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悪女公爵の流儀  作者: 和執ユラ
序章
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01.プロローグ 前編

※誤字以外の添削は受け付けておりません。


 大陸西部に位置するノクシア王国で現在、女性で唯一公爵という地位にある人物――アシュクロフト女公爵オフィーリアは、広大な領地、ダイヤモンド鉱山や魔石鉱山を持ち、投資も積極的に行っている国一の資産家である。

 そんなオフィーリアの元には日々、支援を求める者たちからの要望があとをたたない。


 ノクシア王国首都シアスの中心部。貴族の邸が多く立ち並ぶその一等地区に、邸宅用としては一際大きく広い土地に佇む絢爛な建物がある。オフィーリアが所有している邸だ。

 そのアシュクロフト公爵邸の応接室では、邸の主人オフィーリアと実業家の青年が相見えていた。


「――ですので、必ずこの事業は成功いたします。投資する価値は保証いたします。いかがでしょうか、アシュクロフト女公爵様」


 青年が緊張を滲ませながらも自信に満ち溢れた態度で事業について語っており、オフィーリアは資料に視線を落としていた。

 長い赤色の髪は緩く波打ち、澄んだ淡い青色の瞳は丁寧に資料の文字を追っている。肌はきめ細かで白く、左目の目尻のほくろや紅がのせられた唇が際立っていた。体のラインが出るタイトなドレスは異性の目を惹く体型を強調しているようで、青年は改めてオフィーリアを見つめてごくりと唾を飲みこむ。

 傾国の美女とはまさに彼女のような人のことを言うのだと体現している美貌だ。これでまだ十九歳だというのだから恐ろしい。


 オフィーリアに見惚れていた青年だったけれど、ふと視線を感じてそちらを確認する。オフィーリアが腰掛けているソファーの後ろに立っている人物が青年を監視するように見ていた。オフィーリアの従者だ。

 黒髪交じりの淡い金髪と赤い瞳の彼もまた、同性の青年でも見惚れてしまうほど整った顔立ちをしている。背が高く、服越しでも鍛えていることがよくわかる体つきからして、オフィーリアの護衛も担っているのだろう。


 そんな従者は無表情で、こちらを睨んでいるわけでもないのに殺気に近いただならぬ威圧感が溢れており、青年は先ほどとは別の意味で喉を鳴らした。

 従者だけではない。ドアの近くに控えている六十歳前後に見える執事も、穏やかな表情をしていながら鋭い目つきで青年を見据えている。


 二対の厳しい目に青年が耐えていると、資料の確認を終えたらしいオフィーリアが、つまらなそうに資料をテーブルに置く。その音で青年は我に返った。


「投資はしないわ」

「えっ」


 静かな空間に落とされた穏やかな声に、青年は間の抜けた反応をする。オフィーリアは困ったように呆れを込めたため息を吐いた。


「見積もりが甘すぎると思うのよね……。この地域にこれほどの規模の工場を建築するとして、土地の相場が明らかにわかっていない計算だわ。管理費も項目がいくつか抜けているのかしら、桁からおかしいわね」

「いや、それはですね……」


 オフィーリアからの指摘に慌てて言葉を探したけれど、淡い青色の双眸に捉えられて青年は思わず口を閉ざす。


「まさかとは思うけれど、わたくしが投資することが決まっているなんて嘯いて、契約先に配慮してもらった、なんてことはないわよね?」

「!!」


 青年は目を見開いて息を呑んだ。心臓が速く脈打つのがわかる。こちらの一挙手一投足、呼吸や表情、些細なことも見逃すまいと観察しているその瞳に恐れに近い感情を抱きながら、青年は声が震えないように力を込めて否定した。


