2 悪しき者達
「これから何しようか」
「さすがに今はシュウセン様の弔いはやめたほうがいいな、場所が近すぎる。あいつらが完全にどっか行ったら改めて弔いに来よう」
まだ右手の骨はチョウカが持っている状態だ。できれば最後の地に弔いたい。
「そういえばさ、お前持っていた符は全部使っちゃったじゃん。サカナシの腹の中でどうやって雷使ったんだよ?」
「指使った」
ほれ、と見せられた左手は小指がなくなっている。術者本人の肉体の一部を使って強力な術を使うのは確かに手段としてはある。しかし普通は髪の毛や爪、痛みがなく被害が最小限のものを使うはずだが。
「まさか噛み切ったのか?」
想像したらしく自分が痛い目を見たかのような反応をするラオに、チョウカはキョトンとした。
「え、お前覚えてないの? 俺の左手は昔吹っ飛んでるから、これ術で作った欺巧手だぞ」
「ええ!? 知らん!」
「いや手が吹っ飛んだ時お前もいただろ。あー、でも生まれて三日目とかだっけ?」
「覚えてるわけないだろ、生まれて三日目なんて。自分の意思さえあったかどうか怪しいっての」
「あの時赤子の手が吹っ飛んだってことで、どっかの仙人がさすがに哀れに思ったらしくて。シュウセン様の鬣と鱗材料に作ってくれたんだ。今回はそれを使わせてもらった」
指は符でまかなうから大丈夫だと笑う。強い気を含む物は符を使えば姿形を変えることができる。龍の物となれば相当なものだろう、手を作るくらい造作もない。その話を聞いてようやくラオはわかった。なぜチョウカが自分の祖父を家族のように慕うのか。何故尊敬し、心に留めておくのか。
命を救われ、様々なことを教わったから。まさに命の恩人であり、師であり、父のような存在だったのだ。
「で、なんで手が吹っ飛んだ?」
「なんだったかな。その辺にあった、なんか殴り飛ばしたんだったかな」
「赤子の手でそんなことするから。っていうかお前赤子の頃からそんな感じだったのか」
呆れたように突っ込んでくるラオに「うっせ」と言うと、少し考えてからラオにこんなことを言った。
「南に行ってみるか」
「あっちは霊山だろ」
「だからだよ。仙人どもは忌み嫌って近寄らないからな。霊山っつっても普通にただの山だ、食べ物はあるし人間はいないし、暴れても誰も文句言わないし。今回のことでさすがにちょっと修行するかって気になったから」
「そっか、そうだね。なんやかんや俺も気を高めておかないといつまでも玉が作れないし。行くか、霊山」
「おうよ」
二人は南に向かって飛んでいく。後ろからは何やらサカナシの笑い声と仙人たちの怒りや嘆きの叫びが聞こえてくる。
どうやらサカナシの抵抗に仙人が幾人か犠牲になったようだ。術で押さえつけられたといっても、サカナシは呪具。いわば術の塊だ。一人二人の仙人の力など及ばない。油断していればやられるのは当然である。
そんなことには興味がないふたりは振り返らずにそのままその場を後にした。
どうせ仙人などごちゃごちゃとたくさんいるのだから、多少減っても何も変わらん、と思いながら。
悪しき龍、三家の力により大地に封印とした。八家が一つ、ガショウ家を監視人として地上に置くことを決議。
さらさらと史書に書き記す。仙人の頂点にいるメイエに、傍仕えの仙人は問う。
「地上の人間たちにはなんと?」
「あの地は忌み地として触れを出し人間が近寄らないようにしろ、と今の帝に忠告をしておいた。もしそれが守られなかったらお前らなど滅ぼすのはたやすいからな、と」
仙人の血を引くものは権力者に集中している、普通の者よりもはるかに優秀だからだ。知恵、体術が飛びぬけている。だからこそ国を動かす者ほど仙人の血がわずかに濃い。今の、帝の一族のように。人間の血が混ざっていない純潔の仙人の忠告……脅迫に逆らえるわけがない。
「史書に追記はございますか」
「いつもどおり、我らの尊さを書いておけ。ガショウ家は近頃調子に乗っておったからな。地上に落とされ、しかも龍の成れの果てを監視など屈辱もいいところだろう。酒の肴には丁度良い」
ふっふっふ、と笑いメイエは姿を消した。傍仕えはいつも通り書き記す。仙人にとって都合のいい史書を。
史書という名の、落書きを。
「ど~せ史書には『アタクシ達はすごいの! アタクシ達の活躍のおかげで地上は守られたのよ!』とか書いてるんだろうな。バッカくせえ」
霊山に生えている木の実を食べながら言うチョウカにラオはブッとふきだした。
「いつものことじゃん。そういうのが気に入らない八家やその下の仙人が、こっそり事実を書き直して不可視の術で隠してるの知らないんだよね、あの連中」
以前光の道の夢を見た時調べ物をしていた書庫。あそこはそういった者達が書き物を隠している場所だ。三家が書物を自ら調べに来ることはない、下の者にやらせる。その者たちこそが史書を書き直していると知らずに。だからこそ残っているのだ、正確な史実が。
「八家のガショウ家を地上におろしたか。もうそろそろ、三家への不満が爆発してくだらん争いが生まれそうだ」
「四六時中八家を見下した態度してりゃそうだ。上にいるときは三家への不満と悪口そこら中から聞こえたからな」
「相手が畏まってるから自分たちは尊敬されてるんだって思い込んでる。どんな事も自分にとってすべて都合の良いようにしか解釈できないのはある意味すげえわ。頭の中綿毛が詰まってそうだ」
「そうなると、八家はますます求めるね。陰の呪具を」
「三家はクソな年寄り共でも純血にゃ違いない、八家が全員で力を合わせ……ることはねえか、仲悪いもんなあいつら。まあとにかく、八家全員手を組んでも勝てるわけないからな」
だから求める、強い力を。まして昔から続く家柄なら、その討ち取った仙人とやらを知っている可能性は十分ある。呪具を知っている者もいるはずだ。
「チョウカ、悪い顔してんなあ」
「お前もだろ」
ニヤニヤ笑うチョウカとふふんと笑うラオ。考えていることは同じだ。
渡してたまるか、あの糞どもに。
「真正面からじゃ絶対敵わないじゃん、どうすんの」
「そんなもんお前。他の家の奴らの仕業に見せかけりゃいいだろ。あの家の仕業か!? それならこっちも! ってな? 勝手にずるずる足引っ張りあうさ。思い込みの激しさは仙人の右に出る者いないからな」
「悪知恵についてはチョウカの右に出る者いないよなあ」
「お褒め頂き光栄だ。いずれ史書に書き記してもらえるように頑張っていこうじゃねえか」
「何て書いてもらうため?」
「霊山に住みし陰の呪具を用いた陰の仙人と、陰龍、悪しき者ども。三家と八家を衰退させ天上界を混沌に陥れた張本人也」
「その書き方だと、最終的に討ち取られたって結末になりがちなんだけど」
「そこはまあ、ほら。書き手を俺らがやりゃいいのさ。隠れてやり過ごすのも落書きも得意だ」
「お前らしいや」
果たしてどのような史書ができあがるのか。本当にそのような史実が書かれるか否か、それはまた別のお話。これにて、おしまい。




