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心根  作者: のみ
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根のざわめき

BLのつもりでも、悲恋のつもりでもないですが苦手な人のために一応タグをつけております。

 秋の終わり、キャンパスの落ち葉が足元でカサカサ鳴る。俺、宮良伸吾、油絵学科の二年生。アトリエで一通り作業を終え使い古したパレットと筆を置き、溜めていたゴミを手に大学の廃材置き場に向かってた。ゴミを捨ててしまえば、さっさと戻って絵の続きに取りかかれる。そう思ってただけなのに。

「ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」

 突然の声に顔を上げると、廃材の山の陰から男が現れた。背が高くて瘦せてて、ボサボサの髪に作業着の袖が破れてる。鋭い目つきが妙に印象的だった。手に大きな木片を持って、じっと俺を見てくる。誰だこいつ、って思った。

「これ、作品に使いたいんだけど。一人じゃ運べなくてさ。手伝ってくれない?」

 正直、面倒くさいって頭をよぎった。知らない奴だし、変な奴だし、早く自分の絵に戻りたかった。でも、「作品」って言葉に引っかかった。どんなもん作ってるんだろうって、ちょっと興味が湧いてきた。


「……どんな作品?」つい口に出ちゃった。


 男は一瞬驚いた顔して、それから小さく笑った。

「見せてもいいよ。ついでに運ぶの手伝ってくれれば」

 結局、渋々頷いて木片を受け取った。キャンパスの裏手にある倉庫みたいな場所に連れてかれて、埃っぽい空気の中、入った瞬間に目に入ったのは、妙な形の木の彫刻だった。

 うねるような木の塊。根っこが絡み合って、枝が天井に向かって伸びてる。ところどころ金属やガラスが埋め込まれてて、光が当たるとキラキラ反射する。思わず息が止まった。すげえ……。

「すげえ……これ、全部自分で?」

 男は少し照れたように頷いた。

「うん。卒業制作なんだ。まだ完成してないけど」

 男の名前は由利霞。彫刻科の四年生で、二つ上の先輩だった。それ以上は聞かなかったけど、この彫刻が頭から離れなくなった。廃材をただのゴミじゃなく、こんな生きてるみたいに変えるなんて。俺の油絵とは全然違う。なんか、胸がざわついた。



 次の日から、俺は由利先輩の作業場に通うようになった。最初は見に行くだけだったけど、だんだん話すようになって。由利先輩は静かで、口数は多くない。でも、作品のこと話すときは目が輝いてた。

 ある日、先輩が彫刻を鑿で削ってるのを見ながら、俺は思わず聞いた。

「なんで廃材使うんですか?」

 先輩は手を止めて、少し考え込むようにして言った。

「捨てられたもんでもまだ使える気がしてさ。見方変えれば、輝くんだよ」

 その言葉が妙に刺さった。俺はいつも新しいキャンバスに新しい絵の具で描いてきたけど、捨てられたものを輝かせるって発想が新鮮で。先輩の彫刻を見るたびに、俺の知らない世界が広がってる気がした。

「でもさ、こういうのって時間かかるよね。俺、油絵でも下描きに何日もかかっちゃうことあるけどもっと大変そう」

 先輩は小さく笑って、「まあな。彫刻は削りすぎたら終わりだから慎重になるよ。けど、お前だって油絵大変だろ? 色作りとかどうやって決めてるんだ?」

 意外と興味持って聞いてくれるから、俺もつい熱が入った。

「うーん、感覚かな。層を変えるごとに色とか変えてこだわってるぐらい……」

「へえ、感覚ねぇ。俺、昔ちょっと油絵やったけどさ、全然ダメだったな」

 先輩は苦笑いしながら、また鑿を動かし始めた。その言葉の端々に、何か深いものがある気がしたけど、俺は突っ込まなかった。



 秋が深まって、キャンパスの木々が色づく頃。俺はもう毎日のように作業場に顔を出してた。彫刻の形が少しずつ変わっていく。根っこが複雑に絡み合って、枝がさらに伸びてく。金属片が埋め込まれるたびに、光の反射が違って見えた。先輩が鑿を動かすたびに、彫刻が呼吸してるみたいに感じた。

 ある夕方、作業場の窓から差し込むオレンジ色の光が、先輩の横顔を照らしてた。汗で髪が額に張り付いて、鑿を持つ手が丁寧に動いてる。ふと、先輩が俺に気づいて振り返った。

「また来てたのか?」

「あ、いやなんか、見てると落ち着くっていうか……邪魔なら帰ります」

 言葉が詰まって、うまく言えなかった。でも、先輩は小さく笑って、「好きに見てていいよ」って言った。その笑顔が妙に心に残った。

「先輩って、いつもこんな時間までやってるの?」

「集中してると時間忘れるだろ。お前も油絵やってるとき、そういうことあるんじゃねえ?」

「うん、ある。気づいたら朝になってたり。でもさ、先輩の作品見てると、自分の絵がちっぽけに見えるんだよね」

 先輩は一瞬手を止めて、俺をじっと見た。

「バカ言えよ。お前のはお前の味があるだろ。俺は油絵の才能ねえから、俺はお前が羨ましいよ」

 その言葉にドキッとした。先輩が俺を羨ましいって言うなんて意外で。でも、その視線に一瞬だけ何か重いものが宿ってる気がして、すぐに目を逸らされた。



 冬が近づく頃、俺の中で先輩への気持ちが変わっていった。単なる憧れじゃなくて、もっと深い何か。作品を見るたびに、先輩そのものに惹かれてる自分に気づいた。作業する真剣な横顔とか、作品に込める熱みたいなものが、俺には眩しくて。

 ある日、先輩が作業場でコーヒーを淹れてくれた。紙コップの安いインスタントだったけど、妙に美味く感じた。

「なあ、宮良。なんでそんなにここに来るんだ? お前も、修了制作があるだろ?」

「うーん、わかんないけど……この彫刻見てると、先輩のこと知りたくなるっていうか。自分にないもの持ってる感じがして」

 先輩は一瞬黙って、それから苦笑いした。「俺なんかにそんな価値ねえって。廃材拾ってるだけの変な奴だろ」

「そんなことないよ。俺、先輩の作品見るたびに、心動かされる。もっと見たいって思う」

 先輩は「そっか」って呟いて、また彫刻に向き合った。でも、その横顔見てると、俺の胸が締め付けられる。尊敬とかじゃなくて、もっと強い何か。好き、なのかもしれないって、初めて自覚した。



 冬が来て、発表会の日。修了制作と卒業制作の展示と講評が行われる。俺の油絵の講評が終わって、急いで先輩の展示スペースへ向かった。そこには、あの彫刻が完成形になって立ってた。根の絡み合いがより複雑で、枝が天井に向かって力強く伸びてる。光が当たるたびに、ガラスがキラキラ輝いて、まるで星空みたいだった。目が離せなかった。

 すげえ……。心臓がドキドキして、言葉にならない。こんな作品、俺には作れない。先輩への想いが溢れそうになってた。直接感想を伝えたくて先輩を探したけど、会場どこ探しても見つからない。講評終わった後だろうと歩き回ったけどダメ。仕方なく、メッセージを送った。

「先輩、作品見たよ。めっちゃ良かった。話したいんだけど、どこいる?」

 でも、返事は来なかった。次の日も、その次の日も。先輩は連絡が取れなくなって、まるで失踪したみたいになった。誰も行方を知らない。俺はただ展示された彫刻の前で立ち尽くしてた。


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