09 ザカライア学院入学前に 03
私とコニーはお兄様に連れられて学院の敷地内を歩いています。お兄様はコニーにどの建物にどんな施設があるのかを説明してあげていますね。時々すれ違う人たちはお兄様に挨拶していきますが、私とコニーを誰だろうという様子で見る人もいました。食堂で私のことを紹介してもらいましたし、午前に会った人もいましたから、私はお兄様の妹だとわかっている人たちもいましたけどね。
コニーも私たちに打ち解けてきてくれているようです。それでもこの子は遠慮がちです。
「ところでコニーは今日学院に来たのかい? 食堂でも君を見た覚えはないのだけれど」
「は、はい。学院の図書館は貴重な蔵書がたくさんあると聞いていましたので、いても立ってもいられず、部屋に荷物を置いてすぐに図書館に行ったのですが……」
「ははは。そこまで本が好きなのか。本当にエマと気が合いそうだね」
「ええ。ただ私は度が過ぎているようなので、コニーに引かれるのではないかと不安です」
「そんな。引くことなんてありませんよ。私も先生から本が好きすぎると呆れられていたのですから」
本当にこの子とは気が合いそうですね。ワイズ伯爵家は賢者の家系ですから、本好きなことは基本的には褒められて家族から浮くというほどではなかったのですが、それは一般的ではないことくらいは私もわかっているつもりです。
「じゃあとりあえずは食堂に案内しようか。人は食べ物と水がなければ生きていけないからね」
「は、はい。恥ずかしながら、食堂の場所も確認してなくて……」
「それはいけません。おなかがすいたら、思考もまとまりませんよ」
「はい……先生からも、食事も忘れて没頭するのはやめるようにと叱られていたのですが……」
この子は私とそっくりです。私もお母様たちから何度もそのように叱られたのです。それで私も学習したのですが。
「ははは。エマ。耳が痛いんじゃないかい?」
「もう! お兄様! 私にも先達ぶらせてください!」
「え……じゃあエマさんも?」
「ああ。この子も本に没頭しすぎて食事の時間を忘れることがあって、何度も母上に叱られていたんだ。最近はそれも治ったとは聞いているんだけどね」
「お兄様……私の恥ずかしい過去を暴露しないでください……」
「この程度、かわいいものじゃないか。それにこれはエマが賢者として真摯であることを示すことだと思うよ」
まったくもう。お兄様ったら、時々私をからかうのです。害のない範囲で、しかも私に対する愛情が明らかですから、私も怒るに怒れずむくれるしかないのですが。
「オリヴァー先輩もエマさんも、兄妹仲がよろしいのですね……」
「ああ。エマはかわいい妹だからね」
「私にとっても、お兄様は自慢のお兄様です」
コニーの様子は、羨ましそうであると同時に、どこか陰りを帯びているように見えます。どうしたのでしょうか。ですが無神経に踏み込むのも良くないかもしれませんし……
「コニー。何か思うことがあるようだね」
「……」
「エマともっと仲良くなったら、いつか話してみるといいかもしれない。誰かに話せば楽になることもあるよ」
「……はい。その時は、オリヴァー先輩も聞いていただけますか?」
「ああ。もちろん」
「私もコニーとお互いの悩みを気軽に相談できるくらいに仲良くなりたいです」
「はい!」
さすがお兄様。出しゃばりすぎず、それでいてコニーの気持ちを軽くしてあげられたようです。こういう点では、私はお兄様の足下にも及ばないのでしょう。私は対人関係が足りないですしね。
ですが私も感心してばかりではいけません。私もこういったことも身につけなければなりません。人から信頼されるようになるために。
大賢者を目指すと言っても、ただ知識をため込んで魔法も身につければいいだけではなく、人との関わり合いも必要なのでしょう。ですが私は人間関係をどう構築すればいいのかがよくわかっていません。この学院をそれを学ぶ場にすればいいのです。
それにコニーとももっと仲良くなりたいですしね。うわべだけの付き合いでは、そのうち私のことは忘れられてしまうでしょうから……