46 兄との会話 02
ここで今回談話室を使わせてもらった目的の一つを伝えておこうと思いました。
「お兄様。クリフさんからお兄様とお父様に伝えてほしいと言われたことがあるのですが」
「クリフ殿下が君と内緒話をしたいと言っていた時の話かい?」
「はい」
クリフさんがその伝言を私に内緒話として言ったのは、あの場にはコニーもいて閲覧室には他にも人がいたからでしょう。
「王家はワイズ伯爵家とよしみを結びたいそうです。ワイズ伯爵家は歴史ある家で、アーヴィン王国建国の功労者でもあるからと。クリフさんがお兄様を宰相として招聘したいと言ったことも、それも理由の一つのようです」
「ああ。そのことか」
お兄様は冷静そのものな様子です。その言葉も素っ気ないです。
「そのことは時々ワイズ伯爵家にも伝えられているようなんだ。王家がワイズ伯爵家に報いたいと思ってくれているのは感謝するべきなんだろうけど、代々の当主は丁重に断って来たんだ」
「それは他の貴族たちの嫉妬を買わないようにですか?」
「それも理由の一つだね」
理由の一つ。つまり理由はそれだけではないようです。
「それにもう一つ。権力の中心にいないからこそ見えることもあるんだ」
「どういうことですか?」
「王家とその周辺は、どうしても王家と貴族のことが考える中心になって民のことが目に入りにくくなる。ワイズ伯爵家も権力の中心に行けば民の不満を察知できなくなる恐れもある。それは民からの支持と敬意を力の源泉の一つとするワイズ伯爵家にとって致命傷になるかもしれないんだ」
「なるほど……」
「そして我々が王国中に情報網を構築して民の不満をすくい取っているからこそ、王家に適切な提言ができて、王家のためにもなるという面もあるんだ」
「そういうことですか……」
難しい問題です。クリフさんとライラ殿下は是非ともお兄様を宰相に迎えたいという様子でした。私もお兄様なら立派にその役目をはたせると思います。ですがお兄様にも軽々と引き受けるわけにはいかない事情もあるのです。
「このことはクリフ殿下と私で話し合うよ。クリフ殿下もライラ殿下も私を随分見込んでくれているようだから、私自身で話して納得してもらうべきだろう」
「はい。お任せします」
「もしかしたら殿下方の熱意に私が折れることになるかもしれないけどね。仮に私が宰相位に就くとしても、地位を退いたらすぐに権力から距離を取る用意をしておけば、なんとかなるとは思う」
確かにクリフさんとライラ殿下の熱意はお兄様が折れることもありうると思えるほどでした。それにライラ殿下にとってはご自身の恋もかかっているのですし。ライラ殿下がお兄様に恋をしていることは、私の口からお兄様に言うわけにはいかないのですが。ですが、このお兄様の口ぶりだとやはりお兄様はライラ殿下の想いにも気づいていないのでしょうか……
私には気になっていることもあります。
「あの……お兄様。クリフさんの呼び名に殿下をつけているようですが」
お兄様もクリフさんの頼みを聞いて、あの方の名前を呼ぶ時には殿下はつけていなかったはずです。
お兄様の表情と声がぞっとするほど冷たいものになりました。
「クリフ殿下を本当に信じていいのか、私にはまだ判断できない。クリフ殿下の頼みだから人前では殿下という敬称はつけていないけれど、君の前だけでなら殿下をつけてもいいだろう」
「……お兄様はクリフさんを疑っているのですか? 高潔であるとよそおっていると」
「王族ともなれば、まだ大人扱いされていない年齢でも本音と建て前を使い分けることくらいはお手の物だろうね。そして私はクリフ殿下を本当に信じていいのか判断できていない」
「……はい」
お兄様はただの善良な人じゃない。それを改めて思い知りました。お兄様もクリフさんがその本性は下劣な人であるとまで疑っているわけではなさそうですが……
「お兄様はライラ殿下のことは信じているのですか?」
「ああ。ライラ殿下とは付き合いが長いしね。あの方は言葉遣いは少々きついけど、高潔で正義感の強い方だ。まっすぐすぎるという欠点もあるけど、それは周りの者でフォローすればどうとでもなるだろう」
お兄様のライラ殿下に対する評価は高いようです。これならライラ殿下の想いが実る可能性もあるのでしょうか。
気づいたら、お兄様の手を握る手に少し力が入っていました。お兄様が優しく握り返してくれてそれに気づいたのですが。
この際ですし、お兄様がライラ殿下を意識しているのか確かめてみましょうか。
「ライラ殿下も素敵な方ですし、お兄様も殿下の夫君候補に名乗りを上げてみますか? 王家はワイズ伯爵家とよしみを結びたいとのことですし、可能性くらいはあるかもしれませんよ?」
「え?」
……お兄様はキョトンとした顔をしています。やっぱりお兄様はライラ殿下の想いにも全く気づいていないようです……
「ライラ殿下となら私も仲良くできるとは思うけど、陛下がライラ殿下を私に降嫁させることを許可するとはさすがに思えないな。ディスキン先輩くらいの家柄ならともかく。ライラ殿下の政略結婚先にはもっと有力な貴族なり他国の王子なりいくらでも候補はある」
「……はい」
「何か言いたそうだけど、どうかしたかい?」
「……いえ。なんでもありません」
「そうかい?」
ライラ殿下はおそらくお兄様だけにエスコートをさせているのでしょうし、あの方の様子からしても普通は気づくと思うのですが……
ここまで恋愛に鈍いのは一種の罪としか思えません……




