表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/30

【4.首を突っ込むな】

 リーアンナは険しい顔でそそくさと帰っていったブローデを呆気(あっけ)に取られて見ていた。

「振り返らずに去っていったわね。よっぽどの急用だったのかしら」


「さあねえ。でもセレステ、真面目そうなやつじゃん」

 何となくブローデの素性(すじょう)を聞き及んでいたウォーレスだったが、リーアンナとセレステの前ではおくびにも出さずに言う。


 ブローデを軽く見送ってから戻ってきたセレステは、婚約者の変な態度に首を(かし)げながらも、一応ウォーレスに、

「ありがと」

と答えた。


 ウォーレスは少し興味ありそうに聞いた。

「いつ結婚すんの?」


「まだ分からないわ。うちの姉が結婚してからだから、もう少し待たないといけないかもしれないわね」

とセレステが言うので、リーアンナとバートレットが「ああ……」と気の毒そうな顔になった。


 ウォーレスが首を(かし)げる。

「何?」


 リーアンナはちらりとセレステを見てから、そっと言った。

「セレステのお姉さん、婚約者がいるんだけど、その婚約者が嫌すぎて、結婚から逃げ回ってるの。だからちっとも話が進まないのよね……」


 セレステも盛大にため息をついた。

「そう。ま、実は姉の結婚待たなきゃいけないってだけでもないんだけど。でも、ま、姉の件もネックだわね。一応ブローデ様は待っててくれてるけど、このまま1年も話が進展しなかったらさすがに私もフラれるかもしれないわね。何でか知らないけど、ブローデ様は早く結婚したがってるみたいだし。私との結婚を待ちきれずに思ってくれてるだけならいいけど、もし結婚そのものを急ぐ理由があるなら、私じゃなくてもいいやってなるでしょうね……」


 すると、すかさずウォーレスが声を上げた。

「じゃあ、バートレット、おまえがセレステもらってやれよ!」


 バートレットは突然の発言に驚いて目を上げた。

「は?」


 ウォーレスはにこにこしている。

「いいじゃん。むしろそういう話は1ミリも出なかったわけ? おまえらの中で」


 セレステは真っ赤になった。

「で、出ないわよ、別に! バートレットとはそういう関係じゃないし」


 バートレットも気持ち赤くなって焦っている。

「そ、そうだ。仲はいいが、それと結婚は別の話だろ」


 そんな二人を(あき)れるように眺めて、ウォーレスはそっとため息をついた。

「そうかな。僕はできれば仲が良くて――ってゆか、好きな子と結婚したいよ」

 そして、リーアンナをちらっと見る。


「な、何?」

と鈍感リーアンナが聞くと、ウォーレスはもう一度「はあっ」とため息をついた。

 届かないか、僕の想いは――。


 それからウォーレスは真面目な顔になって、下を向きながらぶっきらぼうに説明し出した。

「あのさ。エルンスト殿は婚約者がいるから、セレステもリーアンナには好き勝手はさせないと思ってるけどさ。僕とバートレット、今度エルンスト殿の邸宅に呼ばれた。たぶん何かに巻き込まれることになると思うけど――。でも、エルンスト殿は婚約者がいるからな。リーアンナとエルンスト殿をくっつけようとか絶対しないから。期待すんなよ」


