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1話

「…………これから序章が始まるのね。」


ここは魔法と共に発展してきた王国、エスピーナ。

送迎の馬車から降りて、立派な門を前にした少女はごくりと息を呑んだ。

彼女の名前はアネモネ・エフィーメロ。

眼前の王国立魔法学校に主席で合格した、将来有望な魔法士のたまごである。


(この学校はログイン画面で何度も見たことあるけれど、生で見ると迫力が違う。)


アネモネは今ではなく遠い未来を思い浮かべて、大きなため息を吐いた。

実は彼女は生まれた時から前世の記憶があり、彼女が生きるここは前世で気に入っていた乙女ゲームの世界なのだ。


前世のアネモネは日本に生きる普通の会社員で、趣味といえば家のパソコンでマイナーゲームをプレイすることだった。

特に好んでプレイしたのは鬱ゲー。

普段はやらないのに乙女ゲームに手を出したのも、界隈でトラウマゲームとして有名だったからだ。

その名も『愛憎の棘』

作者が手描きしたハイクオリティのイラストと、乙女ゲームには似つかわしくない鬱展開の数々が面白く、時間をかけて全エンディングを回収したっけ。

高難易度のグッドエンド以外のエンディングで必ずヒロインが酷い目に遭うため、プレイ後は精神的に疲れてしまった。


閑話休題。

その酷い目にあうヒロインがアネモネだ。

画面越しに見る分には面白いが、自分に降りかかるとなると話は変わってくる。


(なんとしても私は生きて健康なままこの学校を卒業したいの。)


この先起こる鬱展開を避けるためには、そもそもこの学校に入学しなければいいのだが、物語の強制力というものは恐ろしく、ゲーム通りにアネモネはこの学校に入学することになってしまった。

エスピーナには有能な魔法士を育成するために15才の少年少女は魔法学校の入学試験を受ける義務があり、高スコアを出した上位60名は入学しなければならないのだ。


(ノー勉で挑んだけれど、合格できてしまったし。)


だから、ゲームのストーリー通りに動いて最高難易度のグッドエンドを目指す以外にアネモネが五体満足で卒業できる術はない。

もうやるしかないのだ。


覚悟を決めて、一歩踏み出す。

覚悟の決まった表情で、アネモネは他の新入生と共に入学式典が行われる大ホールへと向かった。








____________________








入学式典後のオリエンテーションは、各教室で行われる。

入学試験のスコア順に、Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスにクラス分けされるため、同じ学年にも関わらず、すでに上下関係が出来上がっている。


「おいおい、子供が入れるような場所じゃないぜ?」

「か弱いお嬢さんはさっさとおうちに帰りなー。」


大ホールから校舎への道の途中にある中庭で、入学式典の直後だというのにもういじめが起こっていた。

入学早々教師に目をつけられたくないのか、こんなに大きな声で話しているというのに、誰も助けに行こうとしない。

アネモネは制服のポケットから使い古された懐中時計を取り出して、オリエンテーションまでの時間を計算し、鞄を床に放って中庭へ駆け出した。


(長くてもあと10分。)


大きな男たち3人に近づいたアネモネは、怯むことなく彼らに話しかけた。


「随分楽しそうに話をしているのね。中庭まで聞こえてきたから私も混ぜてほしくなっちゃった。」


リーダーのような男が、アネモネを値踏みするようかな上から下まで見てきて、にっこり笑って首を振った。


「君みたいに可愛い子が混ざる話でもないよ。折角だしさァ、俺らと話しながら教室行こうよ。」


嫌な目。

能力が高ければ誰でも入学できてしまうから、王国が管理する場所なのにこんな奴らが現れる。

アネモネの肩に触れようと、リーダーのような男が伸ばしてきた手を掴んで、睨みつけた。


「か弱いお嬢さんはさっさとお家に帰れ、だったかしら。これじゃあ貴方の方がか弱いお嬢さんなんじゃない?」

「……んだよ、クソ女…!」


男はアネモネの細い手を振り払おうとしたが、びくとも動かない。


「入学早々問題を起こすの?」

「くっ……。」


周りの目が気になったのか、3人は足早にいなくなってしまった。


(あのでかい体はみかけだけね。いくじなし。)


