24.第二章十二話
「偽物って……そうやって誤魔化せると思ったら大間違いですよ! 被害者の獣人たちがみんなアシュクロフト邸で冷遇されてることをその子が証言しているんです。警察の捜査が入れば――」
「ラウントリー嬢。わたくしは誤魔化そうとしているわけじゃないわ。ただ事実を述べただけよ」
疑わしい眼差しを向けられても、オフィーリアはとうとうと続ける。
「獣人たちを預かっているのは本当のこと。でも、邸に全員はいないわよ。十二歳以上の獣人たちは心身の様子を見つつ、本人の意思を確認して学校に通わせる準備をしたり、仕事を与えたりしているわ。小さな子供たちはわたくしが所有している孤児院に入ってるわね」
初代アシュクロフト公爵が慈善活動の一環として作った孤児院は、父の代から運営目的が変わり、主に幼い獣人ばかりを受け入れ始めた。邸の獣人が減った時に補充するための「獣人の保管場所」に成り果てたのだ。
表向きはあくまで孤児院のままだったけれど、その本質はすぐ世間に知れ渡ることになった。
オフィーリアが当主となった現在でも、その孤児院に入っている子供はほとんどが獣人である。そのため、周囲の認識は変わっていない。
孤児院という名の監獄。未だにそういう場所とされているけれど、実際は本当にただの孤児院である。
「それと、わたくしが二百億で買おうとしていたとあなたたちが言っているモモンガの獣人だけれど、あの子は元からうちの使用人よ」
「え……」
「は……?」
ペネロピとマシューが驚愕に声を零し、フェイビアンも瞠目する。
「買い出しに一人で出かけた時、アシュクロフトの使用人とは気づかれずに誘拐されたらしいの。それで、勝手に目に魔法をかけられて珍しい特徴を持つ獣人として客寄せに使われて……。だからわたくしはわざわざ闇オークションに潜入までしたのよ。わたくしのところで働いている使用人を誘拐した男や、闇オークションに出品する腹積もりのベイノン侯爵に、身の程というものを教え込むためにね」
そういう筋書きである。ベイノン侯爵の事情聴取の内容が秘匿事項である以上、真実が外に漏れることはない。エリンを捕らえた男に関しても、オフィーリアが制裁を加えたうえで警察に引き渡している。そちらの聴取も情報管理体制はベイノン侯爵と同じだ。オフィーリアがそうさせた。
権力とは、こうして使うものだ。
「調べればわかるわ。マーガレット嬢やクリフォードも面識がある子だもの」
オフィーリアより信用性が高い二人の名前を出されて、フェイビアンたちは言葉を失っていた。
「なるほど……侯爵のほうが先に女公のものに手を出したのなら納得できる」
「自ら鉄槌を下したというわけか」
「しかしそうなると、あの警官が保護したと語る獣人は……」
あらゆる目がマシューに集中する。顔色が悪いマシューを見て、フェイビアンとペネロピも当惑していた。
「そのモモンガの獣人は今もちゃんと邸にいるわ。そうよね? ブラッド」
「はい。俺たちが邸を出る時には眠りこけてましたね。まだ呑気に夢でも見てるんじゃないですか」
「だそうよ。――ダウエル巡査部長が保護したという獣人は、何者なのかしらね?」
その問いに、マシューは何も答えられずにぎゅっと拳を握りしめた。
「わたくしの邸に捜査の手さえ伸びれば、わたくしの罪が公になって逮捕されると思ってたんでしょうね。だから証拠を捏造した」
「……っその獣人がダウエルさんに嘘をついただけかもしれないじゃないですか! そんな言いがかり――」
「あら、知らないの? 彼が証拠を捏造するのは初めてのことじゃないのよ?」
フェイビアンもペネロピも、そして周囲で話を聞いている夜会の参加者たちも、まさかという驚きに顔を染める。
「確実に犯人だと思われる人物がいても証拠がないことってあるわよね。そういう場合、本当に無実の人という可能性もあるのに、彼はそれが許せない性格なの。ダウエル巡査部長は正義感による暴走で証拠を捏造し、自分が犯人だと思い込んだ者を逮捕してきたのよ」
