第九章
居間の座椅子に背中を預け、足を伸ばしてくつろぎながら話すルシエラさん。浜崎さんはちゃぶ台に突っ伏し、顔だけを横に向けたまま彼女の話を聞いている。
「――で、結局三人とも泥まみれよ! ほんと、あのときはあたしもどうかしてたわ」
楽しそうに話す彼女を見ていると、ついつい私も笑顔になってしまう。男性陣が先に寝て、みんなお風呂も済ませて、そこからもう一時間もこうやって話し続けてる。初めての経験だけど、女子会ってこんな感じなんだ。
「それにしても、仲良いっスよね三人とも。軽口を叩き合ってるところも戦友って感じがして、なんか羨ましいっス」
「わかります! まさしく勇者とその仲間たち、って感じでいいですよね……!」
ゲーム、特にドラファンでもそうだったけど、死闘を一緒に乗り越えてきた間柄だからこそ到達できる領域っていうのがあるんだよね……。エモい……。
「そんないいもんでもないわよ……。マシャドは筋肉バカだしブライはお気楽だし、あたしがいないとあいつらなんにもできないんだから……」
あーだこーだと不満を垂れるルシエラさん。彼女は知らない。その愚痴すら私にとっては、エモを加速させる燃料にしかならないということを。
「ブライに渡したネックレスも、防護の魔法を込めておいてあげたことに全く気付いてないし……ていうか、わざわざ詩織に借りなくてもあったわね、ネックレス……」
「あれってルシエラさんからの贈り物だったんスか?」
「そうよ。この髪飾りのお返しにね」
ヘアピンについた小さな星の飾りに、彼女はそっと指を触れた。
「そっちはブライさんからのプレゼントなんですね。誕生日のお祝いとかですか?」
「そうね、成人の祝いだったかしら。どこから聞きつけてきたのか……あいつが……いきなり……」
ルシエラさんが突然口ごもってしまった。よく見ると顔が真っ赤になっている。
「おやぁ? どうしたんスかぁ? そんなに真っ赤になっちゃってぇ」
「な、なんでもないわよ……! ただちょっと……思い出したというか……!」
「そんなにいい思い出なんスかぁ? こりゃぜひとも聞かせてもらわないと、気になって夜も眠れなくなってしまいますねぇ!」
浜崎さんが邪悪な笑みを浮かべながら、ルシエラさんに詰め寄っていく。思わず座椅子からはみ出してしまうほどのその圧力に、ルシエラさんは諦めたような表情で話し始めた。
「べつに……そんなに大した話じゃないわよ……」
――初めは、あの人に憧れてやってきたはずだったのに。突然現れたあいつは、いつの間にか私の心の中にまで勝手に上がり込んでいた――
魔法も使えないのに、どうやって魔物と戦うつもりなんだろう。隣町を訪れた王国騎士団を見ながら、私はそう思っていた。
六年前の彼女は団長になってからまだ日も浅く、緊張を隠し切れないといった様子で先頭に立っていた。森の奥で発見された虫型の魔物の群れ。本当にこんな人たちに討伐できるのかと気になった私は、こっそりその様子を観察することにした。
自ら開発した透明化の魔法に身を包み、息を潜めて後をつける。団員たちは皆、樹上からの奇襲に注意を払っていたため、馬の足元で多少景色が歪もうが気付く者はいなかった。
悠々と最前列まで辿り着いたころ、私は剣を構える彼女を見た。巣穴の前に一人立つその姿は、先ほどまでの初々しい姿とは全く別の、強者のそれだった。
巣穴から次々と飛び出てくる魔物たち。八本脚で地を這い、鋭い牙を剥き出し襲い来る奴らを、彼女は物ともしなかった。その場から一歩も動かず、たった一人で全てを切り伏せてしまったその美しい姿から、私は目を離せずにいた。それどころか彼女は、見えるはずもない私の方を向いて『隠れてないで出てきなよ』と言った。姿を現し歩き出した私に団員たちが驚き狼狽えるなか、彼女は私の頭を優しくポンポンと叩き『危ないから一緒に帰ろうか』と。
