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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
第二章
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26.第二章十四話


 ひそひそと聞こえてくる話し声に、ペネロピは青ざめている。「ペネロピ……」とフェイビアンが彼女の肩を抱き、ふるふると力なく首を横に振った。

 絶望と諦観に染まった二人の空気に気を遣うこともなく、オフィーリアは「ふふ」と笑う。二人の視線がオフィーリアに向いた。


「警官から提示された証拠が偽物だなんて、普通は思わないわよね。でも、面識がない相手なのに本当に信用できるのか、証拠が本物か、確認作業に手を抜いたのは間違いなくあなたたちの失態よ」

「っ……」


 この騒動を引き起こした以上、二人にはオフィーリアの罪を暴いて警察に逮捕してもらう以外に道はなかった。それ以外の結果は破滅しかないのだ。

 二人がマシューの本性を知らなかったのは事実なので、その件で逮捕されることは基本的にはない。しかし、オフィーリアが侮辱について被害届を出せば話は別である。

 それに、この騒動は確実に新聞に載る。国王が隠蔽しようとしても失敗に終わるのは明白だ。オフィーリアが出資している新聞社が、今の国王からの圧力に屈するわけがないのだから。


「警部」

「はい、アシュクロフト女公」

「任意同行は明日にでもしてくれる? まだこの二人とは話し足りないことがあったわ」


 恐る恐る顔を上げた二人に、オフィーリアはにっこりと笑いかけた。


「承知しました。では明朝、改めて王宮とラウントリー邸に警官を送ります」

「ええ。お願いね」


 他の警官を連れて、警部はハズヴェイル公爵家をあとにした。意気消沈しているフェイビアンとペネロピを尻目に、オフィーリアはハズヴェイル公爵に声をかける。


「おじ様。一部屋お借りしてもよろしいですか?」

「遠慮なく、好きな部屋を使いなさい」

「ありがとうございます」


 勝手知ったるハズヴェイル公爵家だ。案内は必要ない。

 オフィーリアはフェイビアンたちを振り返った。


「場所を変えましょ。これ以上、貴族たちの前でみっともない姿を晒したくはないでしょう?」





 オフィーリアとブラッド、フェイビアンとペネロピ、そしてマーガレット。五人はホールから談話室へと移動した。フェイビアンとペネロピに拒否権はなかったし、拒否する気力すらなかった。マーガレットは自分から同席したいと言い出したのである。


 ホールでは改めて夜会が開始された。このような空気で……と参加者たちは戸惑っていたけれど、次第に今後のフェイビアンとペネロピの処遇についての話題で盛り上がるだろう。

 それに、災難でしたねとハズヴェイルに声をかけやすい。クリフォードとの婚姻を狙う者たちにはありがたい騒動だったかもしれない。


 スキャンダルは社交界の大好物。関わっているのが大物であればあるほど刺激的で、すぐに広まるものだ。


 談話室では、オフィーリアとマーガレットが一つのソファーに、正面のソファーにフェイビアンとペネロピが腰掛けていた。ブラッドはオフィーリアたちのソファーの後ろで待機している。

