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陰陽の龍  作者: aqri
番外編
23/23

シュウセンの幸せ

ばづん!と大きな音がした。その光景を目を見開いて思わず見つめてしまう。陰龍の子に触れた瞬間、赤子の左手が吹き飛んだのだ。

「うぎゃああああん!!」

激しく泣き叫ぶ赤子。慌てて血が溢れる手首に向かって最小限の力で氷の息を吐いた。当たった部分がわずかに凍りつき、とりあえず止血ができた。しかしこのままでは凍ったところから腕が腐ってしまう、なんとかしなければ。

すると少し離れたところに酒を飲みながら修行をサボっている仙人が目に入った。急いでその男のもとに向かう。男は急に龍が来たので驚いたようだ。仙人たちは龍が嫌いである。しかし男は特にこだわりがないようで、目を白黒させている様子だ。

「龍の鱗や鬣は確か術に使うために貴重な材料だったな」

「え、ああ」

「くれてやる。今から俺の言うことをやってもらえればな」

修行をサボるのは自分の意思が弱い証拠。優柔不断で金や高価なものに目がないはずだ。読み通り男はにんまりと笑い、いいだろうと言ってきた。

軽く状況説明し赤子のもとに案内した。男は鱗と鬣と符を使ってあっという間に欺巧手を作り出した。

「本来ならこんな簡単じゃねえんだが。生まれたばっかだからかな、あっさりくっついた」

それだけ言うと興味を失ったように赤子から目を離し、約束の報酬を持って鼻歌交じりに戻っていった。赤子を助けようとかそういう思いは全くないらしい。

痛みのあまり赤子はまだ泣いている。何とか髭を動かしてあやそうとしてみる。しかし痛いものは痛いのでそんなものであやせるはずもない。

やがて手がついたとはいえ怪我の影響か、高い熱を出してうなされ始める。体の大きさが違いすぎるので己にできる事はかなり少ない、やはり他の仙人か人間の助けが必要だ。そうだ、子龍の様子は、と視線を向けて目を見開いた。


ずっと目をさまさなかった子が、目を閉じたままゆっくりと体をくねらせて地面を這っていたのだ。


「お、お、おお。目が覚めたか、生きてくれるのか」

まだうまく動けないらしくまるでミミズのようだが、向かっている先は赤子だ。ゆっくり、ゆっくりと。しかし確実に。その様子を緊張しながらじっと見守る。

やがて龍の子は赤子の左手にたどり着いた。まるでそこが自分の寝床だと言わんばかりに手の平の上でわずかに丸くなる。そして今までの浅い呼吸とは違って、すうすうと寝息を立て始める。その光景にポロリと涙が1つがこぼれた。

もう大丈夫だ、この子はもう目を覚ます。


一安心して改めて思う。先ほどなぜ赤子の手が吹き飛んだのか。なぜ消えゆく命が息を吹き返したのか。答えは1つだ。

「そうか。坊は、陽なのか」

この世のどこかで陰陽の拮抗を崩してしまうほど、強い陽が存在する。それのせいで龍の子は弱っていたのだ。しかし違う陽が触れたことで一気に力を引っ張り拮抗が整ったということだろう。赤子には申し訳ないが、龍の子を助けてもらったという形になる。こうして触れ合っていても何も問題ないのならもう大丈夫だ。もしかしてそこが1番落ち着くのだろうかと思ったが。

見れば手は真っ赤になっている。それはそうだ、陰龍であるシュウセンの鱗と鬣を使ったのだから。力が反発し手が焼けるように熱いのだ。発熱もおさまらない。

「すまんな。そればっかりは俺にはどうしようもない。拮抗が馴染むまで踏ん張ってくれ」

氷の吐息で周囲の気温を下げる、赤子と龍の子が冷えすぎないよう気をつけながら。

龍の子はすぐ間近に陰陽の力の交わりがあったので、そこを無意識に求めたのだろう。まだこの子も気が不安定なのだ。


結局赤子の熱が下がるまでは3日かかった。赤子は最初こそ高熱でうなされていたが、龍の子が手に乗ってすぐに眠った。陰龍の鱗などを使って作られた手だ、陰龍がそこにいることで何らかの安定が生まれたのかもしれない。その間ずっと2人は寝息を立てて眠っていた。そして赤子が先に目を覚ました。

「うー」

「乳はないのだ、すまん。白湯を飲むか」

熱を出して大量に汗をかいている。喉が渇いているはずだ。龍の力を持ってすれば地下水をわずかに地上に出すことができる。地熱を使えば冷たい水を温めることもできる。それをやろうとしたのだが、赤子は自分の左手にあの小さな龍がいることに気づき目を輝かせた。

「ねぼすけだ!」

「おお、もうちょっとしたら起きるぞ。いっしょに遊んでやってくれな」

「いまあそぶ!」

そう叫ぶや否や。左手を思いっきり握りしめた。


「ぎにゃああああ!?」


悲痛な叫びが響く。それはそうだ。生まれて初めて味わうのが全身の痛みとなれば叫びもする。ビチビチと暴れ必死だ。ちなみにこの「痛み」によりこの世に完全に固定され、命として成立したことを誰も知らない。

シュウセンは千年以上生きてきて、たぶん今一番焦っている。

「ぼぼぼ坊!もうちょっと優しく!潰れてしまう!」

「おきた、あそぼ!」

「痛い痛い痛い!ぐ、ぐるじい、いきできない!」

「あ、ごめん」

ぱっと手を離し地面にぺシャッと落ちる子龍。あまりにも小さいので落ちた衝撃で骨でも折れてしまったかと心配したが、よろよろと何とか起き上がる。赤子の握りに耐えたのだからそれはそうかよかった、とほっと息を吐きだした。

その瞬間その吐息は突風となる。

「みゃあああ!!」

「ぴええええ!?」

「あ、すまん!」


赤子と龍の子は2人とも天高く吹き飛ばされる。慌てて追いかけるシュウセンなのだった。





そんな記憶を、最後に見た。

サカナシの存在はやはりこの世の陰すべてに悪影響となる。シバリを食べる邪魔をして、あの子達から遠ざけなくてはならない。

勝てないのは当然だ、死ぬのはわかっていた。それでもわずかな時間稼ぎができればそれでよかった。


――あの子達との思い出が、俺の全てか。なんて幸せなことか。


満足そうに笑い、陰気が。体中の陰気が陽気に引っ張っられ、そして。


意識が途切れた。

これにて完結です。何か別の話が始まりそうなフラグを残していますが(アマツや権力争いなど)今のところ続編を書く予定はありません。なんかいろいろ戦いがこの先もあるんだろうな、ということで。

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