第二章
「おばあちゃーん! ただいまー!」
「はいはいおかえりぃ」
玄関まで出迎えてくれた詩織の祖母に対し、ブライは軽く会釈をする。
「そうめん湯がいて置いてるでぇ。お兄ちゃんの分もあるから遠慮せんと食べてよぉ」
「すみません、いただきます」
「ほな、おばあちゃん畑見てくるから」
「はーい」
祖母と別れ、居間へ向かう二人。
「もー、またテレビ付けっぱなし……」
畳張りの居間の中央には大きな座卓が設置されており、その上には茹でたそうめんが盛られた皿と、つゆを入れた椀、麦茶が入ったコップがそれぞれ二つずつ置かれている。テレビ画面では、地元局のローカルニュースが放映されていた。
「えと、て、適当に座っちゃってください」
長方形のちゃぶ台、テレビの真正面に詩織は腰を下ろす。ブライはその隣、少し間を空けたところに腰を下ろした。
「じゃあ、えと、い、いただきます」
「うん、いただきます」
手を合わせ、軽く頭を下げる詩織。ブライもそれに続く。
「助けてもらった上に食事まで……なんとお礼を言ったらいいのか……」
「い、いえいえ、当たり前のことをしただけ、ですよ。……作ったの私じゃないし……」
詩織は小声で付け加えた。
「そ、それで、ブライさんはやっぱり、元の世界、帰っちゃうんですよね……?」
「そうだね。せっかく魔王も倒したし……。それに、統率を失った魔物や魔族が暴れまわってるかもしれない、できればすぐにでも戻って様子を見たいところなんだけど……」
「戻り方、ですよね……」
「そうだね。きっかけはおそらく魔王の自爆だとは思うんだけど、さっき川に戻った時にも周囲に変わったところはなかったし……どうしたものかな……」
会話の合間に、そうめんを啜る音が響く。
「こんなときルシエラがいてくれたら、魔法でなんとかしてくれたんだろうな……」
「……そ、そのるしえら、さん? ……は、魔法使いの人、なんですか……?」
「うん。彼女は王国一の魔術師なんだ。特に、新たな魔法を開発する事については天才と言っても過言ではないかな。これまで何度彼女の魔法に助けられたか……」
「ほぇー……すごい人なんですね……。二人で旅をしてたんですか?」
「いや、もう一人、マシャドってやつとも一緒でね。信じられないほど丈夫なんだ。戦士としてとても頼りになる男で――」
そこまで言って、なぜかブライの話が止まった。不審に思った詩織がブライの方を見ると、彼の視線はテレビに釘付けになっていた。
「先ほど入ってきた情報によりますと、市内に現れた男は斧のようなものを振り回し、警官へ襲いかかってきたとのことです。その後男は取り押さえられ、銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕されました。警察は現在、動機について――」
真っ赤な鎧を身に着けた金髪の男が、警察官に連行される映像が流れていた。
「マシャド……!?」
「えっ!? こ、この人ですか!?」
「ま、間違いない……! どうしてお前まで……!?」
「どどど、どうしましょう!? えっ、警察!? 逮捕!?」
「斧て! そら捕まるわ! 詩織、知り合いなんか?」
縁側に座り、農機具の手入れをしていた詩織の祖父が、騒ぎを聞きつけてやってきた。
「おじいちゃん! どうしよう!! ブライさんの仲間の人が逮捕されちゃった!!」
「あーそうやな、あそこやったら県警の管轄やから、県警本部に連行されてるやろ。今すぐ言っても面会できるかわからんけど、とりあえず行ってきたらええんちゃうか?」
「県警!? 県警って市駅の近くの!?」
「せや。中入って右奥の方に留置所の窓口あるからそこで受付してもらうんやで」
「わ、わかった! えっなんでおじいちゃんそんなに詳しいの!?」
「まあいろいろあったんや……」