「期待なんか最初っからしてません! でも、さっきもブローデ様に言ってたわね。エルンスト様の邸宅に招待されたって」

 リーアンナは、それが何のためかを聞きたくて、じっとウォーレスの顔を見た。


 ウォーレスは俄然(がぜん)興味津々のリーアンナの様子に不機嫌そうになった。そして少し意地悪く言ってやった。

「なんだ? (うらや)ましいか、リーアンナ」


「ばか! でも何かに巻き込まれるのはやめてね。エルンスト様はともかくとして、あなたたちまで何か怪我(けが)するようなことがあったら」

とリーアンナがウォーレスの意地悪にムキになって答えると、ウォーレスは少し意外そうな顔をして、

「心配してくれるの? ま、何とかなるよ。バートレットもいるし。こいつ鍛えてるから大丈夫」

とバートレットの(たくま)しい腕を指差した。


 バートレットがすかさず横から口を挟む。

「おまえも鍛えてるだろ。ってゆか、おまえ隣国で何をやってた? 本当に政治システムを学びに行っただけか? 身のこなしがもう……」


「なんのことやら。ねえ、大人の話は難しいでちゅね、ココちゃん」

 ウォーレスはすっとぼけて話をイチ抜けし、膝を(かが)めて足元にいたココちゃんをガシガシっと()でた。ついでにキスしようとして嫌がられる。


 話を無視されたバートレットは、小さくため息をついてからリーアンナに近づいて小声で言った。

「リーアンナ。ウォーレスは何か軽い口調で言ってるけどな。エルンスト殿の件、厄介(やっかい)なことに巻き込まれそうなのは確かだ」


「そうね。だって、自分で背中を刺すとか変だもの」


「それは、ウォーレスの嘘だ」


「え?」


「俺もウォーレスもエルンスト殿からちゃんと話を聞いたよ。今は誰にも言えないからウォーレスはああやって嘘を。にしてもバレバレな嘘を()えてついてるってことは何か思惑(おもわく)があるのかもしれないけど」

 バートレットは鋭い目をウォーレスに投げかけてから、困った顔でふうっと息を吐いた。


 リーアンナはそのバートレットの様子にどんどん心配になる。

「誰にも言えないって? そんな大事になりそうなことなの?」


 リーアンナが(すが)るような目でバートレットを見るので、バートレットは「こっちにも問題が」とばかりに頭を()き、それから真面目な顔でリーアンナを(さと)した。

「少しね。でも、リーアンナ。おまえは口を出すな。エルンスト殿が好きなんだろ? エルンスト殿には婚約者がいるんだ、おまえが下心(したごころ)を持ってしゃしゃり出てくると、後々(のちのち)いろいろ問題になる」


「下心なんか!」


「ないと言えるか? ずっとエルンスト殿を目で追っかけてるじゃないか。どんなに隠そうとしても俺やセレステの目は騙されない。そんなリーアンナがエルンスト殿の事件に積極的に関わったらさ、エルンスト殿の婚約者のイェレナ嬢が黙ってないよ。今回の事件は少し繊細なんだ。イェレナ嬢に『女が婚約者を(たぶら)かしに来た』だのなんだのギャーギャー言われると相当面倒なことになる」

 バートレットは淡々と説明する。


 リーアンナはバートレットの言葉にずきっとしたが、

「でも心配なんですもの。エルンスト様の事件の解決に私ができることがあるなら、手伝いたいと思うわ」

と絞り出すように言った。


 バートレットはリーアンナの切実そうな声に困った顔をしたが、心を鬼にして冷たく言い放った。

「それは俺らがやる。そもそもリーアンナはエルンスト殿と何の関わりもないってこと自覚しておいてよ。それに、前提として、リーアンナは王太子様と聖女ルシルダとも敵対している」


「敵対しているわけじゃ!」

 リーアンナが不本意(ふほんい)とばかりに叫んだが、バートレットは異論は認めないと首を大きく横に振った。

「王宮中がリーアンナと王太子様の婚約破棄のことは知ってる。その原因が聖女ルシルダで、彼女がリーアンナをよく思っていないことも。だから、リーアンナが出てくると、エルンスト殿の実家のリンブリック公爵家が警戒する。リーアンナにそのつもりはなくても、聖女法で守られたルシルダを敵に回すのは誰だって(およ)(ごし)になるんだから」


