18.第二章六話
スティーヴンは現国王の第一子として誕生したけれど、妾腹だ。国王と公妾の間に生まれた王子なので、王妃とは血縁でいえば他人である。よって、あのなんとも気まずい距離感なのだ。
王太子時代、父は周囲の反対を押し切って愛する伯爵令嬢を妃にしたけれど、婚姻から三年が経過しても子供に恵まれなかった。婚姻から約一年後、妊娠初期に流産を経験して以来、妃が妊娠する気配は一向になかったらしい。
王になる者にとって、後継者を作ることは義務である。離婚して新たな妃を迎えるよう親や貴族から圧がかかったのは、何もおかしなことではなかった。やはり伯爵家の娘では妃に相応しくなかったのだと、石女だと、心ない言葉を相当耳にしたそうだ。
そのような状況で更に一年が経過しても妃に妊娠の兆候がなく、周りから決断を迫られたものの、父はどうしても愛する妃との離縁を受け入れられなかった。
父が妃と離縁しないと宣言した時、継承権を放棄して他の王族を立太子させるべきだとまで話が出たという。
状況的に至極真っ当な提案。しかし父はそれを受け入れず、苦肉の策として昔の慣習――公妾制度を引っ張り出してきた。
公妾は百七十年以上前に使われていた、跡継ぎ確保のための制度だった。当時は子供の死亡率が高かったのが容認された理由だ。
ただ、実態としては、時の王が愛人をそばに置きたいがために作り上げたものだと言える。
公妾の子はあくまで正当な血筋が途絶えた場合の保険であり、生まれただけで継承権が与えられるわけではない。王位を継がせるかどうかは上位の継承権を持つ複数の王族や議会の承認が必須である。そういう制度だった。
長らく使用されていなかったこの制度については過去に何度も廃止論が出ていたけれど、結局父の時代まで残っていた。そのせいで父の逃げ道ができてしまった。
父は公妾を迎えることを強行したものの、公妾を決める際には様々な問題が発生したとか。
妃に子ができる可能性が限りなく低かったため、公妾の子には嫡出と同様に継承権を持たせるという前提で話が進んでいた。そうなると相手は身分の高い家から厳選すべきだとなったけれど、『伯爵家出身で跡継ぎを産めない女が王妃の座にいるというのに、新しく公妾として迎えてやるなど我々を馬鹿にしている』と、公爵家の娘や他国の姫には難色を示された。
未来の王の母になれるとしても父の寵愛は妃に向いており、公妾なので妃として表舞台に立つことも許されない立場なのだ。誰もが予想できたことである。
そこで立候補したのが、王家の血も入っている国内の侯爵家の娘だった。スティーヴンの実母だ。
実母は昔から父に心を寄せていたらしく、未来の王の母という地位も手に入るなら王妃がいても公妾になる価値があると判断したそうだ。そばに侍ることさえできれば父を振り向かせることができると驕っていたのだろう。
そうして実母はスティーヴンを妊娠した。――が、妊娠中に、なんと王妃の妊娠も発覚した。
王妃は長く子ができなかったし、流産の経験もある。そのうえ、生まれた子が無事に育つ保証もない。よってスティーヴンは生まれてすぐに第一王子として認知されて継承権を与えられたし、その後生まれたフェイビアンは第二王子として育った。
早産だったために体が弱かったフェイビアンだけれど、すくすく成長して体も健康になった。すると妃の子の継承権に優位性があると父が訴え出し、まあ簡単にはいかなかったものの、あれこれあってフェイビアンが立太子した、というわけである。
この一連の出来事で父は貴族からの信用を完全に失った。公妾制度も正式に廃止され、スティーヴンは王家の籍に残されたものの、実母は侯爵家に戻り、別の貴族の後妻となった。
もちろん、実母も実家の侯爵家もこれに納得していない。だからこそスティーヴンとオフィーリアの婚約を調えたのだ。フェイビアンが立太子してすぐの頃だったと記憶している。
アシュクロフトの力があれば、いずれ玉座を簒奪できるかもしれない。そんな思惑が実母にはあったようだ。
実母の誤算は、スティーヴンの面倒くさがりな性格だろう。王位を望んでいないスティーヴンは実母の計画に非協力的で、現在でもフェイビアンが王太子のままである。
そして、オフィーリアが王妃の座に興味を示さなかったこともまた、誤算の一つだったのだろう。
婚約の解消をオフィーリアから言い渡された時、実母は荒れに荒れた。オフィーリアが黙らせたけれど。
とにかく、すべての元凶は父だ。父が王太子の座を手放し、王位を望まなければ、もしくは釣り合う身分の家から妃を娶っていれば、王家の威信が地に落ちることはなかった。
自由な婚姻と玉座にしがみついた父の強欲さが、結果的に愛する息子であるフェイビアンの首を絞めていっている。片方だけを選べば済んだ話なのに、それが父にはできなかったのだ。
スティーヴンは父や王妃との関係はぎくしゃくしているけれど、フェイビアンとは仲が悪いわけではない。ただし、良くもない。
それでも、王位に興味がなく面倒だとしか思えないスティーヴンは、フェイビアンに王位を継いでほしいと思っている。この厳しい現状を打破して国王になってくれれば、それ以上に嬉しいことはない。――が。
(そうも行かないんだろうな)
フェイビアンとペネロピがオフィーリアに勝てる光景が、スティーヴンには想像できない。
そうなると未来の玉座は別の者に回ってくるわけで、第一王子のスティーヴンは継承権も剥奪されておらず、貴族たちが納得できる血筋だ。元々、王太子になる者として誕生した立場である。祭り上げられるのは目に見えているので、妾腹を理由になんとか別の王家の血筋に押しつけられないだろうかというのが最近の悩みだったりする。
オフィーリアがフェイビアンの味方についてくれたら、こんなことに頭を悩ませる必要もないというのに。
(オフィーリアのやつ、王太子とその恋人で遊ぶとは、相変わらずいい性格をしている。……まあ、この状況で一番憤ってるのはたぶんブラッドのほうか)
もう一人の友人を思い浮かべる。あまりにも美しすぎる、オフィーリアの隣に立っていても遜色のない虎の獣人を。
オフィーリアに重い愛情を寄せているあの男が、こんなにもオフィーリアが罪人として目の敵にされている現状に何も感じていないはずがないのだ。おそらくオフィーリアに宥められて渋々従っているのだろうけれど、それで大人しくしているのも恐ろしい。
そろそろ我慢の限界を迎えていてもおかしくなさそうだと、スティーヴンは他人事のように考えていた。
何より、アシュクロフト公爵家の獣人はオフィーリアをとにかく慕っている。獣人奴隷制度が廃止される前から、彼らを人として扱っている恩人なのだから。
(このお遊びにもそろそろ決着がつくか)
頼むからこっちに飛び火してくれるなよと、そう願った。
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