プロローグ
はじめまして、tMGと申します。
こちらの作品は過去、新人賞に応募した作品です。
せっかくなので公開させていただきます。
応募要項の文字数制限「15万文字以内」を見落としたまま書きはじめた結果、倍以上の文量となってしまっていました。
なんとか規定文字内に収めましたが、書きたいエピソードはこの2倍ほどはありました。
それでも内容としては良いものがかけたと思っておりますので、このまま公開とさせていただきます。
長々と失礼いたしました。それでは作品の方、ぜひ最後までお楽しみいただけますと幸いです。
よろしくお願い申し上げます。
絢爛豪華な装飾品で彩られていたはずの玉座の間は、激戦の影響で半壊していた。散乱した瓦礫は焼け焦げ、一部は赤熱化したままドロドロと溶け落ちていた。
「グオオオ!!」
大気を揺さぶるほどの轟音。崩れ落ちた天井から差し込む陽の光が照らし出すのは、五、六メートルはあろうかという大きさの、二足歩行のドラゴン。鋭く尖った爪と牙は赤黒い血に塗れ、黒く分厚い鱗に覆われた体には無数の傷が刻まれていた。
「倒れろォ!」
瓦礫の影から一人の男が飛び出した。逆立った金髪に、真っ赤な鎧を身に着けた褐色の大男。石造りの床を踏み抜くほどの勢いで一気に距離を詰め、ドラゴンの足元へ踏み込んだ。手にした金色の戦斧が右膝へ振り下ろされると、刃が鱗を切り裂き鮮血が吹き出す。痛みによる咆哮を上げると同時に、ドラゴンは膝を突いた。
「『閃光よ』!」
青いローブを身に纏った女が、肩まで伸びた緑色の髪を靡かせ、手に持った金色の長杖を掲げると、杖の先端から直視できないほどの閃光が放たれた。顔を上げたドラゴンの眼の前で弾けたその光は、一瞬にして視界を白く塗りつぶした。
「今だ! 行け!」
「トドメを!」
声が響くと同時に、一人の男が走り出す。白金色の鎧を身に纏った黒髪の男。金色の剣を手に、ドラゴンの頭上へと高く跳び上がる。
「うおおお!!」
視界を奪われたドラゴンは、苦し紛れに声のする方へと紅蓮の炎を吐き出した。しかし男は怯むことなく剣を振るう。すると炎は真っ二つに切り裂かれた。落下の勢いをそのままに喉元へと剣を突き立てる。
「グアアア!!」
ドラゴンの喉笛が縦に大きく切り裂かれ、赤黒い血が勢いよく吹き出した。苦痛に咆哮を上げながら頭部を振り回す。男は剣を引き抜き飛び退いた。ドラゴンは天を仰ぎ、口から大量の血を吐き出したあと、そのまま床へと倒れ伏した。
「これで終わりだ、魔王」
横たわるドラゴンの眼前に剣の切っ先を突き付け、男は言い放つ。荒い呼吸を繰り返していたドラゴンの肉体を、ゆっくりと黒い煙のようなものが包み込んだ。
「貴様ら、人間なんぞに……!」
全身を覆っていた霧が晴れる。そこにドラゴンの姿はなく、変わりにボロボロの外套を身に着けた、白髪の老人が倒れていた。剣を鞘に戻し、男はふっと短く息を吐く。
「ブライ!」
青いローブの女が、ブライの元へと駆け寄ってくる。
「やったな!」
少し離れた所から、戦斧を肩に担いだ男が、ブライへ向けて拳を突き出している。
「ありがとう。ルシエラ、マシャド」
振り返り、飛び込んできたルシエラを抱きとめながら、ブライは言った。長きに亘り続いてきた魔族との争乱の歴史は、今ここに魔王の討伐を以て終わりを迎えようとしていた。
「まだ……だ……」
地に伏せたままの魔王が呻き声を上げる。それに気付いたブライが魔王へと目を向けた。
「貴様……だけでも……!」
そう言うと魔王は、瀕死の体を引きずりながら必死に手を伸ばし、ブライの足首を掴んだ。
「こいつ、まだ……!」
「大丈夫。任せて」
ブライはルシエラを胸から離し、剣に手をかけながら魔王へと向き直る。
「せめてこれ以上苦しまないよう、僕がトドメを刺そう」
そして引き抜いた剣を魔王に向け、その切っ先を首元へと押し当てた。
「……その必要は……ない……」
息も絶え絶えに、魔王が口を開いた。
「勇者よ……。魔族である我が肉体は……そのほぼ全てが魔素で構成されている……。この身体が朽ち果てるとき、制御を失った魔力はいったい……どうなると思う……?」
ブライの足を掴む魔王の手に突然、万力のような力が込もる。
「な、何をするつもりだ……!?」
不敵な笑みを浮かべる魔王に、ブライの背筋が凍りつく。岩をも溶かすほどの高温の炎を操り、自らの肉体をドラゴンへと変貌させるほどの、高度な魔法の使い手である魔王。その肉体が秘める魔力量は計り知れない。その魔力全てが一気に解放されるとするならば、その破壊力は想像を絶するものとなるだろう。
「クッ……! マシャド! ルシエラを頼む!!」
「えっ!? ――キャッ!!」
ブライは咄嗟に、ルシエラをマシャドの方へと突き飛ばす。
「フハハハハ……! 共に消えてもらうぞ、勇者よ!!」
魔王の肉体が、ボコボコと音を立てながら膨れ上がる。肉が裂け、その身の内側からは怪しげな赤い光が漏れ出している。
「ブライ!!」
「ダメ! 逃げて!!」
走り出そうとするルシエラを止めるため、彼女の前に立ちはだかるマシャド。ブライの方へと必死に手を伸ばすルシエラ。少しでも二人への被害を減らそうと、両手を広げて立つブライ。魔王の体が弾けたとき、その光景は全て赤い光に塗りつぶされた。
――音、熱、衝撃。真っ赤に染まった視界の中、亀裂のようなものが辺り一面に広がっていくのが見える。一瞬で周囲を覆い尽くしたそれは、爆心地である、魔王が居た場所から発生しているようだ。中心部では一部が欠け落ちたように穴が開いており、そこから真っ暗な闇が顔を覗かせている。ガラガラと、音を立てながら景色が崩れ始めた。体がそちらへ吸い込まれていく。闇の中へと落ちていくような、不思議な感覚に包まれていた――