37 王女様と王子様 06
クリフ殿下がお兄様に視線を移しました。
「唐突だとは思いますが、オリヴァー先輩。私がいずれ王位に就いたら、あなたを宰相として招聘したい。先程のあなたの言葉を聞いて、そして姉上から聞いていたあなたについての話も合わせて、あなたになら任せられると考えました」
宰相。それは王を補佐して王国の政治を取り仕切る要職です。普通の貴族ならば是が非でもその栄光を手にしたいと思うものなのでしょう。クリフ殿下は王太子なのですから、殿下がいずれ王位に就くことになり宰相の任命権も得るのでしょう。
ですがお兄様は言っていました。ワイズ伯爵家は権力に近づきすぎないことによって生き残って来たのだと。歴代の当主全てがそれを意識していたのかまではわかりませんが、ワイズ家には過去に宰相になった方はいないことは事実です。
閲覧室の人たちの空気が緊張したものになったことを感じました。未来の宰相となれば、貴族たちが関心を示すのは当然なのでしょう。もしかしたらその座を狙う野心を持っている人もこの場にもいるかもしれません。ディクソン先輩は感心しつつも納得するような様子で、コニーとトビー先輩はキラキラした尊敬の目でお兄様を見ているようです。
お兄様が返答します。
「謹んで辞退させていただきます。ワイズ伯爵家、そして私の考え方は王国の貴族社会における主流派ではありません。そんな中、仮に私が宰相になりましたら、私に対する貴族たちの反感が王家にまで向けられてしまう恐れもあります」
「ですが……」
クリフ殿下もお兄様の言葉を否定はできない様子です。諦められないという様子も見せていますが。それほどに殿下はお兄様を見込んでくださっているのでしょう。おそらくは政治信条を同じくする同士として。
お兄様には裏の思惑もあるのでしょう。権力には近づきすぎたくないという。ただお兄様の言ったこともありうるとは思います。お兄様は一部は本当のことを言って、本心の一部は隠しているのではないかと思います。それはワイズ伯爵家次期当主としての政治手腕なのかもしれません。
私もお兄様はただ善良なだけの人ではないと理解しました。そしてこんな芸当は少なくとも今の私には無理でしょう。
「それに私自身まだ未熟者です。成長して経験を積んでも、宰相になれるにふさわしい能力を獲得できるかも不明です」
「……はい。ですが私があなたを宰相に就けることを望んでいることは覚えておいてください」
「そうですわね。オリヴァー。あなたには宰相の任を立派に果たすに足る能力と人格的な魅力があると、私は確信していますわ」
「過分なご評価、恐縮です」
ただ、クリフ殿下もライラ殿下もお兄様を逃がしてくれる様子はなさそうです。お兄様なら良い方策を導き出すのかもしれませんが、私には思いつきません。ですが私もお兄様をお手伝いするためには自分でも考える必要があります。どうしたものでしょうか……
「オリヴァー。あなたは大賢者を目指せる人です。そのあなたを宰相として迎え入れれば、王国の威信も高まります。それはあなたも理解しているのでしょう?」
「私もエマと共に大賢者を目指すとは決めました。ですが必ずしも大賢者が宰相としてふさわしい能力を持つとは限らないと思うのです」
「ふぅ……あなたは誠実すぎますわね。もう少し野心を持ってもいいですのに」
「ははは。姉上。ワイズ伯爵家の方々は代々野心に乏しいようですから」
「はぁ……そうなのですが……」
ライラ殿下はお兄様をどうしても宰相として迎えたいようです。なにやらもどかしそうにしていますね。ライラ殿下もお兄様が大賢者を目指せる人だと評価してくださっているのは誇らしいです。お兄様が私と一緒に大賢者を目指すとこの方たちの前で言ってくれたのもうれしいですしね。
ただワイズ伯爵家が代々権力を握ろうとはしていなかったことは王家の方々も知っているようです。これならそのうち諦めてくれるでしょうか。
「ところでエマも大賢者を目指しているのかい?」
「はい。私が大賢者を目指すのは立派な理由があるわけではないのですが、結果としてそれが人々のためになるならそれでいいのだと、お兄様は言ってくれました」
「道理だ。人が夢を目指す理由なんて人それぞれだと思う。私も応援するよ」
「ありがとうございます」
クリフ殿下も応援してくれました。私が大賢者になれれば国益になるという冷静な打算もあるかもしれませんけどね。




