04 転生少女は大賢者を目指す 03
お父様が気を引き締めた様子になりました。
「そういえば、エマ」
「はい。お父様」
「私も調べているのだが、異世界に手紙を届ける術はまだ見つかっていない。すまない……」
「いえ。これは私のわがままですから。お父様はお気になさらず」
そう、今世の私の家族たちは、私がこことは違う世界で一回人生を終えていることを知っているのです。その上で家族たちは私を愛してくれているのです。そして私のわがままをかなえようとしてくれているのです。
私には前世の世界に戻りたいという意思はありません。病弱で自分一人ではなにもできなかった私には、そう思えるほど前世の世界に対する思い入れはないのです。
ですが、私を愛してくれた前世の世界の家族たちには、せめて今の私は幸せにしているという手紙を届けたいと思うのです。その私の思いを今世の世界の家族たちも理解して、手伝ってくれようとしているのです。私が前世の世界に帰りたいと言いだしたら、お父様たちは引き留めようとするでしょうけどね。
「異世界への移動。それは魂と記憶だけとはいえエマという実例がある以上は、不可能ではないのだろう。召喚魔法には異世界の存在を呼び寄せるものもある。送還魔法の応用で、手紙を異世界に届けることも不可能ではないのかもしれない」
「はい」
「だがエマがいたという世界は、この世界とは違いすぎる。おぼろげであっても知られている異界とも異なる。そんな世界の話は、書物にも読んだ覚えはない」
「はい」
今のお父様は娘を溺愛する父親ではなく、賢者としてのワイズ伯爵家当主なのでしょう。その表情と言葉は知的で威厳があります。
私は前世で本や番組を見て取得した知識もいくらかお父様たちに話しています。そのこともあって、お父様たちは私が異世界で一度生きて死んだことを信じてくれたのです。異世界の知識は、この世界のものとは全く異なるのですから。そしてその知識のいくつかは、この世界でも実証できたのですから。それは私の妄想ではないと、お父様たちも信じてくれたのです。
「情けない話だが、今のところ私にはエマがいた異世界に手紙を届ける手段は皆目見当もつかない。それこそ神々の助力を得るくらいしか」
「はい」
「だが大賢者ともなれば、それも自力で可能になるのかもしれない」
「はい。私は大賢者を目指します」
これが私が大賢者を目指すもう一つの理由です。人々のためという立派な理由からではありません。前世の家族に手紙を届けたい。そんな卑小な理由からなのです。
ですが大賢者でもないとそれを成し遂げられるとも思えないのも事実です。神々がこんな個人的なことに力を貸してくれるとは思えません。自分の力でするしかないのです。私が前世の記憶を持ったままこの世界に来たのは、神々の気まぐれという可能性も否定はできないのですが。
前世の家族に手紙を届けるためには、いくつもの課題があります。
まずは異世界へ手紙を送るにはどうすればいいのか。それは召喚魔法と対になる送還魔法の応用でどうにかなるかもしれません。召喚魔法には異界の存在を呼び出すものがあり、それら異界の存在を送還する魔法もあるのです。
もう一つは、私がかつていた異世界がどこにあるのかわからないということです。目的地がどこにあるのかもわからないのに、手紙を届けられるはずがありません。そしてその世界がわかっても、その世界のどこかにいる前世の家族に正確に手紙を届けるのはどうすればいいのか、皆目見当もつきません。私という存在の縁で見出すことができるかもしれませんが……
「だが、こと時間の問題はたとえ大賢者でもどうにかできるのか……」
「はい……」
そして最後が、時間。前世の世界と今世の世界が連続した時間であるという保証はありません。場合によっては時間を前に進めたりさかのぼったりする必要があるかもしれません。時間操作の魔法など、伝説に語られているだけで、実在するのかさえわかりません。時を流離い、時を自在に操る名もなき神の伝説もあるようですが。
それらの問題を解決するためにも、私は大賢者を目指そうと思うのです。たとえ大賢者になれても、それを実現できるかはわからないのですが……
ですが私が大賢者になれば、今世の家族の力になることはできます。それだけでも大賢者を目指す意義はあるのです。