そう言うと祖父は窓の外に目を向け、どこか遠くを見つめ始めた。
「ブライさん! 県警まで行きましょう!」
「そこに行けばマシャドに会えるんだね!? 悪いけど案内をお願い!」
立ち上がり、玄関へと急ぐブライ。詩織は自らの部屋に駆け込むと、スマホからケーブルを引き抜き、部屋の隅に置いてあった小さなバッグへと突っ込み、紐を肩に掛けた。
「おじいちゃんごめん! 私たちちょっと行ってくるからこれ片付けといて!」
腕を組み、遠い記憶に思いを馳せたまま動かない祖父を尻目に、詩織は玄関へ向かった。
「あ、あの! ブライさん! 剣! 持ったままだとマズイので!」
「あ、そうか……。じゃあとりあえずこの辺に……」
「あっピッタリ……」
ブライは傘立ての中に、鞘に納めたままの剣を突っ込んだ。
祖父母の家からバスで三十分。そこから電車に乗り換え、さらに三十分。二人は県警本部に到着した。勝手のわからないブライに代わり窓口へと向かった詩織だが、その足取りは重かった。
「あ、あの……」
蚊の泣くような声で、受付係の男に話しかける。
「はいはい、どうしました?」
「あっ、え、えっ……と、その……」
極度の人見知りにより口ごもる詩織だが、男は微笑んだまま待ち続ける。
「あっ、その、にゅ、ニュースで見た、んですけど、お、斧持って暴れてた人、って、い、いますか……?」
「お知り合いですか?」
「あっ、えと、はい、そ、うです……」
「わかりました、ちょっと待っててくださいね」
「あっ、はい、お、ねがいします……」
受付の男は後方の扉を開け、中へ入っていった。詩織はその場にしゃがみ込む。
「はあぁー……。人と話すのって何でこんなに疲れるんだろ……」
「お待たせしましたー」
「ひゃいっ!」
飛び上がるように立ち上がる詩織。
「面会の件なんですけど、申し訳ないけど接見禁止になってますね」
「あ、はい。……え? な、なんですか?」
「面会できないんですよ」
「どど、どういうことですか!?」
「何かあったの?」
心配したブライが、様子を見にやって来た。
「そ、それが、マシャドさんとは会えないみたいで――」
「な……!? ど、どういうこと!?」
「お連れの方ですか? 申し訳ないんですけど弁護士さん以外接見禁止になってまして、面会できないんですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はあいつの仲間なんです! どうしてダメなんですか!?」
「すいませんけど、規則なんでね」
「そ、そんなぁ……。な、なんとかならないんですか……?」
「なんとかって言われてもねぇ……」
受付で揉めていると、廊下の奥から二人の男女が歩いてきた。
「六つ目があるってことなんじゃないっスか?」
「だとしたらまた探し出さなきゃなんねえな……めんどくせぇ……」
前を歩く白髪交じりの男は、小太りで背が低く、皺だらけのワイシャツを着て顎の無精髭をさすっていた。もう一人の茶髪の女は対象的に、長身で痩せ型、皺一つない綺麗なブラウスを着て襟足を指でいじっていた。
「……なんか揉めてるみたいっスよー」
「ああ? 知らん知らん、管轄外だ」
そのまま通り過ぎようとしていた二人に、受付の男が気付く。
「……あ、松島さん! ちょっといいですか! ……少々お待ちくださいね」
男は受付から出て、二人に小声でなにかを伝えた。
「ガッツリ管轄内じゃないっスかー」
「うるせえぞ。……あーわかった。こっちで預かる。お二人さん、面会したいんだって?」
松島と呼ばれた男は、受付の男を下がらせ、詩織たちに体を向ける。
「あっ、え、えっと、そう、です……」
「そうです。なんとかなりませんか」
「じゃあ、ちょっとついて来てもらっていいかな」
「あっ、はい……」
