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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
第二章
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14.第二章二話


 出品物、主に獣人が保管されている場所は、まさしく牢屋だった。手足に枷をつけられた獣人が捕らえられており、そのほとんどが子供や女性だ。首輪もつけている。怯えて隅で縮こまっていたり、こちらを睨んでいたりといった獣人が多かった。

 牢はいくつかあり、一つの牢に数人がまとめて閉じ込められている。ざっと数えた限りだと全員で二十人近いだろうか。


「意外と数が多いのね。集めるのに苦労したでしょう」

「ええ。本当に大変でした」


 警察や軍の目に触れないように動き、獣人が消えても不審に思われないよう偽装し……と、いかに苦労したかをベイノン侯爵は語り出す。

 ベイノン侯爵の話を聞き流しながらたどり着いたのは、一人だけ入っている牢の前だった。壁に寄りかかって座っている少女がおもむろに顔を上げる。


「こちらがお話しした特殊個体のモモンガの獣人です」


 他の獣人と比較して綺麗な服を着せられている少女は、じっとオフィーリアを見つめている。惚けたようにかすかに口を開き、口角がたまに動いていた。


「どうやら女公の美しさに見惚れてしまっているようですね」

「……それなら嬉しいわね」


 オフィーリアはその場で少女に目線を合わせるように屈み、鉄格子越しにその瞳を観察した。


「確かに、これはとても綺麗だわ」


 ほんのわずかでも角度を変えれば瞳の色が違って見えるし、左右でも色が異なる。淡い茶色がかった灰色の髪はサラサラで、肌の色は白く、顔が整っている。買い受け希望者は相当な数になるだろう。


「本物なのよね?」

「もちろんですとも。魔法で鑑定済みです。気になるようでしたら女公ご自身で今鑑定していただいても構いません」

「特に不自然な魔力反応はないからいいわ」


 立ち上がったオフィーリアが獣人から視線を逸らさずにいると、ベイノン侯爵は満足そうに口を開く。


「大変に希少価値がありますので、五億から始める予定です」

「ずいぶん謙虚ね。どれほどの価格にまで上がるか楽しみだわ。最終的に落札するのが誰なのかはもう決まっているけれど」


 腕を組んだオフィーリアは、「それにしても」とベイノン侯爵に視線をやる。


「こんなに珍しい獣人ならオークションに出さず手元に置くという選択肢もあったでしょうに、どうして出品されることになったの?」

「出品者は多額の借金を抱えておりまして、運良くこの獣人を捕獲したので、なるべく高く売りたいと」

「ふぅん。そうなの」


 オフィーリアは少し考えて、ベイノン侯爵に問う。


「他の獣人……それから宝飾品や絵画も少し見てから会場に行きたいのだけれど、いいかしら?」

「もちろんですとも」


 快諾されて、オフィーリアは「ありがたいわ」と笑みを浮かべた。





 オフィーリアが会場に入ったのはオークションが始まるほんの数分前で、すでに席はほとんど埋まっている状態である。

 客席側の照明はどこも暗めで、客がお互いの正体に気づきにくいように配慮しているようだった。気づいたとしても、このような場でははっきりと確認はしないという暗黙のルールがある。

 パドルは淡く発光する素材で作っているようなので、暗くてもオークショニアから番号が見えづらいということもないそうだ。


 一階席は階段状になっているけれど、オフィーリアがスタッフに案内されたのは舞台が真正面にある三階のボックス席だ。

 ボックス席は座り心地のよいソファーが置かれていて、サイドテーブルに軽いお菓子やお酒も用意されていた。上客へのもてなしなのがよくわかる。酔わせてお金を使わせたいのだろう。


 オフィーリアがブラッドと並んでソファーに腰掛け、案内役のスタッフが下がると、程なくオークションが始まった。

 絵画や宝飾品、陶器は盗品が多く、まさに闇オークションであった。実際には盗まれてもいないのに盗難にあったと被害届を出しておいて、闇オークションに出品して金銭を手にする、という者もいるらしい。

 近年は富裕層への課税が増えているので、その対策――税逃れをしたいのだろう。


「次だな」


 ブラッドの言葉に、オフィーリアは壇上のオークショニアを捉える。オークショニアは袖にいる者と何か話しているようだった。

 滞りなく進んでいたのに、次の品物が出てこない。何かトラブルでもあったのかと参加者がざわつき始めている。


「そうみたいね」


 オフィーリアは肘掛けに頬杖をついた。

 オークショニアが気を取り直した様子でマイクを口元に近づける。


『お待たせいたしました。これより獣人の競りに入ります!』

「いよいよ獣か」

「これを楽しみに来ているからな」


 客たちがこれまで以上に前のめりで壇上に注目する。

 首輪に繋がっている鎖でスタッフに引っ張られながら、袖からモモンガの獣人が現れた。手足の枷はそのままで、引きずっている鎖がジャラジャラと音を鳴らしている。

 舞台の真ん中に立たされた獣人は、手をぎゅっと握っていた。


『早速ですが、こちらは本日の目玉、モモンガの獣人です。可愛らしい見た目も魅力的ですが、なんとこの獣人、角度によって瞳の色が異なって見える、大変特殊な個体なのです!』


 オークショニアの説明に、客たちが「おお……!」と声を零す。この獣人は最後に出てくると思っていたであろう参加者たちの興奮が手に取るようにわかった。


『同じ特徴を持つ獣人はこれまで一匹たりとも発見されておりません。今回を逃せば二度と手に入らないことでしょう! ――それでは、五億から始めます!』


 その合図により、次々と数字が飛び交う。


『――……十億、十一億、十五億、三十億! 三十五億! ――五十億! 五十億が出ました!』


 オークショニアの声が会場内に響く。五十億はすでに今日の最高価格を超えている。


「どんどん上がるな」

「ここにいる連中は不正で懐にお金を隠している者ばかりだもの。それでも限度はあるでしょうけれど」


 不正に手を染めたところで、所詮オフィーリアには及ばない財力である。仮にオフィーリア以上の資産を持っていたとしても、今回に関してはなんの意味もない。


 皆の意識が壇上の獣人とオークショニアに向けられている。

 本日の目玉である、特殊な目を持った獣人。この闇オークションに参加する者たちの最大の目的。つまりこの瞬間、席を外している客はいない。参加者は皆、競りに熱中している。


 オフィーリアはそっと目を閉じて魔法を発動させた。周囲の者たちは何も反応しない。


「――どう?」

「俺はわかった」


 ブラッドに訊ねると案の定の答えが返ってきたので、オフィーリアは不貞腐れたため息を吐く。

 誰からも感知されないように本気で魔法を使ったのに、ブラッドは魔法反応を感じたらしい。獣人は魔法適性が低いので魔法や魔力の感知も基本的に得意ではないはずなのに、この男はその前提を当たり前のように覆す。


「集中しているからじゃなくて、あなたは油断していても気づくんでしょうね。優秀でありがたいけれど、わたくしの自信がなくなりそうだわ」

「あんたを守らないといけないから、これくらいはな」


 そのブラッドの言葉にオフィーリアは瞬きをして、それから口元を緩めた。


「それもそうね」


 オフィーリアは背筋を伸ばし、壇上を見下ろす。


「さて。じゃあ始めましょうか」


 オフィーリアが告げると、ブラッドがパドルをあげた。『七十三億!』と誰かの提示した価格を口にしたばかりのオークショニアの目がこちらを捉える。


「――百億」


 ブラッドの声が、会場によく響いた。


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