3章 第2話『鍵と鎖/禁断の口付け』
──夢を見ていた。
あたたかな手が、わたくしの髪を撫でていた。
何も語らず、ただ優しく、何も求めずに。
「……あなた……」
その声に目覚めた朝、エリザの胸の奥に、柔らかな余熱だけが残っていた。
心が揺れている。わかっているのに、止められなかった。
(わたくしは……王妃。忠義を誓った、この身で──)
けれど、彼を見るたびに、胸の奥が騒ぐ。
レオニス・フォン・エイリス──宰相。理知的で礼儀正しく、決して距離を詰めてこない男。
……けれどその仕草、その目線、その声音は──
(どうして……あなたに似ているの)
彼と視線が交わるたび、夢の中のまさきの面影が揺らぎ、現実と重なっていく。
***
「王妃殿下、次回の祭礼配置について、ご意見を賜れればと」
執務室。形式的な報告に、エリザは整然と応じた。
「問題ありません。従来通りでよろしいかと」
「……さすが、変わらぬご判断。ですが──」
ふと、レオニスが視線を逸らした。
「ですが、王妃殿下が苦しんでいらっしゃるように、私には見えるのです」
その一言に、エリザの手がぴたりと止まる。
「……そのようなこと、ありません」
「私の言葉が差し出がましかったのなら、お詫びします。ですが……」
レオニスは、まっすぐ彼女の目を見た。
「あなたを、ずっと探していた気がするのです。
どこかで、あなたの手を、確かに握った記憶がある──そんな錯覚を、何度も夢に見る」
──それは、前世のまさきが、かつてエリザに何度も言った言葉だった。
エリザの瞳が揺れる。指先が震え、書類を持つ手が力を失う。
「……まさき……」
呟いたその名を、彼女自身が意識していない。
レオニスは、その名を聞いても、黙って受け止めた。
ただ、そっと近づき、目の高さを合わせるように膝をつく。
「王妃殿下。もしこれが罪だというなら、私は喜んで罰を受けましょう」
「……それでも……あなたは、わたくしを……?」
その問いに、レオニスは何も言わず、
ただ、彼女の手をそっと包み込んだ。
触れた瞬間──
震えが、走った。
(ああ……このぬくもり……知っている)
理性が、忠義が、かたく締めた心の鎖に、ヒビが入る音がした。
──そして。
エリザのほうから、そっと身体を寄せる。
レオニスは目を閉じ、何も言わない。
触れた唇は、優しく、静かだった。
熱はない。むしろ、切なさが胸に満ちる。
けれど、触れ合うだけで──胸の奥が震えた。
「……これは……夢?」
「いいえ、これは……現です」
エリザの目から、ひとすじの涙が落ちる。
罪の意識と、懐かしさと、
なにより──もう一度、愛されたいという想い。
「……許されることでは……ないのに……」
レオニスは黙ってその手を包んだまま、彼女の傍にいた。
彼の目に浮かぶのは、快楽ではない。
ただ、ひとりの聖女の、鎖の解ける音だった。
第一王妃攻略:進行度 50%(夢と記憶、心の鍵に亀裂)
──次は、“過去の愛”を現在へと繋げるとき。