ブライは黙って頷き、松島の後ろに付く。詩織はその後ろをおどおどしながらついて行った。
「どうぞ、こちらへ」
二人が案内されたのは取調室だった。鉄格子がはめられた小さな窓と、中央に配置された金属製の簡素な机。それを挟むように、パイプ椅子が二つ置かれていた。
「浜崎、隣から椅子かっぱらってこい。あと、茶」
「両方同時は無理っスよー」
椅子を横並びになるよう移動させた後、松島は浜崎と呼ばれた女の尻を蹴る。
「うるせえさっさと行け」
「あいてっ! パワハラっスよ!」
浜崎は尻をさすりながら部屋を出た。
「狭いところですいませんね。ささ、座ってください」
二人を座らせ、机を挟んだ向こう側に立つ松島。
「えーとりあえず、お名前聞かせていただけますか」
「ブライです」
「あっ、えと、間中詩織、です……」
「ブライさんに、間中さんね。よろしくお願いします」
軽く会釈をする松島。ブライは真剣な表情で彼を見つめている。詩織は隣でペコペコと、何度も頭を下げていた。
「それで、間中さんは学生さん? 今日は休みだったかな?」
「あっ、はい、高校生、です……。えと――」
「今は夏休みっスよー? 椅子持ってきたっスー」
「ああ、もうそんな時期か……」
浜崎は松島に、畳まれたままのパイプ椅子を二つ手渡し、また部屋を出る。
「そんじゃ、すいませんが、ご用件をお聞かせ願えますか?」
「マシャドという男がここにいるはずです。彼に会わせていただけませんか」
「……なるほど、マシャドってんだね、あの人」
松島はパイプ椅子を二つ並べ、片方に腰掛けた。
「とある事情で、今は面会不可になってます。……が、まあ、会えますよ」
「本当ですか!?」
「えっ! で、でも、さっき受付では……」
「ま、いろいろ事情があるんですよ」
「お茶っスー」
木製の御盆の上に、重ねた紙コップと緑茶のペットボトルを乗せ、浜崎は取調室へと戻ってきた。
「……っと。浜崎、扉閉めろ。鍵もな」
「了解っス」
ガチャリ、無機質な音が室内に響く。途端に場の雰囲気が変わり、空気が張り詰める。
「さてと……。ブライさん、あなたに一つ質問があります。単刀直入に聞きますが……」
松島は机に身を乗り出し、ブライに顔を近付ける。そして、にやりと笑った。
「……あんた、この世界の人間じゃないね?」
「な!?」
「え!?」
驚きのあまり、ブライは椅子をひっくり返すほど勢いよく立ち上がる。詩織は言葉を失い、呆然としている。
「ど、どうしてそれを!?」
「それにマシャドさん、だっけ? あの人もそうだ。間中さんは……」
「あっ、えと、わ、私は違い、ます……」
松島はワイシャツの胸ポケットに手を入れながら、話を続ける。
「とりあえず先に、ちゃんとした自己紹介をさせてもらおうかな。これ、おじさんの名刺」
「お茶、飲んでください。それから、ウチの名刺も渡しておくっス」
紙コップとともに手渡された二人の名刺には、『警視庁公安部』と印字されていた。
「公安警察って言ってね。基本的には日本の平和を守るために、海外のテロ組織や国内の過激派組織なんかを捜査して、犯罪を未然に防いだりしてんだけどね。そこに異界対策室ってのがあって、おじさんがそこの室長」
パイプ椅子にもたれかかり、緑茶をすする松島。倒れた椅子を元へ戻し、座り直すブライ。詩織は貰った名刺を、まじまじと眺めていた。
「んで、その異界対策室ってのは、なんかの拍子にこっちの世界へ迷い込んじゃった人や、化け物なんかに対応するための部署なわけ」
「ば、化け物……?」
「ゲームで見たことないっスか? ゴブリンとかスライムとか。そういうやつらもたまーにこっちに来ちゃうことがあるんスよ」
「そそ、それって、も、モンスターじゃないですか!?」
「魔物がこっちの世界にも……!?」