ポケットから時計を出し、時間を確認するとさっきから5分経っていた。

全く大したことがないなと、男に触れた手をハンカチで軽く拭く。


「…………女神様…。」

「え?」


声が聞こえて振り向くと、うずくまっていたいじめられっ子がアネモネを見上げて目を輝かせていた。

透き通るようなブルーの目が、アネモネだけを見つめて離さない。


「女神様!ボクを助けてくれてありがとうございます!!」

「あ、貴方は?」


いきなり大きな声を出して飛びついてきた美少年に戸惑いを隠せない。

雪のように白く儚げなベールを纏う彼は、涙を拭って微笑んだ。


「ボクはドロップ・ムエルと申します。女神様、助けてくれたお礼にボクは貴女に全てを捧げます。どうか雑巾のようにこき使ってください。」


眩しい笑顔で訳のわからないことを言う子だ。

なんとか手を振り払って、キラキラとアネモネを見つめる彼を改めて観察してみる。

容姿はとても美しい。

さっきの男たちが「お嬢さん」と呼んでいたのは彼の華奢な体と中性的な顔を揶揄っての言葉なのだろう。


「女神様?」

「…もしかして女神様って私のこと?」

「はい!こんなボクを助けてくれた貴女は女神様です!」


美しく中性的な容姿、根っからのいじめられっ子体質、そしてドロップという名前。


(……彼、愛憎の棘の攻略対象だわ!)


画面越しに見ていた人間が今目の前にいるという感動の波が押し寄せてくる。

表情に出ないよう堪えて、まずは呼び名の訂正をする。


「その呼び方恥ずかしいからやめて。私にはアネモネって言う名前があるの。同級生なんだし、名前で呼んで。」

「い、いいんですか?!ボクなんかに名前を呼ばれても。」

「女神様なんて呼ばれるよりよほどマシよ。」


ドロップの汚れた鞄を拾って簡単に泥を払ってやると、今度は申し訳なさそうに頭をペコペコと下げてきた。


「ドロップもAクラスなのよね?」

「はい。もしかしてアネモネ様も?」

「様はやめて。」

「あ、アネモネさんも?」

「そう。だから一緒に教室に行きましょ。」

「恐悦至極に賜ります…!!!」


(やっぱり一緒に歩きたくないかも。)









座席はどうやら生徒番号で決められているらしく、すぐに面倒な男と離れることができた。

あの子は可愛いけれど、一緒にいると疲れる。


(………あれ、隣の彼ってもしかして…。)


隣の席の背筋をピンと伸ばした黒髪の男が、何もないはずの正面を見つめていた。

呼吸で彼の前髪がわずかに揺れて、長い前髪で隠れていた赤い目がこちらをのぞいてきて、思わず息を呑む。

アネモネに対する威嚇のようなその視線に耐えきれず、彼から目を逸らした。


(間違いない。だって赤い目は珍しいし。彼は……。)


「ロゼ・オデオ。他にいうことはない。」


そういえば今は自己紹介の時間だった。

次は彼の隣のアネモネの番。

アネモネは勢いよく席から立ち上がった。


「私はアネモネ・エフィーメロ。これからよろしく。」


嫌な汗をかいてしまった。

席について改めて彼をじっとみつめてみる。

彼も攻略対象の1人。

誰のルートにも入らないトゥルーエンドに深く関わるキャラなのでファンからはメインヒーローとして扱われている。

そしてロゼは前世の推しだ。


(“アネモネ”として生きた期間が長いから、前世みたいに彼の見た目にときめいたりはしないけど。)


