3 信仰され、恐れられている
同じくシュウセン探しも全く進展がない。あれだけ巨大なサカナシと戦ったのだ、絶対に地形が変わるほどの激しい戦いだったと思うのだが。寿命が長い二人はそれほど焦っていない。それこそ数百年かけてでもゆっくり見つけようという考えだ。
「サカナシはさも自分が圧倒的有利でシュウセン様を一撃で蹴散らしたかのように言ったけど。噛み跡があったし牙が刺さったままだったし、まぁまぁ満身創痍だったのは間違いない。派手な戦いだったと思うんだけどな」
ラオが空から探してみても、チョウカが遠見の術で遠くを探してみてもそれらしいものは見つかっていない。一応ラオの知り合いの龍に聞いてみたが心当たりは無いそうだ。そもそも龍は他の龍にはかなり無関心である。そしてとても長生きなのでついこの間、という話は大体数百年以上前のこともあるのであてにできない。
そんな中ラオが見つけたこの土地。何もない荒野にぽっかりと大きな窪みがあり、穴の底である中央には何やら派手な建物が建っている。周辺の者に聞いてみれば口をそろえて言ったのはこれだ。
「キノクニ様のお住まいだ、入ってはいけない」
なにそれ? と聞いたが皆口を閉ざした。
「人がせっかく下手に出て可愛らしく聞いてるっつうのに」
「可愛らしくはないなあ、可愛い顔はしてるけど」
「うっせ」
チョウカの見た目はおよそ十二、三といったところだ。大人になり切れていないあどけなさもあるが、中性的な顔立ちをしている。女装をしたら普通に女に見えるくらいだ。実際は五十年生きていて口も悪くたまに下品で一殴りで山を噴火させるとんでもない奴なのだが。
「何で教えてくれないのかなあ、っていうかあの建物なに?」
「畏れ多いから口にできない、ってところか。なんとなく怯えてるようにも見えたし。窪みの中央に住んでたら、雨降ったらあっという間に水没だ。ってことは、キノクニ様ってのは象徴であって人じゃねえな」
空から何か大きなものが落下してきたか、もしくは雷がたたきつけられたか。シュウセンの力を持ってすれば雷一つで大地を抉る事はできるはずだ。この辺にシュウセンの手がかりがないか調べに来たのだ。
あの建物が怪しいのだが近寄ってはいけないと口を揃えて言う。無理矢理入る事はできるが、なんだか周辺の者たちがお互いを監視しているかのような異様な雰囲気だった。
ただでさえこの半年間調子に乗って空から舞い降りたら神が降臨したと追われ続けたのだ。チョウカの不可視の術が安定せずラオの姿を見られたのが五回ほど。そのたびにやっと下火になってきた噂が蒸し返され二人ともうんざりしていたところだ。
「種は蒔いてきた、そろそろ芽吹いてくれるといいんだが」
「何の話だ?……あれ?」
ラオがふと周りを見渡した。
「どうかしたか?」
「何か騒がしくなってきた。さっきのキノクニ様妄信者たちがこっちに向かってきてるっぽい」
少し浮いた場所から遠くを見るラオに、チョウカは問いかける。
「なんかしゃべってるか」
「あっちに罪人がいるんです、みたいな。いやちょっと待って、この声さっき食い逃げに逃げた二人じゃん」
どうやら違う方向に逃げた二人の声もラオはしっかりと聞いていたらしい。
「って事は、罪人ってお前のことだよ。仲間をボコボコにして役人に突き出すきっかけになったじゃん」
「あ、そう」
自分のことだというのにチョウカはあまり興味がなさそうだ。饅頭二つをラオに向かって放り投げる。慌てて二つを食べると、残りは今チョウカが食べている一つだけだ。
「俺が食べちゃってよかったの?」
「余計に持ってたら貧しい者達と分け合うべきだ、とか阿呆なこと言ってくるに決まってる。誰がやるか」
そう言いながら残り一つをほおばっていると、確かに複数人の足音がチョウカにも聞こえてきた。そして振り返ると思いのほか大人数である。真っ白な服を着ている男が四人と、騒いでいる男が二人。白い服を着ているのがキノクニとやらを信じている者たちだろう。
「あいつです! 俺たちの仲間を半殺しにしたやつ! 役人に連れていかれた仲間はいつ戻ってくるか分からない」
先に逃げた二人の事など見ていなかったチョウカは改めて食い逃げした男らを見つめる。格好からして貧困層ではなさそうだ、小ぎれいな服を着ているし髪もちゃんと整っている。食い逃げなどしなくても飯代ぐらいは払えるであろうに。
おそらく食い逃げは彼らにとって遊びの一つなのだ。捕まっても適当に役人に金を握らせて戻ってこれる自信があったのだろう。
白い服の男たちがチョウカをジロジロと見ると冷めた目で見下ろしてくる。相手が子供であり小汚い格好をしているのでかなり見下したような態度だ。どうやら大した連中ではないらしい。
「食い逃げは罪人じゃないのかよ? 俺は悪いことをしたやつを成敗しただけだ。それに仲間を見捨てて自分たちだけ逃げた卑怯者どもがいた気がするなあ?」
饅頭を食べながらしゃべっているのでモゴモゴしていて聞き取りづらい。もちろんそれも相手を怒らせるためわざとやっているのだが。
案の定自分たちのことは棚に上げてギャーギャーとわめく男二人。そいつらは無視して、試しに軽口を叩いてみる。
「なんとか様を拝んでる変な連中じゃん」
「無礼者が! 貴様、口を慎め!」
白服の一人が怒鳴ってくる。四人中三人は怒鳴ってくるが、他の者達よりも一歩前に立っている男はあくまで無表情だ。無表情の奴がちょっとだけ身分高いなぁと思いながら、おちょくるなら今の男だなと標的を絞った。