13.第二章一話
「三十八億! 落札です!」
オークショニアの声が響き、会場が沸く。舞台の真正面に位置するバルコニー席に座っているオフィーリアは、集まる視線に怯むことなく満足げに微笑んだ。
以前から参加する予定だった首都の大規模なオークションで、オフィーリアは無事、狙いどおりブルーダイヤモンドの首飾りを落札した。今回のオークションの最高落札価格で。
「意外と安価で済んだな」
「わたくしが相手だと知ってみんな早々に諦めていたわね。一人だけ粘っていたけれど」
席についたまま、オフィーリアはブラッドとのんびり話している。
オフィーリアが落札した首飾りが最後の品だったので、オークションはもう終わりだ。あとは支払い方法、期日の確認など、落札者が開催者側とやりとりをすることになる。
「――いやぁ、さすがはアシュクロフト女公ですね」
会場から人が去っていく中、オフィーリアに声をかけてきたのはベイノン侯爵だった。年齢は五十歳。オフィーリア自身はあまり交流がないけれど、先代アシュクロフト公爵夫妻、つまり亡き両親は多少付き合いがあった間柄である。
「妻からあの首飾りをせびられていたので是が非でも落札するつもりだったのですが、アシュクロフト女公がライバルとなるとさすがに手も足も出ませんでしたな」
「それは申し訳ないことをしてしまったわ」
「いえいえ。妻には悪いが、あれほど大きなブルーダイヤモンドの輝きには多くの女性が負けてしまいます。あの首飾りでさえも敵わぬ美貌を持つ貴女の手に渡ることは運命かと」
「そう?」
オフィーリアは謙遜なく、当然のように艶やかな微笑を浮かべた。
「ところでアシュクロフト女公、ぜひ参加してほしい催し物があるのですがいかがでしょう?」
「それって、わたくしが参加するほどの価値があるのかしら」
「絶対に後悔はさせません。別室にて詳細をお話しさせていただければと」
少し考える素振りを見せて、オフィーリアは「いいわ」と受け入れる。
「すぐに支払いを済ませる予定だから、そのあとに」
「承知しました」
ベイノン侯爵とそう約束して別れてから、オフィーリアは落札した首飾りの金額を開催者側に支払って首飾りを受け取った。持参したアタッシュケースに首飾り入りの箱を入れてブラッドに持たせたまま、オフィーリアはベイノン侯爵が待つ部屋へと向かう。
高級な紅茶を用意してオフィーリアを迎えたベイノン侯爵は、向かい合って置かれているソファーにそれぞれが腰掛けると、早速本題を切り出した。
「来週なのですが、特別なオークションがありまして、ぜひ女公をご招待させていただければと」
「何が出品されるのかによるわね。カタログは?」
「申し訳ありませんが、用意していないのです」
そうは言うけれど、ベイノン侯爵はまったく申し訳なさそうにしていない。
「なるほどね」
オフィーリアはかすかに口元に笑みをのせる。
カタログの用意がまだできていない、手元にないということではなく、そもそもカタログを用意しないオークションなのだ。
オフィーリアの表情から意味を理解したと察したベイノン侯爵は説明を続ける。
「宝飾品や絵画等、幅広いものを取り揃えております。特に人気なのは獣ですね」
獣。その言葉が示しているのは、文字どおりのただの動物ではない。獣人だ。
獣人が人として認められた現在では違法である獣人の売買があり、情報の流出を危惧して証拠を残さないようカタログを作らないとなれば、ベイノン侯爵が言うオークションは間違いなく闇オークションである。
「アシュクロフト女公のご両親も以前ご参加されたことがあるのですよ」
「――そう」
「それはもう大層ご満足なさったご様子でした。あの頃は小さなものから大きなものまで競売も盛んでしたが、王太子のせいでやりにくくなりまして、なかなかに苦労します」
オフィーリアが「本当にそうね」と同調すると、ベイノン侯爵は上機嫌に紡ぐ。
「今回もかなりの上物が揃っておりますので、アシュクロフト女公にもご満足いただけるかと」
獣人の出品があればオフィーリアが食いつく。ベイノン侯爵はそう確信しているようだ。
「そんなに綺麗な子がいるの? わたくし、彼クラスじゃないと満足しないわよ?」
軽く顔を後ろに向けたオフィーリアがソファーの後ろに控えているブラッドを示すと、ベイノン侯爵は困ったように笑う。
「さすがに彼ほどの美貌を持つ獣人は……ただ、今回の目玉である獣人はまだ十三歳前後の少女なのですが、角度によって瞳の色が変化する特徴を持っているのです」
「瞳が?」
「ええ。赤、青、黄、緑、紫――本当に様々に変わるのですよ。相当な高値がつくと予想されます。顔も、将来が楽しみなほど整っているそうで」
「へぇ、そうなの」
希少な特徴を持つ獣人は、時に国の土地を買い占めることができるような値段がつくこともある。しかし、支払い能力がある者が購入しなければ、出品者にとっては意味がない。
高く売りたいのなら、珍しいものが好きで財力のある客を集めて競わせる。手っ取り早く確実な方法だ。
「それはぜひ実物を見てみたいわね」
「では」
「ええ。参加させてもらうわ」
オフィーリアはにっこりと笑った。
首都シアスの中でも相当な端、王宮のある都市部から離れた街で闇オークションが開催されるとのことで、オフィーリアは当日の夜、ブラッドと共にその街を訪れた。
鉄道が通っており、人が多く、田舎と呼べるほどの物寂しさはない。比較的発展しているようで、夜でも無数の明かりに照らされている活気がある街だ。
オフィーリアとブラッドは目元を覆うタイプの仮面をつけて、街の西側にあるレストランに足を踏み入れた。ベイノン侯爵から渡された招待状を渡すまでもなく、スタッフはオフィーリアの姿を確認するとレストランの奥へと案内する。
顔を隠したとて、オフィーリアの赤い髪は目立つ。連れているのが黒髪交じりの金髪の長身の男なので尚更だ。正体は一目瞭然なのである。
闇オークションは地下で行われる。昇降機の前に案内され、オフィーリアとブラッドは昇降機に乗り込んだ。
「女公、お待ちしておりました」
レストランからすでに連絡が入っていたのか、地下に移動した昇降機を降りるとベイノン侯爵が待っていた。彼も仮面をつけているけれど、片目を覆う形のものなので顔の判別は容易である。
「女公にご参加いただけて嬉しい限りです」
「こちらこそ、珍しい獣を手にする機会をいただけて光栄だわ」
「はは。まだオークションは始まっておりませんのに。しかし、私としてもぜひ女公に落札していただきたいと思っております」
こうして目をつけた客をおだてて、なるべくお金を落としてもらう心算なのだろう。
「それで、本当に先に見せてもらえるの?」
「もちろんですとも。特別なお客様ですから」
オークションの開催まではまだ時間がある。オフィーリアが早い時間に招かれたのは、出品されるもの――獣人たちを間近で品定めする時間を作るためだった。上客にはこのような対応をするらしい。
「触れたりといったことはできませんので、牢越しにはなりますが」
「構わないわ」
ベイノン侯爵に案内されるまま、オフィーリアとブラッドは奥へと進んでいった。