28.エピローグ 前編
王宮の談話室にて、国王はフェイビアンと向かい合っていた。空気は重苦しい。
ハズヴェイル公爵家の夜会で騒ぎを起こした件で、フェイビアンとペネロピは警視庁で聴取を受けた。この醜聞が早速新聞に掲載されると、世間に衝撃を与えた。二人を支持していた貴族の若い世代、平民や獣人は相当困惑しているようだ。
証拠の捏造に関しては共犯ではないものの、捏造、冤罪の印象があまりにも大きすぎた。古くから続く名家である公爵家の夜会で騒動を起こしたという事実も、印象は最悪だ。
侮辱されたことについて、オフィーリアは示談に応じる意向を示してくれた。その代わり、王太子の処分内容で誠意を見せるよう忠告もあった。
貴族たちからも、フェイビアンとペネロピに厳しい処分をという声が多く届いている。
息子を助けたくとも、国王にはもうどうしようもない。
「アシュクロフト女公は以前から、お前は王に向いていないと常々言っていた。能力はあるし努力もしているが、正義感と責任感が強すぎるあまり愚直であり、己の出自による焦りで周りが見えなくなる節があるとな」
公務をこなし、実績を積むことで徐々に落ち着くだろうと悠長に構えていたけれど、もっと真剣に寄り添うべきだったと、国王は今更ながら思う。
「女公は獣人雇用に積極的で、かなり良い条件で雇っている。獣人保護の支援もしている。それが逆に奴隷として獣人を集めていると誤解を生んでいるが、お前の立場なら事実に辿りつくことは可能だったはずだ」
きちんと調査したとてオフィーリアに妨害にされていたかもしれないけれど、思い込みに振り回されるだけでなければ……噂や印象に支配されない客観性を持ち合わせていたならば、もしかしたらオフィーリアの妥協ラインに到達したかもしれない。そのままフェイビアンが王になってもいいと判断してくれたかもしれない。
「アシュト劇場で一悶着あった際、彼女が獣人もいる劇団を支援しているという話を耳にしていたはずだろう。私も妃も、彼女が獣人を虐げている証拠はないと、散々説いてきたはずだ」
しかしそれも、オフィーリアを恐れてのことだとフェイビアンは聞く耳を持たなかった。国王と王妃がオフィーリアを恐れているのは事実なので、尚のこと信じてもらえなかったのだ。
「獣人には一目瞭然らしいが、彼女と獣人の従者……ブラッドと言ったか、その青年は恋人関係にあるらしいな。ラウントリー伯爵令嬢は気づいていなかったのか?」
「……常にそばに置いていたり、無理やり体の関係を持ったりすれば、そのように周りが受け取れるものだと」
「心が伴っていない関係かどうかはある程度判別がつくと聞いているが?」
「ペネロピ……ラウントリー伯爵令嬢が思い込みで、二人が心を通わせているという可能性を排除したのでしょう」
「同じ原理で、複数人と交際しているかどうかも、獣人の嗅覚をもってすればわかるそうだな」
「噂とラウントリー伯爵令嬢の思い込みを真に受け、女公を勝手に測ってしまいました」
誤解されるようオフィーリア自身がわざと露悪的に振る舞い、悪名高いアシュクロフトを最大限に利用しているのだから、仕方のない側面はある。
それに、獣人を虐げていないとしても、オフィーリアが本当に悪事に手を染めていないとは限らない。気に入らない悪人を叩きのめすために罪を犯すことができる。彼女はそういう人間だ。
先代のアシュクロフト公爵夫妻が盗賊団に襲撃されて命を落とした事件。あの事件に特に不自然な点はなかった。第三者の作為的な痕跡はなかった。しかし、証拠はなくとも、もしかしたらという考えが最近は何度も過る。
オフィーリアならやりかねない。それほどの覚悟と力が彼女にはある。
けれど、それだけだ。これはあくまで推測の域を出ない。その推測を裏付ける証拠は何も存在しないのである。
「女公は、敵に回すにはあまりにも恐ろしい存在だ。彼女の一存で我が国の財政や物流を瞬時に致命的な状態に陥らせることも可能なほどに力を持っている。――彼女にこれ以上目をつけられるようなことはするなと、あれほど忠告したというのに」
「……申し訳ございません、父上」
「いや、私も悪い。もっと強く言い含めるべきだった。息子可愛さに、甘く出てしまった」
扱いが難しく諸刃の剣とも言えるオフィーリアだけれど、彼女を味方にすることができたならば、その治世は確実に安泰だ。せめてオフィーリアが妥協してもいいと思えるほどの何かがフェイビアンにあれば、フェイビアンは賢王として歴史に名を残したことだろう。
その未来を摘み取る結果になってしまった一因は自分だと、国王は理解していた。
愛する妃との間に三年経っても、そこから一年経っても子が生まれず、離縁するか王位を他の者に譲るか、かつて選択を迫られた。
どちらかを選ばなければならなかった状況で、強欲にも二つを手にした。妃が運良く懐妊し、無事にフェイビアンが生まれたが、だから良しとはならない。
フェイビアンとスティーヴン。等しく愛そうと努力はしていたものの、親子としてスティーヴンとの溝が深くなっているのが現実だった。
仕方なく公妾として迎えた愛してもいない女性との間に生まれたスティーヴンを、どうしてもフェイビアンのように愛しいと思えなかった。妃への後ろめたさもあっただろう。
勝手な都合で、なんの罪もない子供と距離を置いた。ほしいものをすべて手に入れようとした。スティーヴンに与えられるはずだったものを取り上げて、フェイビアンに与えた。
その傲慢さが、自分たち親子がオフィーリアから見限られる一因となった。
それだけではない。
オフィーリアが獣人の従者との未来を真剣に考えているかはわからないものの、現時点で従者以外に興味を持っていないのは事実だ。そのため、国王は油断してしまった。
フェイビアンとペネロピの婚姻が成立すれば、オフィーリアが従者と結婚したくなった時、王太子と獣人の婚姻という前例があることで周りを説得しやすくなる。そう考えていて、本気で二人を表舞台から排除することはないのではないか。そんな甘い認識でいた。
楽観視していた結果がこの状況なのだ。
「沙汰は議会で承認を得られ次第下す」
「はい」
息子は覚悟を決めた顔つきだった。国王はぐっと眉を寄せて目を伏せる。
国王も近い将来、王位を譲ることになるだろう。王太子を諭すことができなかった親の責任も重いと、ここぞとばかりに貴族たちが主張しているからだ。
『私は正直、ほっとしております』
王妃はそう言った。この地位は自分たちには荷が重かったと。
彼女との結婚を選んだ時、跡継ぎができずに周囲から離婚を迫られた時。タイミングはあった。もっと早く王という立場を手放すべきだった。
きっと、あるべき姿になるだけだ。こうなるのは時間の問題だった。この形での終焉は、これまでのわがままに対する罰なのだろう。
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