「呼び方がいっぱいあってややこしいや、おじさんたちは別の世界から来た人を『外異人』、化け物のことを『外異獣』と呼んでるんだけどね」
「あの、今までに現れた、がいじゅう……? はどうしてるんですか?」
「全部死んだッスよ」
「死んだ? 倒したということですか?」
「小せえやつらはね、銃器がありゃおじさんたちでもなんとか制圧できる。ただ、でっけえやつらはそうはいかねえなあ」
「数十年前にはドラゴンも出たらしいっス。体長が二メートルくらいで翼が生えてて、口から炎を吐いて、体が赤かったみたいっス」
「小型の種類ですね。どうやって討伐を?」
「どうやってもなにも、ほったらかしっス。下手に手出すと危険なんで」
「えっ? じ、じゃあ、今もどこかにドラゴンが……?」
「いや、これはどの外異獣にも共通していることなんだが、あいつらはこっちの世界に現れたとしても、数時間で跡形もなく消えちまうんだ」
「倒せば消滅するのが魔物の特徴です。誰かが倒したのでは?」
「そんなことはないと思うんだけどねぇ……。おじさんたちの方で外異獣を確認次第、監視を始めるんだが、どれだけ元気なやつもせいぜい一時間ほどでなぜかぐったりとし始める。そこから数十分立ったあと突然ボロボロと崩れて、いなくなっちまうんだ」
「できれば生きたまま捕まえて研究とかしたいんスけどねー。そういうわけで、ここ数十年は外異獣による人的被害ゼロっス」
「な、なるほど……。その、やっぱりそういう情報って、隠してる、んですよね……?」
「もちろん! 変に騒がれると何が起きるかわかんないっスからねー。外異人さんなり、外異獣なり、別世界の情報は基本的に報道もしちゃダメってことになってるっス。お二人が見たニュースも全国ネットでは絶対に流れないし、なんなら局内ではすでに無かったことになってるはずっス」
「ただねえ最近、SNS? あれのせいでいつかバレるんじゃないかとヒヤヒヤもんでね……。今回の件も、ニュースで流れてた映像が視聴者提供だったんで、慌てて撮影者さんがネットに上げたりしないよう、口止めさせたんだよ。間中さんも今日のこと、家族やお友達に話したらダメだよ?」
「あっはい……。大丈夫、です……。話す友達がいないので……」
突如訪れた沈黙。気まずい空気を破ったのはブライだった。
「それで、どうして僕とマシャドが、がいじん……だとわかったんです?」
「……ああ。そう、その話しないと」
言いながら、松島は緑茶をすすった。
「いやね、実際のところ、まだこっちも半信半疑なわけ。マシャドさんの件で通報があった時点ではまだ、刃物持って暴れてる頭のおかしな人って可能性もあったわけだし」
「見た目からして外異人さんっぽかったんで、ここに連行されてくる前に我々にも連絡があったんスけど、まだちゃんとした話ができてなかったんで困ってたんスよ」
「そこに現れたのがブライさん、あんたってわけだ。この国では過去、十数人の外異人さんと接触してきたが、きちんと会話ができたのはあんたが初めてなんだ。これを気に我々も、この奇妙な現象を理解できるかもしれない。十中八九そうだろうとは思ってるんだが……。何かあんたたちが外異人さんだって、証明できるもんは無いかい?」
「証明……と言われても……」
「あ、あの剣とかはどうですか? すごい切れ味ですし、魔力もこもってるんですよね?」
「まりょく……って、もしかしてそっちでは魔法とか有ったりするんスか!?」
「ええ、僕は使えないので、見せることはできませんが……」
「驚いた、一応予測はされていたことだが、まさか本当に剣と魔法の世界だとは……」
キラキラと目を輝かせ興奮気味の浜崎に対し、松島は腕を組み、難しい顔をしたままだった。
「……んで、その剣は今どこに?」
「あっ、えと、危ないので私の家に……」