その日から私は必死に勉強した。あの人の隣に立ちたくて、でも剣を振るうのは嫌だったから。魔族からの魔法対策として騎士団に同行することが許されるのは、中央聖王国魔術研究院の中でも特に優秀な、選ばれし魔術師だけ。それでも私は自信があった。町のみんなに天才と持て囃されるずっと前から、私は自分の才能に気付いていたから。
それから三年と半年が経ち、迎えた魔術師認定試験では、私は首席合格者として壇上に立っていた。筆記、実技、模擬戦の全てで満点を取ったのは私が史上初らしい。もっとも、年齢制限のせいで受けることができていなかっただけで、もっと前に受験していても恐らく結果は同じだっただろう。そんな優秀な私を放っておくはずもなく、研究院からは即座に声がかかった。
研究院への入学が決まって、私はすぐに家を出た。両親はすごく心配していたけど、私がしっかりしてることを一番わかっている二人だったから、最後は笑って送り出してくれた。背中越しに手を振りつつ、大粒の涙を流しているのを気付かれないように、私は一人旅立った。
下宿先に荷物を下ろしたあと、真っ先に向かったのは騎士団の隊舎だった。立派になった自分をあの人に見せたくて『よく頑張ったね』と、あの人に褒めてもらいたくて。新兵の指導に使われる屋内訓練場、その扉を開ける私の手は、緊張と期待でひどく震えていた。
「し、失礼します……!」
「――っと。あれ? 見ない顔だね」
居た、アレットさんだ。怪我でもしたのだろうか、左目に黒い眼帯を付けている。それでも、あの日と変わらない美しい立ち姿で、彼女はそこに立っていた。
「く、訓練中のところすみません! あの……私のこと、覚えてますか……?」
三年前、たった一日会っただけの少女のことなんか覚えてるわけない。覚えてたとしても、髪も背も伸びたこの姿じゃわかるわけない。それでも、期待せずにはいられなかった。
「え!? 会ったことあるの!? ……ちょ、ちょっと待ってね、今思い出すから……!」
慌てふためく彼女を見て、私は少し、ほんのちょっぴりだけガッカリして、すぐに立ち直った。
「あっ、いいんです! 一回会っただけですし、覚えてるほうが――」
「……ああ、そうだ、思い出した。森で会った透明な子だ。そうだよね?」
その瞬間、喜びが私の体の中を、まるで電流のように駆け巡っていくのを感じた。
「団長として初めての遠征だったから、よく覚えてるよ。三年ぶりかな? おっきくなったね」
「わっ……わぁ……!」
あまりの嬉しさに語彙力を失ってしまった。何とか平静を取り戻そうと、大きく深呼吸をした。
「あ、ありがとうございます……! まさか覚えててくれてたなんて……! わ、私、アレットさんと一緒に戦いたくて、この三年間ずっと勉強してて、やっと魔術研究院に入れて、それで……!」
伝えたいことはたくさんあるのに。上手く言葉にできないもどかしさで、どうしても焦ってしまう。
「研究院に!? キミが!? ……そりゃすごい、よく頑張ったね」
……ああ、よかった。今まで頑張ってきて、本当に良かった。彼女から笑顔とともに送られた、そのたった一言で全てが報われてしまった。ハッキリ言って、もう悔いはない。
「でも、ごめんね。一緒に戦うってのは、できるかどうかわかんないや」
半分上の空だった私に、彼女は申し訳なさそうにそう言った。
「……えっ? ど、どうしてですか……?」
「いろいろあってね、団長辞めちゃったんだ。今はこうやって剣術の指南役をやらせてもらってるんだけど、戦場に立つつもりはもう無いかな……」
あまりの衝撃に、膝から崩れ落ちそうだった。さっきまであんなに明るく、色鮮やかに見えていた世界が、急速に色を失っていく。全身の力が抜け、魂さえも抜けていくような感覚を味わいながら、ただぼーっと立ち尽くしていた。
「はぇー……そうなんですねぇー……」
「あーっと、大丈夫……?」
彼女は心配そうに私の顔を覗き込み、目の前で手を振って意識の確認をしようとするが、反応する気力もないほどに私は茫然自失としていた。