 リーアンナにとっては、あまり王太子との婚約破棄は話題にされたくないことだった。

 だからリーアンナは一気におとなしくなった。

「う、うん、分かったわ。私にそれを言いたかったのね、バートレット」


「そう。首を突っ込もうとするなって、釘を刺しに」

 バートレットが言葉とは裏腹(うらはら)の優しい声で言う。


 その優しさにリーアンナは余計(よけい)に胸が苦しくなった。みんなが自分を気遣(きづか)ってくれる。

「分かったわ……」


「いい子だね、リーアンナ」

 バートレットは微笑(ほほえ)んだ。


 しかし、バートレットは胸の中では別のことも考えていた。

 別のこと――、それは、エルンストに心を砕くリーアンナをウォーレスは見たくないだろうということだった。


 バートレットがエルンストが倒れているのを見つけたとき、とにかく彼を助けねばと必死だったが、同時に頭の片隅にリーアンナの顔が浮かんだ。何かリーアンナとエルンストの懸け橋になるようなことをと老婆心(ろうばしん)ながら一瞬思ったのも事実だ。

 だが、人を呼びに行ってウォーレスの顔を見た瞬間、その老婆心(ろうばしん)は吹き飛んだ。


 ウォーレスは、子どもの頃からリーアンナのことが好きだったから。

 ウォーレスのリーアンナへの気持ちをぽつりぽつりと聞かされていたバートレットは、ウォーレスの顔を見て我に返った。


 そして冷静に自分に言い聞かせた。

 エルンストには婚約者がいる。リーアンナの想いは筋が通らない。

 もしかしてエルンストを助けることで自分はエルンストと縁ができるかもしれないが、リーアンナはエルンストから遠ざけておかなければならない。

 リーアンナを支えるのは、エルンストではなく、ウォーレスの方が現時点では絶対に相応(ふさわ)しいのだ。


 リーアンナに伝えたいことを言ったバートレットがリーアンナから少し離れると、ウォーレスが突き刺すような目でバートレットに近づいてきて聞いた。

「おいバートレット。リーアンナと何を話してた?」

 

「あ? 気になるか?」


「気になるね」


「リーアンナに聞けよ」

とバートレットは突き放すように言ったが、ウォーレスは動じなかった。

「おまえに聞いてるんだよ」


 バートレットはしげしげとウォーレスの(かたく)なな態度を眺めて、それからため息をついた。

「……。おまえ、隣国行って少し変わったな。ま、いいや。別にー。エルンスト殿の件には首ツッコむなってリーアンナに釘を刺しただけ」


「……のわりには長いこと話してたじゃん」

 ウォーレスが(うたぐ)り深く(つぶや)くと、バートレットは苦笑した。

「ずっと見てたのかよ。きも」


「……」

 きも、と言われて少し恥ずかしくなりウォーレスがポリポリと頭を掻くと、バートレットはふっと笑った。

「まあな。おまえは昔っからリーアンナのことばっかりだ。なんでリーアンナは気付かねーんだろうな。今もどうせエルンストのことでアタマいっぱいさ、あいつ」


「!」

 ウォーレスの目が険しく光った。


 バートレットはそんなウォーレスを(たしな)める。

「そんな目するくらいなら、告白でも何でもしろよ。今のままじゃ気付かねーぞ、リーアンナ」


 しかしウォーレスは唇を(とが)らせた。

「僕が今告白したって振られるだけだろ。リーアンナはエルンストがいいんだから」


「だな。エルンストが結婚するまで待つしかねーな」


「はあ、待つしかねーのか。だる」


「じゃ諦めれば」


「諦めれねーよ……」

とウォーレスがしゅんとしながら気弱に言うので、バートレットは何とかウォーレスを元気づけたくなった。

「じゃ、あんま褒められた方法じゃないけど、リーアンナを手に入れる方法、教えてやろうか?」


「は?」

 ウォーレスは驚いてバートレットの顔を真正面から見つめた。


 バートレットは少し迷ったが、意を決してがしっとウォーレスと肩を組むと、『褒められない方法』で伝授し始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
≪作者の他の作品はこちらから!≫(↓リンク貼ってます)
新作順

高評価順


≪イラスト&作品紹介♪!≫

【短編】 「婚約者が浮気していたので流れで仕返ししたら、なんだか新恋人ができました」 (作品は こちら

幌あきら様
イラスト: 砂臥 環
【イラスト誕生秘話はこちら by 砂臥環様】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