「なるほど、んじゃそいつを後で確認させてもらおうかな」
松島の問いかけに、ブライは黙って頷き返した。
「外異人……。別の世界……。ほ、ほんとにあったんだ……」
「そうだね。つまり、君の推理は当たってたってわけだ」
「ひゃわっ!? いいい、いやいやそんな、あの、ら、ラノベだとこうだよなーって思ったことそのまま言っただけでまさかほんとに異世界転移だなんて思ってもなかったっていうかそうだったら面白いなーって思っただけっていうか、えと、えと……!」
不意に褒められ、詩織は照れ隠しに早口でまくしたてた。
「ところで、マシャドは無事なんですか?」
「あー……えと、その件なんスけど……」
ワクワクとした様子から一転、ブライから目を逸らし、ばつが悪そうにこめかみをポリポリと指で掻きながら、浜崎は続ける。
「ここへ連行してる最中に倒れちゃったみたいで……」
「倒れた!? あのマシャドがですか!?」
またも驚いた様子で立ち上がるブライ。横にいた詩織がすかさず椅子を支え、倒れるのを阻止した。
「すぐに近くの病院へ運んだんだが、まだ意識が戻らないみたいだ。さっき詳しい話ができてないって言ったのは、そういう事情でね」
「そう、ですか……。まあ、あんな爆発に巻き込まれれば……。いや、あのマシャドが……? 殺しても死なないようなやつなのに……?」
片手で口元を覆い、信じられないと言った表情で黙り込むブライ。
「ま、マシャドさんって、そんなに丈夫な人なんですか?」
「うん。なにせあいつ『馬の乗り方がわからない』って言って、寝ずに二日間走り続けて王国までやってきたほどの体力バカなんだ。真っ直ぐというか単純というか……」
そこまで言ってふと、ブライは違和感を覚える。
「マシャドが一人でここへ……? 僕と同じく、爆発に巻き込まれたせいでこっちに来てしまったのであれば、位置的にルシエラも一緒なはず……」
魔王の自爆。その影響は、彼らにも及んでいたのではないか。ブライはそう考えた。
「……もしかしたら、もう一人の仲間もこちらに来ているかもしれません」
「もう一人っスか? 報告ではマシャドさん一人だけだったみたいっスけど……」
「ルシエラさん、ですね……」
「そう。ただ、マシャドと一緒ではないのが気になるんだ……。あいつが彼女を置いて、一人で行動するとは思えない……」
「手分けしてあんたのこと、探そうとしてんじゃないかい?」
「厄介な魔物に襲われるかもしれないリスクを考えると、それはないでしょう。慎重派なルシエラが別行動を選ぶとは思えない」
「け、怪我で動けないんじゃないでしょうか……?」
「……いや、それならそれで、マシャドなら担いででも連れて行くはず。動けない人間をその場に置き去りにするほうが危険だと、あいつも思うはず」
何度も頭を捻るが、納得できそうな答えが思いつかず、ブライは唸るしかなかった
「なんにせよルシエラが心配だ。すみませんが、話の続きはあとにしてもらえませんか」
「そういうことであれば」
言いながら、松島が立ち上がる。
「お急ぎでしょう、現場まで送らせますよ。浜崎、車回してこい」
「了解っスー」
駆け足で取調室をあとにする浜崎。
「マシャドさんに何かあれば、あいつに連絡しますので。それから、ちょっとお願いがあるんですけどね。我々としてもあなた方、外異人さんたちについて監視、調査する必要があるんですよ。申し訳ないけど、これからはうちの人間が付いて回ることを許してもらえませんかね?」
「僕は構いませんが……シオリは?」
「へっ? あっ、だ、大丈夫、です……」
「すみませんねえ、これも仕事なんで。それじゃあ、これからよろしくお願いしますよ」
取調室の扉を開け、外へ誘導する松島。二人はそれに続き、出口へと向かった。
