1章 第3話『幼き身体の歪んだ悦び』
静かな午下、王城の大図書室には今日も規則正しい沈黙が満ちていた。
分厚い書物の重み、光を吸い込む古書の背表紙。
その空間の片隅、ただ一人、銀髪の少女が座している。
レオニスが扉を押し開けたとき、彼女はちらりと視線を向けただけで、読み進めていた書物を閉じた。
「……遅いぞ、小童」
「これは失礼。宰相職とは案外、細々とした雑事が多くて」
「妾がここに来てやったのじゃ。貴様の、くだらぬ“師弟ごっこ”とやらのためにな」
言いながら、少女は椅子から立ち、すっとレオニスの傍らへ歩み寄ってくる。
その足取りに迷いはない。けれど、どこか落ち着かないように感じるのは──彼女の瞳が、わずかに潤んでいるからだろうか。
「また……教えてくれぬかの?」
ぽつりと呟くようなその声に、レオニスの胸が微かに疼いた。
(……理性で抑えていた欲が、ここまで溢れてきたか)
彼女はまだ“堕ちて”はいない。だが、確実に──甘えたいと、思い始めている。
「もちろんです。喜んで」
レオニスは穏やかに笑い、書物を一冊開いて彼女を招く。
フィリシアは椅子に腰を下ろすと、じっと彼の横顔を見つめた。
「……貴様、最近、妾の顔ばかり見るのう」
「王妃殿下のお姿が美しくて、目が離せませんので」
「っ……たわけ。そ、そんな言葉で、妾を懐柔できるとでも?」
「では、こう申し上げましょう。“可愛らしい”と。とても、じゃれつきたくなるような可憐さです」
その言葉に、フィリシアの頬がほんのり朱に染まる。
その反応すら、彼女自身が理解できていないようで、視線を逸らした。
「……妾は、貴様の戯れ言などに、動かされんぞ」
──だが、身体は素直だった。
レオニスのスキルが、再び発動する。
【催淫スキルLv3:触れずに、官能を与える】
視線と声色、空気の流れに快感の幻を宿す。
ふとした瞬間、彼女の膝がぴくりと揺れた。
「……っ、ん……」
言葉にせずとも伝わる。
レオニスの声音が耳を撫で、吐息がうなじをくすぐるような錯覚。
彼女は書の字面を追いながらも、焦点が合っていなかった。
指先は机に触れているだけなのに、まるでその下に熱が滲むような感覚に、肩が震える。
「……ふぅ……くっ……」
次第に、背筋が反らされていく。
レオニスがわざと低い声で囁く。
「王妃殿下、そんなに声を震わせて……まるで、期待しているかのようですね」
「っ、ば、ばかな……妾は……妾はただ、知識を受けておるだけ……っ」
彼女は息を詰め、首を横に振る。
しかし、震える膝と、内腿に滲む熱は隠せない。
「あなたは高貴なお方だ。だのに、こうして机に頬を染めている。
……どれほど、いじらしいことか」
その言葉と同時に、フィリシアの胸元に小さな汗が滲み、吐息が漏れる。
「……くっ……そ、そなた……そなた、妾を……っ」
レオニスはそっと、彼女の手元に指を寄せる。だが、触れない。
指先は、ほんの数センチの空間を滑るだけ。
だというのに、フィリシアの手がぴくりと反応し、肩が跳ねた。
(触れずして、この反応……もう、限界は近い)
フィリシアの喉が震え、ついに……微かに、唇が開いた。
「……ぅ……ん……あっ……」
断末魔のような、かすれた甘い吐息。
レオニスは静かに本を閉じた。
「……王妃殿下?」
呼びかけると、フィリシアはきつく目を閉じ、震える声で答えた。
「も、もう……今日は……これ以上は……っ、ふぅ……」
席を立ちかけた彼女は、しかし途中でふいに立ち止まり──振り返る。
その深緑の瞳には、もはや“恐れ”も“誇り”もなかった。
ただ、求める者の、飢えた色。
「……また……教えてくれぬかの?」
その一言は、何よりも官能的だった。
王妃という立場を捨て、誇りを脱ぎ捨て、
今、ひとりの女として、彼に甘えようとしている。
レオニスは軽く頷いた。
「いつでも、お望みのままに」
──そして、フィリシアは扉の向こうへ姿を消す。
床に微かに残る、淡い湿気の気配だけを残して。
第三王妃攻略:進行度 70%(羞恥と悦びの受容)
次章予告:第2章 第二王妃リシェル編
──傲慢なる青髪の姫君。その誇りの奥に潜む孤独が、夜の窓辺で露わになる。