2 キノクニ様に縋る人々
術で姿が見えないようになっているラオが饅頭を食べたので、消えたように見えただけだ。不可視の術は姿が見えないだけではなく、声や物音全てを相手に認識させない。そして術をかけた本人以外は触ることもできない。チョウカの真上にいて二人で会話をしていたので、他の者からはチョウカが大きな独り言をしゃべっているようにしか見えなかったのだ。
金を持っているわけではなく仕事もしていないので、かれこれ十日何も食べてなかった。と言っても仙人の血を引くチョウカ、龍のラオ。別に一日三食、毎日食事をしなければ飢え死にするわけではない。それでもやはり腹は減るので先程の一騒動というわけだ。
この辺はかなり貧困差が激しくなっている。今いた村は飯屋があるだけまだマシな方だ、農村部は食べるものがなく飢え死にした者がそこら中に転がっている。埋葬などする気力もないし数が多すぎるのでそのままのようだ。腐臭が酷く伝染病も流行していてそれがまた貧困地域の死者の数を増やしていた。
原因は半年ほど前に起きた日照り続き。雨が降らず作物が全て枯れてしまったことだ。食べるものもなく金もないので貧困地域では皆死んでいくしかない。
原因であるサカナシは退けることに成功し、今はいつも通り雨が降る。シバリもかなり倒してきたのでシバリが原因で命を落とす者も減った。しかし雨が降ったからといって稲や野菜はあっという間に育つわけではない。伝染病がおさまることもない。おまけに今この国は小競り合いのような戦が増えている。兵の多くは貧困層から出る、戦に行けば半数近くが帰ってこないものだ。
少しずつ、緩やかに国が傾き始めているような状態だった。体がひもじければ食べ物を食べればいい。しかし心がひもじい場合は、強いものに縋りたくなる。何の力もない人々は皇帝に、そしてーー。
「みな、祈るのです。あのお方はか弱き人を見捨てたりしません」
貧困地域で最近よく見かける光景だった。腹が減り、大切な人たちが死んでいく。そんな地域ではもう神に祈る以外できることがない。
「キノクニ様は、必ずや皆さんも救ってくださいます」
その言葉に何人もの人々が寄ってきて食べ物をください、私たちを助けてくださいと縋り付く。すると神への信仰を説いていた女は食べ物を少しずつ分け与え始めた。それを泣きなが受け取り女の言葉に耳を傾け始める。
「典型的なやり方だな。極限状態から食い物をもらったら感謝するのは当たり前。そこにつけこまれたら操るのは容易い」
この数日間で何度も見た光景だ。集団の名前は知らないがキノクニ様、という呼び名は何度も耳にしている。何かにつけるとキノクニ様、キノクニ様。縋る相手がそれしかいないから仕方ないにしても、不気味なほどこの辺はキノクニ様というものが信仰され始めていた。
「それにしても絶対金がなさそうな連中を集めて何がしたいんだか」
「そこなんだよね。普通人を集める時って金とか物とか、活動に必要なものを集めるためなんだけど」
チョウカの言葉にラオも不思議そうだ。今あの集団は急速に人の数が集まりつつある。しかしいつも信者に食べ物を与えられるわけではない。数が増えれば増えるほど不可能だ、作物がないのだから。
「何にせよ。絶対に人助けが目的じゃないだろうからろくなもんじゃないさ」
「言えてる。あ、もう一個食いたい」
「ほいよ」
チョウカとラオが地上に降りて半年が経っている。いつかサカナシと決着をつけなければいけないが、どれだけ自分たちが修行したところですぐに強くなるわけではない。
チョウカは修行すれば毛が生える程度にはマシになるかもしれない。だが龍であるラオはそうはいかない。龍の力が上がるのは年齢を重ねること、これだけだ。仙人や人間のようにどれだけ修行や鍛錬を積んだところで力は強くならない。ましてラオはまだ「玉」を持っていないのだ。
絵巻等に描かれているように、龍は必ず己の玉を持っている。己の力を玉という形に具現化したもの。これを作り出せて初めて龍として一人前だ。これが作れるようになるには百年以上かかる。五十年ほどしか生きていないラオにはまだ作り出せていないのだ。
玉があることで龍の力は暴走することなく安定する。今ラオの力は不安定だ。雷を呼ぶことはできても目的の場所に落とすことができない。そのため同じく雷の術が使えるチョウカがラオの雷も操って目的の場所に叩き落とすのだ。逆にチョウカも一人では雷の力が弱すぎる。二人で雷を使って初めて半人前程度の力なのである。
そのため二人がこの半年間やってきたのはもちろんシバリを消していくことだ。以前のように大量発生はしていないが、見かけては焼き払うを繰り返している。弱っている者が多く出ている昨今、シバリに取り付かれた人間は確実に死んでしまう。