県警本部から三十分ほど車を走らせ、マシャドが逮捕された現場へとやってきた。
「お二人とも、着いたっスよー」
七人乗りのワゴン車、二列目に座るブライと詩織に対して、運転席から声をかける浜崎。
「は、浜崎さん、運転、上手いんですね……」
「むぅ……タメ口でいいって言ったのに」
「す、すみません……慣れてなくて……」
車のドアを開け外に出る。車内のエアコンによって適温に保たれていた肉体へと襲いかかってきたのは、火傷しそうなほどの熱を持った、肌を突き刺すような日差し。そして、頬を撫でるそよ風さえ熱風となるほどに熱せられた大気。過分に湿気を含んだそれは体にまとわりつくと同時に肌をじっとりと湿らせ、強烈な不快感となって三人の体を包んだ。
「あっつ……。天気予報じゃ、今年は冷夏って言ってたはずなんスけどねぇ……」
ブラウスの胸元を掴み、パタパタと風を送る浜崎。
「そ、それ、毎年言ってますよね……。ブライさんは暑いの、大丈夫ですか……?」
「大丈夫な方だと思ってたけど、暑すぎない? 山の中はあんなに涼しかったのに……」
「あ、あはは、ですよね……。山と比べると、木の陰とかないから特に……」
額を流れ落ちる汗を手の甲で拭い、顔をしかめるブライ。
「山の中……。そういえば、バタバタしててお二人が出会ったときのこと、聞きそびれてたっス」
「あっ、そう、ですね」
「僕が倒れてるところを、シオリが見つけて介抱してくれたんだ」
「わぁ、簡潔。もうちょっと詳しく……」
「あっ、えと、事情があって今、お母さんの実家の方に泊まってるんですけど……。朝、犬の散歩をしてたら、山の中でブライさんが倒れてて……。慌てておじいちゃんを呼んで、家に運んでもらって、それで……」
「……と、いうことは、詩織ちゃんのおじいちゃんも、ブライさんとはすでに接触済みってことっスね?」
「あっ、そ、そうです、えと、おばあちゃんも……」
「あー、そうすか……」
「あっ、えと、マズイ……ですよね……?」
腕を組み、難しい顔の浜崎。
「んー、まあ、過ぎたことっスから。一応お二人には、今回のことは秘密にするように言っといてもらえるっスか?」
「あっ、はい、わかりました」
「んじゃ、大丈夫っス! さ、行くっすよ」
住宅街の端にポツンと設置されていた、遊具のない小さな公園。マシャドが逮捕されたのはそこだった。車から離れ、三人は公園内へと足を踏み入れた。
「女の人……は居ないですね」
「子どもたちだけみたいっスねー。てか、こんな猛暑の中よく外で遊べるっスね……子供はすごいっス」
ブライはキョロキョロと、辺りを見回している。
「まずは聞き込みっスね。ルシエラさんの服装とか、教えてもらえるっスか?」
「服装か……彼女は青いローブを着ていて、先が金色の杖を使っていて、あとは……そう、髪の色が緑だね」
「緑!? そりゃまたファンタジーっスねー。んじゃ早速……」
そう言って浜崎は、公園内でボールを蹴って遊んでいた子供たちに声をかける。
「おーい、君たちー! この辺で、緑色の髪の毛の女の人見なかったっスか?」
「みどりー? そんなへんな色の人見てないよ」
一人の少年が答えた。
「そっスかー。ちなみに、今日ここでなにがあったか知ってるっスか?」
「知ってる! なんかへんなおっさんがあばれてたんでしょ!」
「お、おっさん……。あいつはまだ二十代なんだけど……」
「そうそうそれそれ! お姉さんたち、そのおっさんについて調べてるんスけど、誰か詳しそうな大人の人知らないっスか?」
「みっちゃんのママが見たって言ってたよ!」
「みっちゃん?」
「この子ー!」
少年たちに連れられ、ひときわ幼い男の子が前に出てくる。浜崎はその場にしゃがみ、彼の目線に合わせて話し始めた。
「君がみっちゃんっスか?」
男の子はコクコクと頷く。