しばらくすると終業のベルが鳴り、クラスメイトたちは同郷の人たちとまとまり始めた。

そんな中で隣のロゼは全く動く素振りを見せない。


「ねぇお隣さん。貴方の出身はどこ?」

「………。」

「私は東部よ。森と山ばかりの田舎。」

「………。」

「少しは話したらどう?友達できないよ。」


この男、こんなにめんどくさい奴だったっけ。

話しかけているのに相槌すら打たない彼にだんだん苛立ってくる。

これならドロップに話しかけた方がマシかもしれない。

そう思って席を立つと、教室の後ろの方から黄色い悲鳴が上がった。


「シオン様と同じクラスになれて、私とても幸せです!」

「流石シオン様!Aクラスに選ばれるなんてすごいですわ!」

「そういう君たちこそAクラスに選ばれるなんてすごいよ。」

「「「きゃぁぁぁぁ!!!」」」


どうやら1人の男子生徒を囲んで盛り上がっているようだ。


「ドロップが大量発生したみたい…。」

「お呼びですか?」

「!」


背中からひょっこりドロップが現れ、思わず息が止まる。

心臓が早鐘を打つようにどくどくとなり、震える左腕を右手で押さえつけた。


「いや…後ろで何が起こってるのか気になっていただけよ。」


なんとか平常心を保って返事をする。

心臓に悪い登場はやめてほしいものだ。


「ああ、シオンさんですね。僕の隣の席の優しい方です。どこかの貴族の家の嫡男って聞きました。」


人混みの隙間から眩しい金色の髪の男が見え、ドロップの情報も合わせてあの人だかりの理由が腑に落ちた。

彼も攻略対象の1人。シオン・ルードブル。

ルードブル伯爵家の嫡男だ。


感謝の意味も込めてドロップの頭を撫でると、彼は嬉しそうに笑った。


(確かにあんなに綺麗な顔で、優しいんだから女子が放っておくわけないわよね。)


グッドエンドを迎えるためには、攻略対象たちとある程度仲を深めなければならないのだが。

果たして彼が1人になるタイミングなんてあるのだろうか。


「うちのクラスはすごい人揃いなんだよ!他にもすごいお金持ちの家の男の子とかもいるんだから!」


後ろから腕が伸びてきて、廊下側の席で談笑する男子生徒たちを指さした。

特に目を引くのは狡猾な緑の目を持つ男。

入学早々制服を着崩しているからか、いやに目立つ。


「……それより貴女は?」


怪訝そうな表情を浮かべたアネモネが振り返ると、後ろの席の明るそうな少女が身を乗り出していた。

隣にいたドロップは、彼女を警戒しているのかアネモネの後ろに隠れてしまう。


「あたしはマリー。さっき廊下でいじめっ子を追い払ってるエフィーメロさんを見て、友達になりたいな!って思ったからつい話しかけちゃった。迷惑だったかな?」

「ともだち?」

「うん!あたしと友達になってほしいの。」


ぐいぐい迫られ、アネモネは何も言えないまま戸惑う。


(シナリオに彼女はいなかったはずだけど…いいのかな。)


出身が田舎だったこともあり、アネモネは同年代の女の子との接し方がいまいちよくわからない。

彼女を不快にさせるかもしれないのに、安易に頷いてもいいのだろうか。


「あ…急にこんなこと言われたら普通困るよね。」


長いこと黙っていたせいか、マリーがしゅんと頭を下げて落ち込んでしまった。


「そんなことないわ!ただ、今まで友達が全然いなかったから、どう返事をすればいいかわからなかっただけ。…だからなりましょう。私でよければ友達に。」

「やったー!!ね、アネモネちゃんって呼んでもいいかな?あたしのことはマリーでいいからさ!!」


反応に困っていると、タイミングよく教師がベルの音と共に教室に入ってきた。

惜しみながら席についたマリーに内心ほっとしながら、アネモネも席に座る。

後ろの方で騒がしかった女子たちも一目散にいなくなって、ドロップは気を使わずに席に戻れたようだ。


「改めまして、皆さん入学おめでとうございます。僕は君たちの担任になったシェフレラです。これからよろしくお願いしますね。」


いかにも真面目そうな眼鏡をかけた教師が簡単に挨拶を述べる。

先刻のオリエンテーションはほとんど自己紹介で終わってしまったし、先生は空気と化していたから、ちゃんと名前を聞けたのは助かる。

なにせゲームでは名前がなかったモブキャラクターだったから。


「僕は主に座学の授業を行います。しっかり魔法の属性と効果を覚えて実技に活かしましょうね。」


(優しそうな先生でよかったわ。)


そう思ったのも束の間、アネモネの真横に何か小さいものが飛んできた。


「オデオくん、僕の話は退屈でしたか?」

「いや……すいません。」


校内の施設についてなど、業務的な話が退屈だったのか、ロゼは居眠りをしていたみたいだ。

教卓の前で恐ろしいほど笑顔のシェフレラと、ロゼとアネモネの椅子の間に落ちている砕けたチョークを見て、アネモネは身震いした。


(この教師には絶対逆らってはいけない!)


