43 夕食前に 01
図書館で本を読んだり議論をしたりしてしばらくの時間をすごし、お兄様が懐中時計を取り出しました。
「少し早いですが、そろそろ食堂に行きましょうか」
「そうですわね。本を読んで議論もして頭を使いましたから、何か甘いものを食べたい気分ですわ」
「では待つ時間に軽くお茶とお茶菓子を出していただくように、食堂の人に頼みましょうか」
「あら。エマ。あなた気が利きますわね」
食堂では時間が外れていても頼めばお茶とお茶菓子を出してくれるのです。貴族の子女相手の食堂ですから、お菓子を切らしていることはないでしょう。もし切らしていたらライラ殿下が怒るのではないかと、少し怖いですが。
ディスキン先輩たちも私たちの様子に時計をチェックしますが、まだここに残ろうとしているようです。夕食にはまだちょっと早いですからね。
「……」
「ですが、コンスタンスもここまで本に集中するとは感心しますわね」
「ええ。よほど本が好きなのでしょうね」
「ははは。本当にコニーは以前のエマそっくりです」
「お兄様……恥ずかしいです……」
コニーはまた本に集中して私たちの会話に気づいていないようです。このコニーの姿を見ると、以前の私はこのように見えていたのかと理解させられて恥ずかしいです。私がコニーの肩に触れたら、ビクッとしました。
「コニー。少し早いですが、食堂に行きますよ。ライラ殿下たちとお茶にしましょう」
「は、はい」
コニーもさすがにライラ殿下の名前を出されたらもっと本を読みたいとは言いませんでした。
「この子もいい賢者になれるかもしれませんわね」
「ええ。私はコニーをワイズ伯爵家に召し抱えることも考えているのですよ」
「あら。あなたもめざといですわね」
「臣下として取り立てるか、私の秘書になってもらうか、それともワイズ伯爵家の図書館で働いてもらうかなどを候補として考えているのですけどね」
「この子の様子からすると、図書館で働くのを一番喜びそうですわね」
コニーはライラ殿下の前で口を出すのははばかれるようですが、目をキラキラさせていますね。この子にとってもその進路は魅力的でしょう。コニーは図書館で働くのを最も希望するかもしれませんが、お兄様のそばで働くために秘書の方がいいか、どちらでしょうか。お兄様ならコニーをワイズ伯爵家で召し抱えても、コニーの故郷での治水事業に派遣することも考えてくれるでしょうしね。
「ただ、エマはコニーをライバルになってくれる子かもしれないと言っていますので、ワイズ伯爵家で独占するのはもったいない人材になれるのかもしれませんね」
「エマ。君はそこまでコニーを評価しているのかい?」
「はい。コニーの魔力は私にも劣らないようです。私はお母様から魔力量は人間離れしていると評価されているのですが」
「あら。ワイズ伯爵夫人にですか」
「それは王家としてもコニーにも目をつけておかないといけないね」
「お、畏れ多いです……」
私はコニーはライバルになってくれる子なのではないかと思っています。共に励み合い、さらなる高みを目指す。そのコニーをワイズ伯爵家で独占してしまうのは、ちょっともったいないかもしれません。コニーがお兄様に嫁ぐのなら、この子はワイズ伯爵家に所属するのですが。ちなみに私のお母様は王国でも有数の魔法使いとして有名だそうです。
「でもだからこそオリヴァー先輩にコニーを召し抱えてもらう方がいいかもしれないけどね」
「そうですわね。ワイズ伯爵家は王家に進言や諫言をして王国に貢献してくれています。ワイズ伯爵家の存在がなければ王家は堕落してしまうかもしれません。そのワイズ伯爵家にも優秀な人材が必要です」
クリフさんとライラ殿下は、王家が自分たちを律するのにワイズ伯爵家が役に立っていると評価してくださっているようです。実際お兄様の話からするとワイズ伯爵家はそのように機能しているのでしょう。
「それに平民のこの子を王国で召し抱えても、能力に見合った地位を与えられるかわかりません」
「そうですね。王宮でも私の考え方は決して主流派じゃない。そこにコニーを召し抱えても、飼い殺しになってしまう恐れもあるのは事実だ」
それは悲しいことにありうる未来なのかもしれません。平民のコニーが高い地位を与えられたら、周囲の貴族たちは納得しない人が多いだろうとは思います。そう考えると、コニーはワイズ伯爵家で召し抱えるのが最善策なのでしょうか……
「では食堂に行きましょうか。オリヴァー。エスコートしてくださる?」
「仰せのままに」
お兄様が完璧な礼をしてライラ殿下の手を取ります。ライラ殿下は微笑みを浮かべます。こうして見るととてもお似合いですね。お兄様にエスコートしてもらえるライラ殿下がちょっと羨ましいです。
「エマ。エスコートするよ」
「ではお願いします。クリフさん」
「ああ。喜んで」
私にはクリフさんがエスコートすると申し出てくれました。さすが王子様だけあって気品があります。
ですが受ける私の内心には迷いがありました。
まず一つは恥ずかしいこと。私もパーティーなどでお兄様にエスコートされることはありましたが、他の殿方にそうされるのは恥ずかしいです。
もっと深刻なのが、他の貴族令嬢たちから嫉妬されるかもしれないこと。クリフさんは王太子殿下です。そのクリフさんにエスコートされているところを見られれば、下世話な想像をする人もいるでしょう。
かといって断ることもできません。クリフさんは善意で言ってくれているのに断るのは申し訳ありませんし、なにより王太子殿下のエスコートの申し出を断ることなど不可能です。嫌というわけではないのですが……
「コニーはエスコートしてあげられないのはすまないね」
「い、いえ。私は平民ですから、エスコートしていただくなんていくらなんでも畏れ多いです」
ですがクリフさんもいい人なのでしょうね。平民のコニーにも素直に謝っているのですから。ポーズの可能性もないわけではありませんが、ポーズでは王太子殿下が平民に謝ることなどありえないでしょう。