「みっちゃんのお母さんは、今どこにいるか分かるっスか?」
彼は少し考えた後、振り向いて住宅街の方を指さした。
「うーん? お家っスか?」
「ちがうよー! みっちゃんのママはスーパーではたらいてるから!」
「なるほど、あっちにスーパーがあるんスね、了解! みんなありがとっス!」
そう言うと浜崎は立ち上がり、背筋をピンと伸ばし敬礼をした。子どもたちは喜び、すかさず真似をしだした。
「わぁ……。浜崎さん、子供の相手も上手いんですね……」
「……んー、ほんとは帽子被ってるときにやるもんなんスけど、喜んでもらえたみたいでよかったっス。さ、行くっスよー」
浜崎は車へ向かって、颯爽と歩き出した。
「しまった! みっちゃんのお母さんの名前、聞き忘れてたっス!」
スーパーの駐車場に車を止め、店内へと足を踏み入れた瞬間、浜崎が叫んだ。
「そ、そういえば……」
「ウチとしたことが……。面目ないっス……」
ガックリと肩を落とし、うなだれる浜崎。慰め方が分からず、あたふたとした様子の詩織。その時、近くの生鮮コーナーで品出しをしていた店員が、声をかけてきた。
「あの、うちの息子もみっちゃんって呼ばれてるんですが、もしかして私でしょうか……?」
「おわっ! マジっスか!? すみません、今朝の不審者の件で少し話を聞かせていただきたいんスけど……」
「あ、ああ、あの斧の人……ですか?」
「それっス! あーっと、ウチ、こういうもんっス」
そう言って浜崎は、ズボンの左前ポケットから警察手帳を取り出し、店員に見せた。
「け、警察の人ですか!? いい、ですけど、仕事中なので店長に確認しないと……」
「そうっスね。今、店長さんはどこに?」
「ば、バックヤードにいると思います、こっちです」
店員の後に続き、三人は歩き出す。
「は、浜崎さん……。その、け、警察手帳、本物……ですか?」
小声で詩織が問いかける。
「……ああ! こっちはまだ見せてなかったっスね。もちろん、本物っスよ」
「す、すごい……! 本物、初めて見ました……!」
「まあ、見る機会が無いに越したことはないっスからねー」
バックヤードへ続く扉を抜けたところで、店員が奥の男に声をかける。
「あ、店長! なんか、警察の人が――」
「け、警察!? なんで!?」
男は驚き、持っていたバインダーを床に落としてしまった。慌てて拾い直した彼に、浜崎が問いかける。
「お忙しいところすみません、今朝の不審者の件で、こちらの方にお話を聞かせていただきたいんスけど……」
「あ、ああ、あれか……びっくりした……。いいですよ、奥に事務所があるんで、そこ使ってもらっても」
「ありがとうございます、では遠慮なく使わせていただくっス」
「あー、あの動画の方っスか!」
「そ、そうです。サイレンの音が近くで止まったので、気になって外に出たんです。そしたら向こうの公園の中で、変な格好をした人が斧を振り回してるのが見えて……。恥ずかしい話、野次馬根性と言いますか、思わず撮影を……」
事務机を挟んで対面する店員と浜崎。隣には詩織とブライも座っている。
「後でお伺いさせていただこうと思ってたんで、手間が省けたっス。それで、その後は?」
「それが、その人が突然倒れちゃったので、警察の人たちがそのままパトカーに乗せて、走っていきました」
「動画もそれで終わってたっスね」
「はい。私も仕事の用意をしなきゃと思って、すぐに家の中へ……」
「なるほど。……ちなみに、その人の他には誰もいなかったっスか?」
「他……ですか? いえ、いなかったと思いますけど……」
「そっスか……。わかりました、ご協力ありがとうございます。……あっ、動画はもう消していただけました?」
「は、はい。さっき電話で警察の方が……」
