったりするため、人間が魔法を使って彼らを強制的に従えてきたのだ。彼らは人ではなく獣で、法的な分類としては『物』であり、どの国でも奴隷として扱われた。

 百年ほど前、人間奴隷の反発が激化し革命が次々と起こって以来、人間の奴隷制を廃止する国が増えて一部の国が犯罪奴隷制度を残しているのみとなったため、獣人奴隷の需要は相当なものとなっていた。

 しかし、近年は獣人も人間となんら変わらないという意見が目立つようになり、人間奴隷廃止の動きがあった時代のように革命が起こるまでになった。産業の発展に比例して貧富の差が激しくなり、平民と獣人が協力して貴族や富裕層に立ち向かっているのだ。


 ノクシア王国でも数か月前、獣人が人であることを法律で定め、獣人奴隷制度の廃止が施行された。この時よりノクシア王国で獣人は人として生きる権利を得たのである。

 とはいえ、長年培われてきた差別意識はそう簡単になくなるものではない。特に、それまで獣人を商品として富を築き上げてきた奴隷商や、奴隷を買って所有物として()()()()()()()富裕層にとっては、まったくもって納得がいかない話である。

 ゆえに、現在でも差別は存在し、密かに獣人の売買も行われているのだ。



  ◇◇◇



 外出先から邸に戻る馬車の中で、オフィーリアはカタログを眺めていた。今度参加するオークションに出品されるものの一覧である。


「今回は宝飾品が豊富みたいだけれど、何かほしいものある?」


 視線はカタログに落としたまま、オフィーリアは正面に座るブラッドに訊ねた。


「俺は別に」

「あなた、本当に物欲がないのね。せっかく参加するんだから楽しめばいいのに」


 オフィーリアの同行者としてこれまでもオークションに参加したことがあるブラッドだけれど、今まで一度も何かをほしいと要求したことがない。オフィーリアがほしいと言ったものを、ただただオフィーリアの代わりに金額を示して落札するだけだ。


「給金を上げた甲斐がないわ」

「不要なものに使って無駄にするよりいいだろ」

「もっと人生を楽しもうと思わないの?」

「あんたのそばにいられるなら充分だ」


 ぱちぱちと、オフィーリアは瞬きをする。そして上品に笑みを零した。


「ふふ。それは光栄ね」


 それから二十分ほどで馬車はアシュクロフト邸の近くに到着した。邸に近づくにつれ、何やら揉めている声が聞こえてくる。


「ペネロピ・ラウントリーだな」

「そのようね」


 アシュクロフト邸の門前に、執事のセバスチャンと邸の警備も担当するガタイのいい庭師の姿がある。そして、茶髪に人間とは異なる丸い耳、黒色の瞳を持つ可愛らしい顔立ちの小柄な少女がいた。

 人間であるラウントリー伯爵とねずみの獣人である夫人の間に生まれた娘、ペネロピ・ラウントリーだ。

 獣人が人としての権利を得たのは数か月前。それまでもちろん獣人は法的に結婚はできなかったので、彼女はラウントリー伯爵と夫人が結婚する前に生まれた私生児だった。よって、正式に伯爵令嬢になったのは最近のことである。


 彼女とは特に親しいわけではない。知り合い程度の間柄だ。

 そのペネロピは、セバスチャンと庭師に何かを必死に訴えている様子だった。大方、オフィーリアに会わせてほしいとでも騒いでいるのだろう。


「ブラッド」


 名前を呼ぶだけでオフィーリアの意図を汲み取ったブラッドは、御者に馬車を止めるよう指示を出す。門を潜る前に止まった馬車からペネロピを見つめていると、ペネロピもオフィーリアに気づいて真剣な顔つきになった。

 ブラッドが馬車を降り、彼の手を借りてオフィーリアも続いた。

 御者にはそのまま馬と馬車を戻すよう伝えたので、馬車は門を通り抜けて邸の敷地内へと進んでいく。セバスチャンと庭師はオフィーリアに頭を下げた。


 オフィーリアはペネロピを見下ろす。オフィーリアのほうが十センチ以上身長が高く、履いているヒールの高さもあるので、自然とこうなるのだ。


「ご機嫌よう、ラウントリー嬢」

「……ご機嫌よう、アシュクロフト女公爵様」


 オフィーリアの鷹揚とした挨拶とは異なり、ペネロピの表情は厳しく、親しみ等は欠片もない。

 それはそうだろう。ペネロピにとってオフィーリアは「悪」でしかないのだから。


「訪問はお断りしたはずだけれど、どうしてここにいるの?」

「何度手紙を送っても都合が悪いの一点張りで、いつまで経っても約束を取り付けることができないから来たんです」


 確かに、ペネロピから訪問の申し出がしつこいほどにあり、オフィーリアはすべて断った。まったく相手にされないからと強行突破に出るとは、さすが行動力がある。


「礼儀知らずなのね」

「女公爵様が会ってくれないからでしょう!」

「わたくしは忙しいの。さあ、お引き取り願うわ」

「待ってください!」


 オフィーリアが去ろうとするのを止めて、ペネロピは真摯に口を開く。


「アシュクロフト公爵家の獣人さんたちを解放してください! 獣人奴隷制度は廃止されました。女公爵様がまだ彼らを解放しないことは犯罪です!」

「――あら」


 オフィーリアは目を細め、首を傾げた。


「あなた今、このわたくしを侮辱したの?」


 穏やかな声で訊ねれば、睨まれているわけでもないのに気圧されたのか、ペネロピは怯んで何も返さない。

 オフィーリアはあくまで冷静で落ち着いている。しかし――ブラッドたちの視線が鋭くなっていることに、ペネロピは気づいていないのだろう。


「すでに説明したはずでしょう、ペネロピ・ラウントリー。我が家の者たちはすでに奴隷ではなくなっていると」

「……っ無理やり従わせているのなら奴隷と変わりません!」

「彼らがわたくしの下で働くことを望んだからアシュクロフトに置いているの。それは警察にも確認を取ってもらったわ。思い込みでわたくしを罪人扱いするなんて、無礼どころの話じゃないわよ?」


 指摘を否定するオフィーリアの言葉も諭すような声音も納得がいかないらしく、ペネロピの眼差しは相変わらず厳しい。

 まあ、オフィーリアなら自身の不利になるような事実があっても警察をも黙らせることができるので、オフィーリアの言葉を信用するつもりなどペネロピにははなからないのだ。


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