1 チョウカとラオ
その昔、まだ地上に神々が住んでいた時代。大地は隆起し平らな場所はなかった。神々は軽く地を蹴れば千里飛ぶことができたので困っていなかったが、植物以外の生き物が育たないからとまずは鳥を作った。鳥は空を飛べて全く困らなかったが、飛んでばかりで大地に動物が住まないからと脚力の強い鹿や山羊を作った。
それでは植物を食べてばかりだとそれらを狩る狼を作った。捕食者が住むには緩やかな地が必要だと山を削り川を作り、やがて人間を作ったという。
しかし人間が住むには険しいので自分たちの血を分け与えた仙人を作り、神々は大地から離れて天に帰った。
仙人は平らな大地を作って子孫を増やし、やがて人間が生まれた。人は村や道を作り、他の種族と交わることで莫大な数に増えた。やがて血は薄まり仙人の力を持っている者はほんの一握りとなった。仙人は天上に住み人は地上に住むこととなる。
「だから天に近い者ほど偉いってか。それなら鳥が一番偉いだろうが、阿呆くせえ」
「陰口やめとけよ、年寄りどもは地獄耳だぞチョウカ。お前もその血筋だろうに」
「血の滲むような努力で身に付けた知識や技術を、生まれつきのものだと言われると虚しいものさ」
チョウカは読んでいた歴史書を閉じるとポイと宙に向かって投げる。その歴史書は消えてなくなった。大切な歴史書を他所の者に見せないために不可視の術がかけられているのだ。
「で? 勉強嫌いのチョウカがどうして急に書庫を漁り始めたんだ」
幼馴染のラオに問われ、チョウカは近くにあった窓から外を見る。
「最近よく同じ夢を見る」
「同じ夢か。予見かな」
「どうかな、今から話すこと他の誰にも言うなよ」
「物騒だな、世界が滅びる夢でも見たのか」
仙人の血を引く者は特にこれができるとはっきり決まっているわけではない。ある者は物を自在に動かし、ある者は何里も先を見ることができるという。
チョウカも特別な力を持っているはずだが、特にこれというものは今まで他人に見せたことがなかった。だが確かに何かを感じることができるのだと知っているのは、幼い頃から共に過ごしてきたラオだけだ。
「太陽の真下に光の道が通っている」
「はあ、それで?」
「それだけだよ」
「なんだ、それだけか」
「お前今の話聞いて何もおかしいと思わないのかよ」
「うん? ……あれ、晴れてるんだよな太陽が出てるんだから。どうして光の道があるって見えるんだ?」
首をかしげるラオにチョウカは深いため息をついた。
「だから過去にそんなことなかったかなと思ってまずお前に聞いたんだろ。何も知らないって言うから自分で調べに来たんだよ」
「だってお前、俺が昼寝してるのにたたき起こして聞くから。寝ぼけてたんだって」
そう言うとラオも窓に近づく。ずっと快晴が続いている。雲一つない良い天気だと皆喜んでいるが、快晴が数か月も続くのはさすがにおかしい。
「純潔の三家、混血の八家。十一も一族がいて誰も何も言ってないけどな」
「じゃあいいじゃないか、何でそんなに必死に調べてるんだ」
孤児で問題児とされてきたチョウカ。そんな他人の評価もどこ吹く風で、自分のやりたいことをやりたいように生きているその太々しさはいっそ清々しい。だが珍しくその表情は固い。
「不安なんだ」
「え、熱ある?」
「へし折んぞコラ。からかうな、本気だよ」
「わかってるよ、お前の空気で。ボケただけだ」
二人の付き合いは長い。喧嘩を売られれば大喜びで買うような奴が不安だと言う。それはラオから見ればそれだけで大事だった。
「俺がただ臆病風に吹かれているだけだったら別にいい。だが……」
「空の変化は吉兆か凶兆だ。続く快晴、お前の夢。甘く見ない方がいいさ。それに今話していて思い出した、昔じいちゃんが言ってたことがある」
ラオの祖父は物知りだった。同じ話を百回ぐらいするのを抜けばとても頼りになる存在だった。
「滑り道って言ってたな」
「光の道のようなものが? 何が滑ってくるんだ」
「わからん、教えてくれなかった。そのままいなくなったし」
その言葉に沈黙がおりた。ラオがおじいちゃんっ子だったのは知っている。いなくなった時塞ぎこんで数日間部屋から出てこなかった。
「普通に考えれば、空から滑って来るなら天に住む者だろ。神様か?」
チョウカの真剣な顔にラオも顔を顰める。