「も、もちろん、私の力が必要なほど大規模な作戦なら、喜んで参加するつもりだよ? ただ、今の子たちは結構強いし、なんなら……ほら、そこにぶっ倒れてる少年! 本気の彼は私よりも強いよ?」
慌てて、彼女は一人の少年を指差した。が、彼はぜいぜいと激しい息遣いで、訓練場の床にへたり込んだまま動かない。
「ブライ! 立って! ちょっとだけでいいから! これで終わりにしてあげるから!」
ブライと呼ばれた少年は横目で彼女を睨み付けたあと、歯を食いしばりながら立ち上がった。
「五秒だけ! 五秒だけでいいから演武して! ……さ、見てて」
そして彼は大きく息を吸い込み、力強く剣を振るい始めた。
「――えっ……」
今日一番の驚きが、私を包み込んだ。その剣筋が、足運びが、立ち姿が、あの日の彼女とそっくりだったから。
「……どう? すごいでしょ。彼ならきっと私の代わりに、キミの隣に立つにふさわしい騎士になれると思うんだけど……」
演武を終え、彼はまた倒れ込んだ。彼女は満足気な表情で、私の様子をうかがっている。
「……ぜ、全然ダメです! アレットさんはもっとすごくて、かっこよくて、えと……その……! と、とにかく! 私は認めませんから!」
「あっちょっと!」
「げほっ! はぁ……! あんまりだぁ……」
吐き捨てるようにそう言って、私は急いで訓練場を飛び出した。見惚れてしまっていた自分が許せなくて。胸の高鳴りを認めたくなくて。赤くなった顔を、誰にも見られたくなくて。
夢を一つ失ったが、やることは変わらなかった。もともと魔法は大好きだったし、たくさんの文献や論文に囲まれて過ごす日々は意外と楽しく、寝食を忘れるほどのめり込んでいった。憧れの人はすぐ近くにいて、会いに行けばいつも私を可愛がってくれた。いつも横にいるあいつがちょっと邪魔だったけど……。そんな忙しない、けれども充実した毎日を送っていた。
それでも、真夜中の研究室や下宿先で一人になると、途端に寂しさに襲われ動けなくなることが多かった。家に帰りたい、つい口をついて出るそんな弱音を、ただ必死に噛み潰していた。
騎士団との伝達役に任命されてから、もう十度目の団長室。手元の資料を眺めながら、ほぼ無意識のままに内容を読み上げていた。
「――ということだから、目を通しておいて。……ふぁ……」
「眠そうだね、昨日も徹夜?」
「さ、さすがに昨日は寝たわよ。二日連続で徹夜なんて笑えないし」
彼の前では気を抜いてしまっている自分を少し恥じつつ、資料で顔を隠しながら答えた。
「そっか、よかった。無理しないでね」
「……とにかく、伝達は以上だから」
「了解。いつもありがとう、ルシエラ」
いつも、彼はこうやって笑顔で礼を言う。
「べつに、仕事だからやってるだけよ。お礼なんて……」
「それでも、いつもこうやってわざわざ来てくれてるんだから、お礼ぐらい言わせてよ。……っと、そうだ」
彼は懐から何かを取り出し、こちらに向かってこぶしを突き出した。
「手、出して」
言われるがまま手を差し出すと、私の手のひらの上に何かが落とされた。
「これ、キミに贈りたくて」
「……なに? これ……」
私の手のひらの上にあったのは、先端に星の飾りが付いた、小さな髪留め。
「『星の旅人』……って書いてあったかな。市場で見つけて、キミに似合うかなって……」
私が手を傾けるたび、小さな星の飾りが、まるで瞬くようにキラキラと照明の光を反射させている。
「その……この前からずっと前髪を気にしてたから……。それに、もうすぐ十六になる……んだよね? それで、お祝いにと思って……」
思わず、髪留めを手で握り込み、顔を伏せた。
「ご、ごめん! 突然こんなの渡されても困っちゃうよね! その……いらなかったら捨てちゃっても――」
「なんで……」
「えっ……?」
震えそうになる声を必死で抑えながら、私は口を開いた。