 ハズヴェイル公爵家の使用人が人数分の飲み物を置いて退室すると、オフィーリアはワインを一口飲んだ。


「あら。これ美味しいわね」

「お口にあってよかったです。オフィーリア様のお好みかと思って、わたくしが用意させたのです」

「ありがとう」


 マーガレットが嬉しそうに笑う。

 オフィーリアはもう一口ワインを飲んでグラスをテーブルに置き、「さて……」と足を組んで正面の二人を視界に捉えた。


「変な人間に唆されて大変だったわね。自業自得だけれど」


 オフィーリアが話しかけても二人は黙り込んでいる。構うことなく、オフィーリアは機嫌よく続けた。


「マシュー・ダウエルのことは近々掃除しようと思っていて、今回はあなたたちの掃除のついでに利用させてもらったの」

「……え?」

「彼ならわたくしを陥れるために証拠を捏造することは火を見るより明らかだし、あなたたちを巻き込むであろうこともわかっていたから利用したのよ」


 ベイノン侯爵がオフィーリアと契約書を交わしたと証言しているという記録が、そもそも偽物である。セバスチャンが用意した偽の聴取記録だ。

 セバスチャンが助言して誘導すれば、マシューがベイノン侯爵の聴取記録を盗み見ることは簡単に想像ができたので、利用させてもらったのだ。


 契約書についての証言があるのに、押収された証拠品の中には当然ながら契約書なんてものはない。それを確認すると、マシューは契約書が処分されたと考える。そして彼の性格上、必ず証拠を捏造する。相手はアシュクロフト女公爵(オフィーリア)なのでそれだけでは足りないかもしれないと、念のために獣人を用意する――。

 すべて、オフィーリアが思い描いたとおりの動きだった。


 偽の聴取記録は時間が経てば消滅するように魔法をかけていたので、すでに存在しない。マシューの勘違い、妄言として片付けられることになるだろう。

 まあ、そのあたりを解説してあげるつもりはない。


「闇オークションがきっかけで、彼があなたたち二人に助力を求めるのも計算どおり。あなたたちが警官だからとあっさり信用するのも計算どおり。あなたたちがマーガレットに協力を求めて、人目のあるハズヴェイルの夜会で騒動を起こすのも、すべて計算どおり」


 オフィーリアは悠然と微笑む。


「わたくしが想像したとおりに動いて自滅してくれて、ありがたいわ」

「な……」


 フェイビアンが息を呑んだ隣で、ペネロピはバッと立ち上がった。


「私たちを嵌めたんですか!?」

「急に元気になったわね」

「はぐらかさないでください!」


 はぐらかすつもりは毛頭なく、単純に思ったことが口から出てしまっただけである。ペネロピはなんでもかんでも自分が解釈したいように頭の構造ができているのだろう。


「――オフィーリア」


 ブラッドがオフィーリアの名前を呼ぶにしては低い声が、後ろから届いた。

 ペネロピを睨んでいることは、顔を見なくともわかった。魔力が明らかに荒ぶっている。


「こいつら、全然反省してないぞ」

「殴るか燃やすかしたいのはわかっているけれど、やめなさいね」


 注意されたブラッドは不満そうに眉間にしわを作っていることだろう。

 オフィーリアとブラッドのこのやりとりに、フェイビアンとペネロピは驚きを露わにしていた。その反応を見てオフィーリアは首を傾げる。


「呼び捨てで敬語じゃないのが不思議? ブラッドは基本的にこの態度なの。あなたたちみたいに無関係の人がいる前では取り繕っているだけ。あなたたちにはもう不要だと判断したようだけれどね」

「……それを、女公は許しているのか」

「わざわざ説明しないとわからないの?」


 もう一切の敬語すらなく、オフィーリアは美しい微笑を湛えながらフェイビアンを見下した言葉を使う。最低限の礼儀はもう必要ないと、オフィーリアもそう思っているのだ。


「彼、今は丸くなったけれど、昔はシャーシャー周りを威嚇してとても反抗的だったのよ? 人間に限らず、自分以外の存在はすべて敵って勢いでね」

「……オフィーリア」

「ああ、ごめんなさい。黒歴史だったわね」


 不満を宿した声に、オフィーリアは「ふふ」と笑った。

 主人と従者という関係性だけでは醸し出されるはずもない、強制的に従わせているのでは絶対に感じることができないような、二人の親しげな雰囲気。マーガレットは慣れた光景とばかりに笑みを浮かべている。

 そのことに気づいたフェイビアンは、信じられない気持ちで二人を見ていた。

 けれど、一人。


「――私は騙されません!」


 消えかけていた正義感の火を強くしたペネロピだけは、違った。


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