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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
第二章
19/29

19.第二章七話


 オフィーリアが子どもの頃から、領地のアシュクロフト公爵邸は地獄のような場所だった。

 政略結婚の両親は互いに愛はなく、それぞれ多数の愛人を抱えていた。それだけでは飽きたらず、隷属魔法で逆らうことのできない獣人たちを陵辱し、簡単にその命を奪ってきた。獣人を森に放ち、「獣人狩り」に興じたりもしていた。

 その惨状を理解していながら、幼いオフィーリアは何もできなかった。だって、所有している獣人の命を奪うことは罪ではなかったから。法律では両親を罰せない。


 オフィーリアは、なんの罪もない獣人たちをたくさん見捨てた。幼い頃からずっと、いくつもの死をこの目に焼きつけてきた。

 目の前で獣人が殺されることなんて、あの頃は珍しくなかった。

 まだ小さな獣人を殺すよう両親から命じられた使用人がそれを断り、罰として使用人の幼い子供が鞭打ちされ、熱を出して亡くなったことで、心を病んだ使用人がオフィーリアの目の前で自殺したこともある。


 淫行に夢中になり、己の快楽だけを追求し、公爵家という地位に見合わぬ醜悪な両親を、オフィーリアはずっと軽蔑していた。彼らの血が流れている何もできない自分すらも、気持ち悪くて仕方がなかった。獣人はただの獣だと、穢れていると言うけれど、両親のほうが汚い存在にしか見えなかった。だから――。


『ねえ、ブラッド。わたくし、もうすぐ十五歳になるの』

『ああ』

『正式に爵位を継ぐことができる年齢よ』


 オフィーリアは窓の外、夜空を見上げる。綺麗な星空。どんなに醜く堕落した者たちでも平等に、美しく照らす星たち。

 この穢れた場所には、あまりにも過分な光。


『――ねえ、ブラッド』


 振り返って、ブラッドを見つめる。


『害悪でしかないものに、生きている価値はあると思う?』





 バルコニーで手摺にもたれかかり、オフィーリアは夜空を見上げていた。ふわりと風が吹いて髪がなびく。


「風邪ひくぞ」


 寝室からバルコニーに出てきたブラッドが、オフィーリアの肩にブランケットをかけた。ブランケットを掴んだオフィーリアは「ありがとう」と頬を緩めて、手摺に頬杖をつく。


 闇オークションの摘発以来、新聞は連日、大々的に獣人売買について報じており、平民たちの貴族や富裕層への疑念が大きくなっている。

 貴族たちも、一斉に富裕層に逮捕者が出て混乱していた。捜査情報がほとんど漏れていないので、まだ芋づる式に逮捕者が出るのではと緊張感があるのだ。

 エリンは帰ってからしばらく、毎日ハニーホーネットのはちみつを食べてご機嫌だった。枷をつけられていたことでできたすり傷なども無事治っている。


「――ねえ、ブラッド」


 呼べば、ブラッドはこちらを見つめる。

 オフィーリアは彼の赤い瞳が好きだ。オフィーリアの髪と同じ、鮮やかな赤。

 母親譲りの忌まわしいこの色も、彼とお揃いなら綺麗だと思える。


 オフィーリアが十五歳の時、両親は予想外の形で命を落とした。けれど、オフィーリアがあの二人の命を奪う覚悟を決めた日があったのは紛れもない事実だ。

 オフィーリアはあの二人の娘だった。だから、終わらせるのは自分の役目だと思っていたのだ。

 両親の殺害を企てたことについて、後悔したことは一度もない。両親が亡くなって、自分が手にかける必要がなくなったことに安堵もなかった。もっと早く行動に移すべきだったという後悔があったほどである。