そうして実績を積み上げ、警察内でのマシューの評判は上がった。しかし、マシューが執着しているのはそのような名誉ではない。
彼の不正は本当に、純粋な正義感によるものなのだ。地位や名誉に興味がないこの手のタイプは、むしろ自制ができずに突き進んでしまうので非常にたちが悪い。
「もちろん、中には本当に犯人だった者もいたわ。けれど、冤罪で裁かれた者もいた。事件の犯行時刻に奥さんや子供と一緒にいたというアリバイがあったのに、身内の証言だからと参考にすらされず、捏造された証拠で懲役刑になった男性とかね。その男性は獄中で病死、奥さんもそのショックで数年後には体を壊して亡くなったわ」
「どうしてそんなことを女公爵様が……」
「その子供がうちの孤児院に来たからよ。当時はまだ九歳だったわね。ちなみに人間よ」
アシュクロフトの孤児院は獣人が多いだけで、人間の子供の受け入れもしている。
「つまり、ダウエル巡査部長のことは以前から知っていたと……?」
そのような素振りはなかったのに、という顔のフェイビアンに、オフィーリアは微笑んで見せる。言葉にはせずともその仕草は肯定の意だった。
「――そんなのでたらめだ! 俺は警察官としての職務をまっとうし、狡猾な犯罪者を逮捕してきただけだ!」
叫ぶように否定するマシューとは対照的に、オフィーリアは変わらず冷静である。
「彼が今回わたくしを貶めようとしたのは、正義感の暴走というこれまでの理由とは異なる、完全に個人的な事情よ」
「個人的……?」
怪訝そうにぽつりと零したフェイビアンに口角を上げて、オフィーリアはマシューをまっすぐ見据える。
ずっと憎悪の炎を宿した目でオフィーリアを睨んでいる彼が、オフィーリアをここまで目の敵にする理由は……。
「わたくしの元には少し前まで大量に縁談が届いていたわ。その中にいたのよ、――彼の妹の婚約者だった男がね」
個人的な復讐。それがマシュー・ダウエルの目的だ。
「妹さんの、婚約者……?」
戸惑いの表情を浮かべるペネロピに、オフィーリアは説明を続ける。
「マグワイア侯爵の三番目の息子は有名でしょう? たまたま観た舞台の主役をしていた平民の女優に一目惚れして熱心に口説き、交際に発展。家の反対を押し切って婚約もした三男坊よ」
平民貴族問わず、若い世代の間では特に有名な話だ。
「結婚間近だったのに、どこかでわたくしを見かけて一目惚れしたらしいわ。その女優との婚約を一方的に破棄して、わたくしに求婚の手紙を送りつけてきたのよ。もちろん断ったけれど」
すでに決まっている婚約を破棄してまでオフィーリアに縁談を持ちかけてきた中に、マグワイア侯爵家の放蕩な三男の名前があった。マグワイア侯爵としても元は平民である女優との結婚に反対していたし、息子の興味がオフィーリアに移ったのはありがたかったのだろう。
「その女優はずいぶん塞ぎ込んでいるらしいわね。自殺未遂まで図ったという噂を耳にしたわ。その女優がダウエル巡査部長の妹なの」
「……ああそうだ、お前のせいで妹の人生はめちゃくちゃになった! だから俺はお前にその罪の重さを教えてやるんだ!!」
マシューの豹変ぶりに、ペネロピは唇を振るわせる。
「そんなの、悪いのはマグワイア侯爵令息じゃないですか。逆恨みです!」
「うるさい、貴族のお前らに何がわかる!」
「お、落ち着いてくださいダウエルさん」
「触るな!」
「きゃっ」
興奮しているマシューを宥めようと手を伸ばしたペネロピだったけれど、マシューに払いのけられてバランスを崩し、慌てたフェイビアンに受け止められた。
そして、マシューは取り出した銃をオフィーリアに向ける。周りから悲鳴が上がった。
「お前はどうせ極悪人だ。その人間性に不釣り合いな権力で自分より弱い立場の者を虐げてきた悪女公爵だ! 断罪を受けるべきクズ――っ」
マシューが話している途中で、マシューの手が一瞬で炎に包まれた。