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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
第二章
23/29

23.第二章十一話


 動揺、不安、怯え、焦り――そのような感情を一切感じさせない堂々としたオフィーリアの態度に、フェイビアンとペネロピの緊張感が増したのが見て取れた。そんな二人にオフィーリアは優しく微笑みかける。


「まだ始めませんの? こちらにいる皆様は暇ではありませんし、あなたたちのお遊びに付き合うためにここにいるのでもありませんのよ?」


 フェイビアンはハッとすると、苦い顔になるのを堪えたようにオフィーリアをその緑の目で射抜いた。

 もうとっくにオフィーリアに呑まれていることには、フェイビアンもペネロピも気づいていないようだ。


「……今世間の関心を集めている、獣人の売買もあった闇オークション。警官たちが会場に突入して主催者であるベイノン侯爵や参加者が全員逮捕されたが、その中で唯一逮捕されていない人間がいる。――あなただ、アシュクロフト女公」


「女公が?」

「確かに、獣人好きの彼女なら参加していても不思議はない」

「だが女公がいたとは新聞には書かれていなかった」


 どうなんだという視線が集まり、オフィーリアはにっこりと笑う。


「ええ。わたくしは確かに、後ろにいるこの従者を連れてその闇オークションの場におりました」


 オフィーリアが認めると、周囲が息を呑んだ。

 オフィーリアがあの会場にいたことについては、誰かが言ったように新聞に載っていない。警察も外部に情報を漏らしていない。オフィーリアがあくまで「協力者」の立場にあったための配慮だ。


「しかし、警官がいるのであればご存じのはずですわ。わたくしはベイノン侯爵から闇オークションに招待されたその日のうちに警察に通報しております。そして、参加者を一網打尽にしたいという警察に協力するために、潜入捜査のような形で闇オークションに参加したにすぎません。実際、参加者を制圧したのは警官ではなくわたくしですわ。ベイノン侯爵を捕らえたのはブラッドです」


「まさか、女公が……?」

()()()()()()()()()()()だけだろう」


 そう。この話を馬鹿正直に信じるものなどそうはいない。

 警察がオフィーリアに脅されてそのように話を合わせている。つまり隠蔽工作をしたのだと周りは受け取るのだ。


「――それは嘘ですね」


 ばっさりとそう断言したのはマシューだった。ずっとオフィーリアを睨みつけているけれど、顔が疲れたりしないのだろうかと、オフィーリアはそんなことが気になってしまった。


「女公は闇オークションが始まる前に、ベイノン侯爵と契約書を交わしています。最低でも二百億でとある獣人を落札するというものです。潜入捜査なら、そこまでする必要はないはずです」

「これがその契約書だ。ベイノン侯爵、女公、両者のサインも入っている」


 フェイビアンは懐から取り出した封筒の中の紙を広げる。確かに契約書のようだった。


「ブラッドさんは女公爵様に逆らうことができずに付き添っていただけでしょう。女公爵様の犯罪行為、獣人売買はこの契約書によって証明されています! 言い逃れはできません!」


 威勢の良いペネロピに、オフィーリアは困ったように眉尻を下げる。


「オークションで、わざわざ事前に契約書を? なんのために?」

「あなたが確実に目当ての獣人を落札できるよう、便宜を図れということだろう。ベイノン侯爵側は最低でも二百億が入るのだから、特に不満はないだろうな」

「オークションは客同士の競い合いであって、主催側と事前に契約を交わす必要はないでしょう」


 オークションの仕組みを知らないわけでもあるまいしと、オフィーリアはため息を吐いた。


「わたくしの資産がどれほどかは、国内長者ランキングである程度公開されております。二年前から一位はわたくしです。そのわたくしが他の者にオークションで負けるわけがありませんのに、わざわざ密約を交わすなんてありえないことですわ。一番高いお金を示して払えばいいだけのことですもの」


 そこまで説明すると、ようやく違和感を覚えたらしいフェイビアンとペネロピの目が不安に揺れる。つくづく駆け引きというものに向いていない精神力だ。


「それ、本当にわたくしのサインですか?」

「……書かれているのは間違いなくあなたの名前だ」

「そうではなくて、本当にわたくしの筆跡ですか?」


 言わんとしていることは察しているのだろう。しかし、フェイビアンもペネロピもまだ抵抗する。


「筆跡が普段の女公爵様のものでないとしても、犯罪の証拠になるものですから、わざと普段と違う書き方をした可能性は大いにあります!」

「可能性、と。つまりわたくしの筆跡であるという証明はできないのね。そんなものが証拠であると、そういうことね?」


 正気? という意味を込めてオフィーリアが軽く笑うと、ペネロピは悔しそうに唇を噛み締めた。予想どおりではあるのだけれど、あまりにも詰めが甘すぎる。


「契約書にサインをした覚えはまったくないのだけれど、どこから出てきたのかしら。とっても不思議ねぇ、ダウエル巡査部長?」


 問われたマシューはぴくっと肩を揺らした。


「……ベイノン侯爵への聴取記録にも、あなたと契約書を交わしたという内容が記されています」

「あら? おかしいわね。警部から聞いた話だと、ベイノン侯爵への聴取は警部が直接行っていて、聴取記録は一部の者のみしか閲覧を許されていないそうなのに。あなたは閲覧を許可されている立場なのかしら」

「いえ……閲覧した者から聞きました」

「それこそおかしな話だわ。ベイノン侯爵の聴取記録は秘匿事項らしくて、閲覧を許されていない者に話すのは懲戒処分の対象だもの。確か、今回逮捕された富裕層と縁のある者が警察内部に何人かいるから、証拠隠滅などの不正を防止するために……と言っていたわね。わたくしは協力者だからそのあたりの事情も教えてくれたわ。さすがに聴取記録の内容は教えてくれなかったけれど」


 それでもオフィーリアは、捜査の進み具合を大体把握している。情報収集が得意なセバスチャンがいるからだ。


「そもそもわたくしは契約書にサインなんてしていないし、ベイノン侯爵からそのような契約書を見せられても、もちろん渡されてもいないの。つまり、ベイノン侯爵が契約書を交わしたなんて証言をするわけがないのよ。彼がわたくしを一緒に引きずり下ろしたくて嘘でもついていない限りね」


 至極冷静に語るオフィーリアに歯軋りをしたマシューから、オフィーリアはフェイビアンとペネロピに視線を移す。


「殿下、ラウントリー嬢。念のためにお聞きしたいのですけれど、その契約書が本物なのか、ちゃんと確認はされたのですよね?」

「――他にも! 他にも証拠はあります!」


 声を張り上げたマシューは、他の証拠の説明を始める。


「闇オークションに出品するために拉致された獣人たちを、アシュクロフト女公は一時保護という名目で一人残らず連れ去りました。そのうちの一人がアシュクロフト邸から逃げ出し、警察に助けを求めてきたのです! 俺はその獣人を保護しています!」

「そ、そうです。私とフェイビアン様も、その獣人に会って確認しました!」

「彼女はアシュクロフト邸でいかに酷い扱いを受けたか打ち明けてくれました。それこそ、あなたが獣人を差別している証拠になります。――女公が二百億で買おうとしていた、モモンガの獣人の少女です!」


 必死になって訴えるマシューに目を瞬かせたオフィーリアだったけれど、口元に手を持っていくと肩を震わせた。


「……ふ、ふふふ!」


 おかしそうに笑って、オフィーリアはマシューに告げる。


「あなたすごいわね。わたくしの邸から逃げ出してきたその獣人とやらが偽物であることは、あなた自身がよく知っているのに。よくそんなに必死な顔で言えたものだわ」


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