39 王子様との内緒話 01
あの会話の後、私たちはライラ殿下とクリフさんも加わって本を読んでいます。殿下方も土木や治水の入門書を読んでいます。この方々も魔族の脅威以前に王国が衰退してしまう恐れがあることに危機感を抱いているのでしょう。閲覧室にいる人たちもそれぞれのことに戻りましたが、土木や治水の本を読んでいる人も何人もいるようです。
そうしてしばらく本を読んでいましたら、クリフさんが私に視線を向けていることに気づきました。私とクリフさんの視線が合います。
「エマ。ちょっと内緒話がしたいんだけど、いいかい?」
「は、はい」
「姉上。オリヴァー先輩。少しエマを連れ出します」
私に内緒話とはなんでしょう。ライラ殿下とお兄様もその顔に疑問符を浮かべています。
「どうせですから、コンスタンスも連れて行っては?」
「……」
「……完全に本に集中しているようですわね」
「ははは。コニーのこういうところはしばらく前のエマそっくりです」
「仕方ありません。二人で行ってらっしゃい」
「はい」
ライラ殿下はお兄様と二人きりになりたかったのでしょうか。コニーは完全に本に集中しているようで、二人きり同然になるのですが。
そして私とクリフさんは広い閲覧室の、返却用書架で物陰になっている人がいない所に来ました。声を潜めれば他の人には聞こえないでしょう。
「エマ。音遮断の魔法は使えるかい?」
「はい。使いますか?」
「ああ。頼むよ」
「はい。サイレンス」
周囲の音が全く聞こえなくなります。この中の音も周囲には聞こえなくなっているはずです。
音遮断の魔法は図書館内でも使用は禁止されていません。それどころか議論をしたい時など他の人の迷惑になりかねない時は積極的に使うことが推奨されているようですね。風属性の魔法を使える魔法使いでなければこの魔法は使えないのですが。属性魔法使いも使える属性と魔法は人によって異なるのです。
「君は短縮魔法も使えるのか」
「はい。まだ未熟ですが」
クリフさんが感心したように言いました。本来は音遮断の魔法の文言はもう少し長いのです。ですが熟達した魔法使いは呪文を省略できるのです。
「さて。エマ」
「はい」
クリフさんの表情は真剣です。こんな表情を向けられたら勘違いしてしまう女の子もいそうです。
「オリヴァー先輩に、姉上のことをどう思っているかそれとなく聞いてくれないかい?」
「……やっぱりライラ殿下は?」
「ああ。君も気づいているようだけど、姉上はオリヴァー先輩にベタ惚れのようでね。私や父上たちの前でも事あるごとにオリヴァー先輩の話題を出すんだ。姉上はあんな性格だから、素直になれないようだけどね」
いろいろな意味でどうしたらいいものかわかりません。あの様子から推測はしていましたが、まさか第一王女殿下までお兄様に惹かれているとは……
「あの……お兄様はどうも恋愛関係ではものすごく鈍いようなのですが……他の方からも好意を寄せられているようですが、それにも全く気づいていないようですし……」
「ニューランズ侯爵のご令嬢かい? 姉上がライバルとしてしばしば名前を出すんだけど」
「……はい」
パトリシア先輩はライラ殿下をお友達と言っていましたけど、実質的にはライバルのようです。それも恋のライバルでもあるのですか……
「まあ姉上もオリヴァー先輩はこと恋愛に関しては鈍すぎると愚痴をこぼしていたしねぇ……」
「はい……」
お兄様はおそらくライラ殿下の想いにも気づいていないのでしょう。あれだけわかりやすいパトリシア先輩の想いにも気づいていないのですし……
「かといって、私からライラ殿下の想いをお兄様に伝えるわけにもいかないですよね……?」
「そうしたら姉上は怒るだろうねぇ……どうもオリヴァー先輩の方から姉上を求めさせると意地になっているようでねぇ……」
「おそらくお兄様はライラ殿下から言われないと気づかないかと……お父様からいい人はいないのかと聞かれていました時にも、お兄様は勉学を優先したいと言っていましたし……自分はおそらく政略結婚をすることになるだろうとも……」
「そうか……」
お兄様を取り巻く恋愛構造が見えてきたように思います。おそらくライラ殿下とパトリシア先輩がお兄様の気を引こうと競争のようになっているのではないかと思います。その渦中のお兄様は全く気づいていないのでしょうが……
お兄様もあそこまで恋愛に鈍いのはやはり一種の罪ではないかと思います……
「お兄様はライラ殿下を好ましい方だと思っているのだとは思いますが……」
「ただ、恋愛感情まであるようには見えない、かい?」
「……はい」
少なくとも私が見る限りでは、お兄様にライラ殿下に対する恋愛感情があるようには見えませんでした。それはクリフさんも気づいているようですが……




