38 王女様と王子様 07
ふと、ライラ殿下が机に置かれたお兄様が読んでいた本に気を止めました。
「オリヴァー。あなたはなんの本を読んでいたのですか?」
「治水と土木に関する本です。コニーの故郷が数年に一回大きな洪水に見舞われるとのことで、治水について学びたいと言いますので。この子はまだ入門書を読んでいる段階ですが、よさげな本を私とエマでも見繕って教えてあげておこうと」
そのお兄様の言葉にライラ殿下がコニーを見ました。その鋭い視線にコニーはビクッとします。コニーには悪いですが、小動物みたいでかわいいと思ってしまいました。
「コンスタンス。あなたの故郷はどこなのですか?」
「ホルボーン子爵様の領地です……領主様も治水に力を入れてくださっているのですが……ここ数回、洪水の被害が大きくなってきているそうで……」
「姉上。そういえばホルボーン子爵は天災対応のために対魔族兵役の負担軽減を願い出ていたはずです。領地の対応をしないことには兵を出すどころではないと」
「そうですわね……そのような話はいくつか聞いておりますし……」
私はそのあたりのことはよくわかりません。私も貴族の令嬢として政治に関する教育も少しは受けていますが、ワイズ伯爵家の実務には全く触っていません。ワイズ伯爵家の領地ではそのような問題があるとは聞いていませんが。
お兄様を見たら、お兄様は真剣な顔をして口を開こうとしていました。
「クリフ殿下。ライラ殿下。私も父上から聞いていますが、全王国的に先王国時代の土木建造物が老朽化し、小手先の対処では間に合わない本格的な対処が必要な時が来ているようだとのことです」
「……」
「国家事業としての対処が必要であろうから、宰相閣下に進言をしているとも聞いています」
「私は聞いていなかったな……貴族たちの領地で国家事業をするのは厄介だから対処に苦慮しているというあたりか……まだ調査中段階ということも考えられるが……」
「そうですわね。父上はワイズ伯爵の進言は知っているでしょう。私たちに伝えていなかっただけで」
私はもちろん初耳ですが、クリフ殿下とライラ殿下も初耳だったようです。先王国も衰退する前は強大な国力を誇っていたようで、その遺産としての土木建造物も王国各地に残されているそうです。大勢の魔法使いが建造に携わったというそれらには雄大なものもいくつもあるそうですが、それらも永続的に使えるものではなかったということなのでしょう。
「王国各地で天災の被害が拡大し生産力が落ちれば、兵力も減少する恐れもあります。それは王国の衰退にもつながりかねない危機であると、殿下方にも進言します」
「……はい」
「……そうですわね」
お兄様の言葉に殿下方も危機感を露わにします。私も危機感があります。確かにそれは王国の危機になりかねないと思えるのですから。そしてショックも受けています。大賢者を目指している私がこんなことも知らなかったのかと。
「姉上。オリヴァー先輩の言うとおりならば、これは忍び寄りつつある王国全体の危機です。魔族との戦いより前に我が国が弱体化してしまうかもしれません。私たちで父上にせっつきましょう」
「そうですわね。夕食の後、父上に手紙を書きなさい。私も署名しますわ」
「はい!」
殿下方のみならず、閲覧室の人たちもざわざわし始めます。そういえば自分の家の領地でも問題が発生しているようだとか、うちは大丈夫なのかとか。ディクソン先輩も難しい顔をしています。
「そして姉上。学院の長期休みに私と姉上とオリヴァー先輩とエマとコニーで、そのような現場に行って視察しませんか? 我々も現場を知ることが必要だと思うのです」
「……そうですわね。ですがあなたたちは邪魔……いえ、当面は私とオリヴァーだけで行けば十分です」
「姉上……私も現場を経験したいのです。コニーにとっても故郷のために働くためにも現場を経験をすることは必要でしょう」
ライラ殿下は私たちは邪魔と言いかけましたよね……
ライラ殿下はお兄様と二人きりになりたかったのでしょうか。まさかライラ殿下もお兄様のことが……
コニーもそのことには気づいている様子です。でも現場を経験させてもらえるというクリフ殿下の言葉に、口には出せないようですけど行きたそうにしています。この子は本当に故郷の人たちのことを思っているのでしょう。
お兄様が口を開きます。
「ライラ殿下。私からもお願いいたします。王国各地で土木や治水の知識を広めるためにも。エマとコニーも手分けして赴けるようになれば、より効率的に対処できるようになる可能性があります。そのためにはクリフ殿下に加えこの子たちも現場を経験することは、王国にとっても有意義でしょう」
「……わかりましたわ。あなたの言葉は実にもっともです。反論のしようがないほどに。クリフ。その旨も父上への手紙に書きなさい」
「はい!」
ライラ殿下は渋々という様子ですが認めてくださいました。コニーも喜びをその顔に浮かべていますね。
そして私も喜びを感じています。お兄様は私にも重要な仕事を任せてくれるつもりだということなのですから。それは私が大賢者を目指す上での糧にもなるでしょう。私も治水や土木に関する勉強もしなければなりません。他のことの勉強も疎かにはできませんが。
もちろん土木や治水の知識は、前世の世界の家族たちに手紙を届ける役には立たないでしょう。ですがこの事業で私も活躍すれば、大勢の人に私のことを記憶してもらえるようになる可能性があります。私は今世でも誰にも覚えてもらえないまま一生を終えるのは嫌です。