何事もなかったかのように話を戻すシェフレラについていけるはずもなく。

アネモネはただ目をつけられないように、聞いている姿勢を維持し続けた。









シェフレラの長くてありがたいお話が終わり、最後に課外学習のためにグループを作れと指示を出して教室を後にした。

この学校は王国が運営している学校なためか、在籍している魔法士のたまごたちをボランティアとして困っている一般人の元へ派遣しているらしい。

グループを組むのは単純に教師が管理しやすいことと、生徒がまだ魔法士として半人前だかららしい。


(ゲームでは攻略対象4人と組むはずだったけど、他2人は知り合っていないし難しいかな。)


マリーあたりとと思ったけれど、彼女は既に地元の友達と組んでシェフレラに報告に行っているところだった。


「ロゼ、私と組まない?」

「断る。」

「どうして?」

「他人と馴れ合う気はない。」

「でもグループは組まなきゃいけないでしょ?」

「………。」


黙ってしまった。

ドロップはどうかと思って後ろの席を見ると、シオンと共に女子数名に囲まれている。これならグループが決まるのは時間の問題だろうか。


(もしかしなくとも、私とロゼはぼっちなの!?)


そう悲観していたときだった。


「ねぇ、君たちまだグループ組んでないの?」

「貴方は…」

「オレはシレネ。よかったらオレとグループ組まない?」


話しかけてきたのは、休憩時間で目に留まった制服を着崩した男子生徒。

狐のように狡猾そうな眼が、アネモネとロゼを交互に捉えていた。


(このラフな感じ…私の苦手なタイプね。)


断ろうと思ったところでアネモネは踏みとどまった。

シレネ。

シレネ・スリレー。

彼も攻略対象の1人だったのだ。

未だ1人のロゼ、それから何故か誘ってきたシレネ…

この流れだともしかすると残り2人も混ざるのではないか。


「アネモネさん!」


やっぱり…!

後ろの席からドロップが駆け寄ってきた。

その隣にはもちろんシオン。


「えっと…まだグループ人数満たしてないから僕とドロップくんも入っていいかな。」

「俺は入ると言ってない。」

「オレが代表してせんせーに行ってこよっか?」

「いや、ボクが言ってきます!」


人気者で女子から引っ張りだこのシオンまで加わってしまった。


(これもゲームの強制力、というやつなの?)


ということは一歩間違えればグッドエンドに辿り着けないかもしれない。

ネガティブなことを考えれば考えるほど恐ろしくなってかきて、アネモネは青ざめた顔で両肩を抱く。


「アネモネさん、もしかして顔色が悪いね。保健室に行く?」


様子のおかしいアネモネを気遣ってか、シオンがアネモネの顔を覗き込んでくる。


(…今更怯えたって仕方ないのよ。生き延びるためには、現実に向き合わないと。)


震えもおさまってきて、アネモネはシオンの目を見ていつも通りはっきりとした声で返事をする。


「平気よ。少し寒かっただけだから。」


微笑んで見せると、シオンも安心したように微笑み返してきた。


シオンの笑顔に絆されてはいけない。

シレネの巧みな話術に乗せられてはいけない。

ドロップから向けられる尊敬の視線に甘えてはいけない。

ロゼの無関心な目を放っておいてはいけない。


頭の中でシナリオを思いだしながら、アネモネは自分に言い聞かせる。

彼らには裏の顔がある。そして彼らと向き合わなければグッドエンドには辿り着けない。

決意を固めたアネモネはぎゅっと拳を握った。

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