「であればオッケーっス。お時間いただきありがとうございました。お仕事の方、戻ってもらっても大丈夫っス」
「あっはい、それじゃあ、失礼します……」
店員は立ち上がり、事務所から退出した。
「……進展なし、っスね」
腕を組み、背もたれにもたれかかる浜崎。
「通報を受けて警官が急行したところ、あの公園でマシャドさんを発見したみたいなんスよね。もしルシエラさんがいるとしたらあの周辺のはずなんスけど……」
「け、警察が来たから逃げた、とか……?」
「ふむふむ。となるとマシャドさんは、ルシエラさんを逃がすため、時間稼ぎのためにあの場で戦った……って感じっスかね?」
「あいつならそうすると思うよ」
腕を組んだまま頷き、ブライはそう断言する。
「だとしたら、逃げるルシエラさんをみっちゃんママさんが見ててもおかしくはないんスけどねぇ、記録にもそんな報告はなかったし……」
「……えと、パトカーのサイレンの音を聞いて、何かが近付いてくると思って、先に逃げた……っていうのはどうでしょう……? ブライさんの世界にはパトカー、というか車とかって無い、ですよね……?」
「無いね。移動は基本、徒歩か馬だよ。サイレンの音も、確かにあれが聞こえてくれば危険と思うだろうし」
「なるほど。であれば警官到着以前にどこかへ逃げた可能性がある……と。そうなってくると、探すのは難しくなってくるっスねぇ……。どこへ逃げたか、ほぼノーヒントになるわけっスから。うーん……」
うなりながら机に倒れ込む浜崎。重苦しい空気が漂っていた。
「……こうなったら、みんなで手分けして探すしかないっスね! 捜査は足で稼げってやつっスよ!」
両手で膝を叩き、立ち上がる浜崎。
「そう、ですね……! マシャドさんみたいに、どこかで倒れちゃってたらと思うと、心配ですし……!」
詩織も立ち上がり、事務所から出ようとする浜崎の後へ続く。
「ルシエラ……。どうか無事でいてくれ……」
そう呟くとブライもまた立ち上がり、詩織の後に続き事務所の扉を閉めた。
三人は事務所を借りたお礼を、バックヤードで作業していた店長に告げ、売り場に戻ってきた。
「そういえば、さっきの店長さん、警察って聞いて、めちゃくちゃビビってたっスよね?」
ヒソヒソと、詩織に声をかける浜崎。
「そう、でしたね……。何か落としちゃってましたし……」
「あれは何かやましいことがある人間の驚き方っスよ……! このスーパー、実は裏で悪事に手を染めてるとか……!」
冗談めかして笑う浜崎。詩織もつられて笑顔になる。
「どうしたんスか? ブライさん。さっきから元気ないっスよー?」
少し後ろを歩いていた、一人黙ったままのブライに浜崎が問いかけた。
「ああ、いや、ごめん。さっきからいろいろと、ハマサキにやってもらってばっかりで悪いなって……」
「いーんスよ、べつに」
ひらひらと片手を振り、彼女は軽く言い放つ。
「気持ちはわかるっス。でも、そもそもウチはこれが仕事なんスから、気にしないでほしいっスよ!」
「……ありがとう、助かるよ。……それから、シオリにも」
「……えっ!? わ、私もですか!?」
二人のやり取りを詩織はニコニコと眺めていたが、突然名前を出され驚きの声を上げた。
「朝からあちこちへ連れ回しちゃってるからさ、申し訳ないなって……」
「だ、大丈夫です! 私が勝手について来てるだけですから……。だから、えと、そ、そんな顔、しないで、ほしいです……!」
ブライが浮かない顔をしていることに、詩織は気付きつつも声をかける勇気が出せず困っていた。その原因の一端が自分にあるとわかり、なんとか解消したいという気持ちで、彼女は必死に言葉を絞り出した。
「……そっか。はは、そうだね。ありがとう。……よし! 悪いけど二人とも、もう少しだけ、手伝ってくれる?」
「は、はい!」
「もちろんっスよー」