 オフィーリアは、自分が正義ではないことを自覚している。

 ブラッドは常に、そんなオフィーリアのそばにいてくれた。これからもずっと隣にいてくれる存在だ。どこまでも、一緒に堕ちてくれる。


 闇オークション摘発からおよそ三週間。そろそろ頃合いだろう。


「いらないものは、いつだって掃除しないとね」


 必要かどうか、あくまで基準は自分で定める。

 それが、悪女公爵と呼ばれるオフィーリアなのだ。



  ◇◇◇



 ノクシア王国の首都が管轄である警視庁の警官マシューは、警視庁内の廊下で上司を呼び止めた。


「警部。なぜまだアシュクロフト女公を逮捕しないのですか?」


 訊ねた相手である警部もマシューも、あの闇オークションの会場に突入した警官である。闇オークション関連の捜査がまだ続いているけれど、あの場にいたオフィーリアはなぜか逮捕されていない。マシューはこの現状に怒りを抱いていた。


「何度も言っているだろう。女公はベイノン侯爵から闇オークションに誘われ、我々警察に情報提供後、自ら潜入捜査をなさって闇オークションの主催側、参加者の制圧にご協力してくださった。逮捕する理由などない」

「そんなこじつけが通用するはずないでしょう! アシュクロフト女公は我々の突入を察知し、参加者の口を塞ぐために攻撃したに決まっています! その証拠に、我々の突入前には競売に参加して二百億もの大金を提示して獣人を買おうとしていたそうじゃないですか!」

「こじつけも何も、私は事実しか述べていない。そして、これが警察の正式な見解だ」


 警部は面倒そうにマシューをあしらう。


「君も余計なことはせず、自分の立場を弁えたほうがいい」

「しかし!」

「正義感はご立派だが、賢い選択をすることだな、巡査部長」


 マシューの肩をポンポンと叩いた警部が去っていく。マシューはこの悔しさや憤りをどうしていいかわからず、「クソッ!」と壁を叩いた。


「こんなの間違ってる……っ」


 悪女公爵オフィーリア。闇オークションにいた彼女が逮捕されていない理由は簡単だ。警察が彼女の報復を恐れ、警察として在るべき姿を歪めているから。上層部はアシュクロフト女公爵に屈しているのだ。


(あの女が警察に協力? そんなことあるわけがない……!)


 どうすればオフィーリアを逮捕できるのか。必死に考えていたマシューの元に声が届く。


「巡査部長」


 顔を上げれば、マシューより少し年下であろう青年が立っていた。見覚えはないけれど警官の制服を着ている。新人だろうか。


「先ほどの警部との会話、聞いてしまいました」

「ああ……」

「やはり、上はアシュクロフト女公爵が怖いようですね」


 青年も失望しているらしい。まともな感覚を持つ警官が他にもいたことに、マシューは安堵を覚える。


「今回はかなりの貴族の逮捕者も出てるのに、アシュクロフト女公は別格ということだな」

「王族の助力を得ることができれば、アシュクロフト女公爵を逮捕できる可能性があると思います」

「王族……?」

「はい。王太子殿下とラウントリー伯爵令嬢がアシュクロフト女公爵について調べているようだと、そう聞いたことがあります。確固たる証拠さえあれば、お二人がアシュクロフト女公爵に罪を認めさせることも可能かと」


 オフィーリアは王家の血を引いているとは言っても公爵。上には王族がいる。しかも王太子は格差を是正しようと活動している素晴らしい人物だ。


「なるほど……証拠、そうだな。殿下とご令嬢にご協力いただければ、あの悪女公爵であっても罪から逃れることなどできない。証拠、証拠さえ手に入れば……」


 ぶつぶつと呟いたマシューは、青年に「ありがとう」と告げて捜査資料を確認しに向かった。

 マシューの背中を見送って警視庁を出た青年は、人気(ひとけ)のない道に入ると襟元を触る。


「やれやれ」


 自身にかけていた魔法を解くと服装も顔も変化、――いや、元の姿に戻っていく。


「警察への潜入はスリルがあって楽しいですね」


 笑みを零して、セバスチャンは帰路についた。



  ◇◇◇


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