「あたしはいつも、あんたに冷たく当たってばっかりなのに……あんたはどうしてそんなに……」
「……同じなんだ、僕と」
泣き顔を見られたくなくて。顔を伏せたまま、黙って彼の言葉に耳を傾ける。
「親元を離れて、たった一人でこの国にやってきたキミは、今も寝る間を惜しんで努力し続けてる。そのつらさや寂しさ、心細さを考えると、どうにも他人事には思えないんだ。僕にも以前、そういう時期があったから……自分と一緒だって、そう思っちゃってさ。……その、ごめん。キミの気持ちを、勝手に理解したつもりになってたんだ。……迷惑だよね……」
ひどく寂しそうに、そう言った。そこで私はようやく気付いた。彼はきっと、人の痛みがわかる人なんだと。どこまでも、優しい人なんだと。
「……そんなこと、ない……」
小さく呟き、俯いたまま大きく深呼吸をする。手の中の髪留めをつまんで、伸びっぱなしになっていた前髪をかき分け留めた。そして精一杯の笑顔を作って、顔を上げた。
「まったく、勝手なんだから。あたしは別に、心細いだなんて思ってないわよ」
泣かされたお返しに、すこしだけ強がってやった。呆然とした表情の彼を尻目に、扉の方へ向かった。
「……でもまあ、せっかくだからこれは貰っといてあげるわ。……ありがと」
そう言い残し、扉を開けて逃げるように部屋をあとにした。
「似合ってるよ!」
扉の向こうから聞こえてきた声に若干腹立たしさを感じながらも、私はどこか晴れやかな気持ちだった。
「……ほんと、勝手な人。こっちの気も知らないで……」
小さな声でそう呟くと、髪留めにそっと指を触れた。
――その日から、私の憧れの人は二人になった。でもやることは変わらない。憧れの人の隣に立って戦う。それが私の夢だから――
「……んぁー!! 余計なことまで言った気がする! 今の無し! 忘れなさい!!」
ルシエラさんは突然取り乱し、叫びながら暴れまわる。
「いやぁ……思ったよりストレートな素敵エピソードで、ちょっとびっくりっス」
「なによその顔! 笑うなら笑いなさいよ!!」
「笑いどころなんて無かったじゃないっスかぁー」
そして彼女は浜崎さんの肩を掴んで、前後に激しく揺さぶり始めた。相当恥ずかしかったらしい。
「あーもう……最悪……。記憶消す魔法作っとくんだったわ……」
「そんならこっちは録音しておくだけっスけどね」
畳の上にうなだれながら、煽る浜崎さんを睨んでる。
「……なんか疲れたわ、先に寝るわね」
大きく息を吐いたあと、ルシエラさんは立ち上がった。そして背中越しに手を振りながら、部屋の方へと歩いていった。
「おやすみっスー」
「おやすみなさーい」
静まり返った部屋の中で、浜崎さんはなぜか私の方をちらちらと確認している。
「……詩織ちゃん、その――」
「素敵なお話でしたね。私、ちょっとトイレに行ってきますので、浜崎さんは先に部屋に戻ってもらっても大丈夫ですよ」
そう言って立ち上がり、引き戸を開けて廊下に出た。居間から漏れる光で、洗面台の鏡に私の顔がうっすらと映っている。逆光のせいかひどい顔だ、自分でも笑えるくらい。足音が一つ遠ざかっていくのを聞いてから、私はゆっくりとサンダルを履いて、静かに家を出た。
玄関を出てすぐ左には納屋がある。畑の道具やなにやらが入ってるらしい。右手にはペチの小屋。暗くてよく見えないけど、動いてないところを見ると寝てるのかな。まっすぐ進むと畑がある。夕方、ブライさんとマシャドさんがおじいちゃんに捕まって手伝いをさせられていた。お世話になったお礼だからと笑ってたけど、結構な重労働だったと思う。
月明りに照らされた道を、ぼーっと景色を眺めながら、ほんのすこしだけ歩いた。薄手のパジャマだと肌寒く感じるくらい、外はひんやりとしている。ペチの散歩道へと向かう道のすぐそば、小さな川にかかる小さな石の橋で立ち止まり、水面を覗いてみた。大きな満月が浮かぶその周りに、いくつもの小さな星がきらめいている。その場にしゃがみ込んで、そっと目を閉じた。
