1章 第2話『ひび割れる理性』
──再び訪れた、王城の大図書室。
静けさは前回と同じはずなのに、レオニスの鼓動はわずかに高鳴っていた。
あれから三日。
あの幼き王妃──フィリシアは、その日以来、誰とも言葉を交わさず、ただ黙々と書を読み続けているらしい。
だが、レオニスは確信していた。
(身体は、確かに反応していた。あれは知識の熱などではない。本人も、気づき始めている)
扉を開けると、予想どおりそこに彼女はいた。
読書席に小さな背を預け、脚を組み、視線だけでこちらを射抜いてくる。
幼さの残る顔に、どこか神秘的な光を宿すその姿は、まるで造られた聖像のようだった。
「……また来たか、小童。妾の読書を邪魔する気か?」
レオニスは一礼し、近くの机へ腰を下ろす。
「とんでもない。むしろ王妃殿下の知見を拝聴したく、またこの図書室を訪れた次第です」
「……ふん、妾に教えを請うとは、良い度胸じゃのう」
「よろしければ“師弟ごっこ”でもいたしましょうか。私が生徒、あなたが師。とても理に適っている」
フィリシアの眉がぴくりと動いた。
「……ごっこなどと、たわけた提案を。妾は戯れを好まぬ」
「ですが、少しばかり演じてみるのも悪くありません。知識の共有は、演技から深まりもしますゆえ」
その声音はあくまで穏やか。だが、スキルはすでに発動していた。
【催淫スキルLv2:言葉に快感の“種子”を織り込む】
「ほら、フィリシア殿。ここ──『性質分化理論』の箇所。
“触れずとも伝わるものがある”、とは、何とも示唆的ですね」
「……妾は触れずに教えておるだけじゃ」
「ですが、その語り口が妙に耳に残る。舌先でなぞられるような心地がします。……まるで、優しく撫でられているような」
フィリシアの指先が止まり、緩やかに口元が歪む。
「……たわけ。それは貴様の気のせいであろう」
「では、王妃殿下の声が甘美であるというのは、私だけの錯覚ですか?」
そのときだった。
ページをめくっていた彼女の細い指が、わずかに震えた。
言葉の端々に、じわじわと“快”が染み込む。
肌ではなく、脳で感じる。それはあまりにも知的で、だからこそ背徳的だった。
レオニスはあえて話題を変え、分厚い書物を指でなぞった。
「この“魔導感応論”も面白いですね。
“感応は意識を介さず、欲望に従う”──まるで、誰かの本能のようだ」
「…………」
黙っていたフィリシアは、ふいに本を閉じた。
息が少し荒い。額に小さく汗が滲む。
だが彼女は、なおも高慢に、涼やかに言い放った。
「妾はただ……知識に酔っておるだけじゃ。快感でも何でもない」
「ええ、もちろん。知の陶酔は、まるで蜜のように甘く、熱をともないますからね」
そう応じたレオニスの声は、まるで口づけのように柔らかかった。
──そこに刺激はない。だが、“感じている”と錯覚させる言葉。
少女の太腿がわずかに揺れ、唇がきゅっと結ばれる。
「……な、なんじゃこれは。ぬくもりが……喉奥に、からんで……」
彼女の内腿には、微かな湿り気が滲みはじめていた。
だがフィリシアはそれに気づかぬふりをして、凛と顔を上げた。
「……妾は、愚かではない。これしきのことで……っ」
──だが、限界はあっけなく訪れる。
「……っ……あぁ……っ」
ほんの一瞬。
漏れた声は、かすれた息に混じり、幻のように空気へ消えていった。
沈黙。
レオニスは顔を上げず、あくまで書物を読み続けるふりをしていた。
「……フィリシア殿?」
「な、なんでもない。黙れ、小童……ッ!」
椅子を引き、少女は足早に席を離れる。
だがその足取りは、先ほどよりも、ずっと脆く揺らいでいた。
(──ほう。言葉だけでここまで崩れるとは。やはり、王妃殿下は飢えている)
だが、ここで踏み込むにはまだ早い。
彼女の理性は、まだ高貴なる仮面として残っている。
それを砕くには、もう一段、心を揺らす刺激が必要だった。
静まり返った図書室に、書を閉じる音が響く。
レオニスは、ゆっくりと立ち上がった。
「……さて。次は、“実践”の時間ですね、フィリシア殿」
──彼女がその言葉の意味を悟るのは、もう少し先のことになる。
第三王妃攻略:進行度 25%(知の陶酔による快楽の認知)




