1章 第1話『知識の裏に潜む欲』
──王城の最奥、陽の届かぬ石造りの回廊を抜けた先。
重厚な扉の向こうに広がるのは、静寂を湛えた大図書室だった。
天井まで届く書架に、所蔵された書物は数万を超える。
その一角、陽の薄く差し込む読書席に、ひときわ異質な存在がいた。
「……ああ、これはまた……とびきり難儀な相手だ」
レオニスは息をつき、書架の影からその少女を見つめた。
白磁の肌、銀の長髪。深緑の瞳は書物に落とされ、まばたきひとつしない。
外見はどう見ても十歳に満たぬ幼女。しかし、そこに漂う威厳は一国の妃のものだった。
──第三王妃、フィリシア
百年生きる高貴なるエルフの姫にして、王国の契約により王に娶られた“知の番人”。
レオニスは足音を立てずに近づくと、書架から一冊を引き抜き、あえて咳払いをした。
「……おや、偶然ですね。王妃殿下もここにいらしたとは」
ページをめくる手が一瞬止まった。
少女はゆっくりと顔を上げ、視線をこちらに向けた。
「……妾に声をかけるとは、小童も命知らずよのう」
「光栄です。宰相の任に就いたばかりでして、王妃殿下にご挨拶をと思いまして」
「妾は貴様など知らぬ。今もこれよりも知識の方が重要じゃ。とっとと失せよ」
その声音は冷たく、しかしどこか“作られたもの”だった。
生まれてから幾星霜、他人に期待することをやめた者の響きだ。
レオニスは眉をひそめることなく、静かに笑んだ。
(この高慢さ……その裏にあるものは、飢えだ)
孤独に耐えるための誇り。
拒絶の言葉の奥に、誰かに揺さぶられることを望む心の隙。
それは、前世で腐るほど見てきた“女の目”だった。
──そして、スキルが囁く。
【催淫スキルLv1:発動可能】
(……真面目に生きたかったんだがな。まったく、神は趣味が悪い)
レオニスはわずかに視線を細め、少女の読書姿を“意識的に”見つめた。
緩やかに、瞳の奥で力が揺らぐ。
フィリシアの肩が、かすかに震えた。
彼女はその場にいる誰よりも敏感だ。だからこそ、気づいてしまう。
肌を這うような視線、首筋をなぞるような感覚。
言葉にできぬ微細な異物感が、感覚の隙間から忍び込む。
「……っ、何だ……?」
思わずつぶやいた声すら、自分のものではないようだった。
ページをめくる手が、ふるりと震える。
空調の効いた室内なのに、体温が不自然に上がる。
膝に揃えた脚が、じんわりと熱を帯び、内腿が疼き始める。
「……な、何だこれは。妾は……っ、知識に耽っておるのじゃ……」
自らに言い聞かせるように呟くも、指先の感覚が甘く痺れる。
思考が、ほんのわずかに“快楽”という未知の感情に滑った。
レオニスはあくまで無表情で、書物に視線を落とすふりをする。
だが心の中で、少女の変化を冷徹に計測していた。
(……なるほど。理性の化身のように見えて、身体はちゃんと反応するらしい)
フィリシアは椅子の背に寄りかかり、首筋を手で撫でた。
その仕草はどこか艶めかしく、だが本人は気づいていない。
「……く、くそ。こ、これはきっと何かの……邪気か何かであろう」
「……お加減でも、悪いのですか?」
レオニスはあえて何気なく声をかけた。
その瞬間──
「黙れっ、小童がっ……っ!!」
──バンッ!
フィリシアは本を閉じ、立ち上がると、そのまま図書室を出ていった。
その足取りは、誇り高く、けれどどこかふらついていた。
レオニスは静かに彼女の背中を見送った。
その表情は真面目で、冷静で──どこか哀しげですらあった。
(すまないな、フィリシア殿。だが──これも、俺の“真面目な仕事”なのだ)
静まり返った図書室。
その空間に、ひときわ静かな戦火が、確かに灯り始めていた。
──その知性の裏に潜む、欲という名の空洞に。
第一王妃攻略:進行度 0%
第二王妃攻略:進行度 0%
第三王妃攻略:進行度 5%(気づかぬ刺激)
──背徳の攻略戦、幕は上がったばかり。