本当はわかってたんだ。ルシエラさんが彼に向ける視線、表情、態度。その全てに、特別な想いが込められていたこと。わかってたんだ、ブライさんが彼女に向ける優しさは、他の誰とも違ってるってこと。わかってたんだ、それでも自分が、彼に惹かれてしまっていること。全部わかってた。わかってたくせに。
心の底から嬉しそうに話す彼女を見て、逃げ出したくなっている自分を憎んだ。これ以上聞かせないで、なんて思ってる自分が嫌だった。彼女にあんな話を振った浜崎さんが悪いんだと、責任を押し付けて矛先を向けようとしてる自分が許せなかった。二人は少しも悪くないのに、悪者にしようとしてる自分に気付いて、どうしようもなくなった。
ゆっくり目を開けると、雨の日みたいに水面が跳ねてた。どれだけ我慢しても、雨はおさまらなかった。
「そんなとこ座ってると、蚊に刺されちゃうっスよ」
浜崎さんの声がする。やっぱり気付いてたんだ。
「横、失礼するっス」
私の隣、川の上に足を放り出して、浜崎さんは座った。
「綺麗な川っスね、蛍とか飛んでそうで」
昔はこの辺でも飛んでたみたいですよ。
「ちょっと肌寒いっスね、真夏とは思えないくらい」
標高が他よりちょっと高いだけなんですけどね、不思議です。
「空気が澄んでて美味しいって言いますけど、何の味もしないと思うんスよねぇ」
あはは、同じこと思ってました。
「……落ち着いたっスか?」
「ひぐっ……! すみません……! ふぅっ……!」
袖で涙を拭きながら、ようやくちゃんと返事ができた。
「いいんスよ。ぜーんぶ出し切るまで、ウチが隣で待ってるっスから」
「……ごめんなさい、ウチが余計なこと言って焚きつけたせいで……」
「いやいや、思い出させたのは私なんですから、私の自業自得です」
川の上、二人並んで橋に腰かけ、真下に映った星空を眺める。
「じ、自業自得なんて――」
「それに、そんな言い方したら、ルシエラさんが悪者みたいになっちゃいます」
私の言葉に、浜崎さんは思わず息をのんだ。
「私はルシエラさんも大好きなんです。綺麗で頭が良くて、それなのにたまに子供っぽくふざけてみたり……いろんな表情を見せてくれる、とっても素敵な人」
上を向いて、本物の星空を眺めた。
「だからこそ、ブライさんにピッタリだなって、そう思ったんです。二人が楽しそうに笑ってるところが、すんなり頭の中に浮かぶんです」
夜空に浮かぶ大きな満月と、それを彩るように一面に散りばめられた星たち。その中でも一際大きく輝く星が、まるで寄り添うかのように月の隣で輝いていた。
「ていうか、明後日にはもうお別れじゃないですか。いなくなる人に恋してたって、なんの意味もないと思うんですよね」
「……あはは。なんか、思ったより吹っ切れてるみたいっスね……」
座ったまま、腕を上に突き出して大きく伸びをする。少しだけ体が軽くなった気がした。
「うーん……いろんな励まし方考えてたんスけどね……ウチが大学生のころの失恋の話とか……」
「ちょっと、気になるワード出さないでくださいよ。眠れなくなっちゃうじゃないですか」
「男性陣のいないところでなら、いつでも聞かせてあげるっス」
そして二人とも同じタイミングで立ち上がり、お尻に付いた砂を払った。
「……たとえ別れるにせよ、気持ちを伝えておくってのは大切なことだと思うんスよ。自分の気持ちにケジメをつけるためにも。少なくともウチは、そんな想いを抱え込んだままお別れなんてできないっス。詩織ちゃんは……どうなんスか?」
先に歩き出した私の背中に、彼女の言葉が突き刺さった。
「……ひどいなぁ、浜崎さんは。……それって、パワハラっすよ!」
振り返り、私はそう言ってやった。
「あっ! このぉー!」
彼女から駆け足で逃げながら、私は自分の思いにそっと蓋をした。