「決してそのようなことはしておりません!」

「そう。なら、現在の土地の持ち主や契約先に確認を取るけれど、構わないでしょう?」

「っ、それは……」


 頷けるはずもない。オフィーリアの推測は正しく、今この場で誤魔化したところで多少の時間稼ぎにしかならず、調べられるとすぐに事実が露呈してしまうからだ。

 何よりオフィーリアの物言いからして、青年が卑怯な手を使ったと確信を持っていることは明白である。ここで否定するのは悪手でしかない。

 それならばと、青年は必死に訴えた。


「この事業は必ず成功します! 確かに契約の際にアシュクロフト女公爵様のお名前を先方に意識させましたが、それほどの価値が」

「いいえ、この事業は失敗すると思うわ。他にも穴だらけだもの。仮に成功するとしても利益はそれほど出ないでしょうね。その程度のちっぽけな利益のために投資できるほど、わたくしのお金の価値は低くないの」

「ちっぽけな利益などと、そのようなことはっ」

「――あら」


 オフィーリアは唇に弧を描き、軽く首を傾けて目を細める。


「あなた今、このわたくしに口答えしたの?」


 鷹揚な仕草、物言いだ。しかし、その眼差しや声には不思議と反論を許さぬ強さと恐ろしさがあり、青年は反射的に頭を下げた。


「滅相もございません!」


 オフィーリアと青年では立場が違う。こちらは投資を懇願している側、彼女は王国唯一の女公爵であり、十九歳ながら王国一の資産家。オフィーリアの名を勝手に使って事業を進めている今、彼女からの投資を勝ち取れなければ青年は終わりだ。気分を害しては不利にしかならない。


「なら、納得して諦めてくれたということでいいかしら。もう相手をする必要もないわね」


 オフィーリアが退出しそうな気配を察して、青年は慌てて引き止める。


「お待ちくださ――」

「ああ、そうそう」


 何かを思い出したかのように、オフィーリアは口を開く。


「あなたが事業を進めるにあたってわたくしの名を勝手に出していたことはとっくに知っていたの。それについて伝えるための手紙を、今日中にあなたの契約先すべてに届くよう手配してあるわ」

「っ!?」

「新聞社には早めに手紙を送っておいたから、今日の夕刊に載るんじゃないかしら」


 さらっと告げられた話に青年は激しく動揺するけれど、これでは終わらなかった。


「それからあなた、七人と同時に交際していたらしいわね。三人はお互いに色々と割り切った交際だったようだけれど、他の四人は何も知らないそうじゃない? 今までバレなかったのは本当に不思議だわ。仕事柄、付き合いで忙しいからと上手く誤魔化せるものなのね」


 呑気に感心した様子のオフィーリアは、決して純粋に褒めているわけではないだろう。

 青年は冷や汗が止まらない。喉がカラカラだ。


「な、何か誤解があるようですが、そのような事実は……」

「わたくしの部下たちが調べたことだもの、間違いなんてあるわけがないわ。何も知らない恋人たちには、部下を通してあなたの女性関係について情報提供済みなの。もちろん、婚約が進んでいるという子爵令嬢の家にも全部教えてあげたわよ?」

「なっ」


 この状況でも気を抜けば見惚れてしまいそうな優美な笑顔で、とんでもないことを言ってくれた。

 青年の七人の交際相手で何も知らないうちの四人の一人は子爵令嬢だ。貴族という肩書きを欲した青年は巧みに子爵家に取り入り、見事に当主に交際を認めさせたのである。無論、結婚前提の交際なので婚約話も進んでいるし、他にも交際相手がいることは隠し通してきた。


「あの家は厳格な考えだから、あなたの詐欺行為による事業や女性問題には相当な拒絶反応を示すでしょうね。それだけじゃなく、まだ婚約前の娘がすでにあなたと体の関係を持っていると知った今、当主はどんな気持ちかしら。世間知らずの娘の恋心と好奇心を刺激して誘導するのは簡単だったんでしょうね」


 そうだ、異性に慣れていない娘を操るのは想像していたよりも容易だった。子爵令嬢は事業のための資金を工面してくれたし、二人の未来のためだからと父親である子爵の説得にも積極的に動き、青年の思いどおりの行動をとってくれた。

 すべて、上手くいっていたのに。


「交渉の席で籠絡してわたくしに乗り換えると友人に言いふらしていたようだけれど、多少顔と愛想がいいだけの男にこのわたくしが靡くわけないでしょう?」


 オフィーリアは控えめながらも、思い上がりも甚だしいと言わんばかりの嘲笑を浮かべた。


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