25 兄との会話 02
お兄様がためらうような、怖いというような様子になります。疑問に思う私に、お兄様が口を開きます。
「これから言うことを君に知られるのは、正直に言うと怖い。だけど家族である君には知ってもらいたい。私が本当はどんな人間なのかと」
お兄様は私から目をそらしています。本当にお兄様は恐れているのでしょう。
私は長椅子から立ち上がり、対面に座っているお兄様の方に移動し、お兄様の隣に座ります。そしてお兄様にもたれかかり、お兄様の手に私の手を重ねます。
「私も怖いです。信じていたものが崩れ去るのではないかと。ですがお兄様は私を愛してくれています。お父様やお母様と同じように。そのお兄様を信じたいです」
お兄様が、重ねた私の手を握ります。その手は温かいです。
「……私はエマが思っているような完璧な人間じゃない。褒められれば気分が良くなるし、けなされれば不快になる。嫉妬だってする。そんな普通の人間なんだ」
それは当然と言えば当然のことです。ですが私がお兄様を理想的な人だと思って尊敬していたのは、お兄様にとって負担だったのでしょうか……
そう心配になってお兄様の手を握ったら、お兄様は握り返してくれました。
「そして……私は大切なもののためなら汚いことだってする。私は君が思っているような善良な人間じゃない」
「……」
正直に言うと少しショックです。ですが私はそれを自分が受け入れていることに気づきました。
私はお兄様に体をもう少し強く押しつけて、頭をお兄様の肩に預けました。お兄様がビクッとします。
「ディスキン先輩は言っていました。お兄様は単純ないい人ではないと。お兄様は大賢者を目指せる人だと」
「……あの人は私の本性に気づいているからね。そしてたぶんここで言わなくてもいずれ君も気づいただろう」
あの時のディスキン先輩の言葉と記憶が結びついて、唐突に思い出したのです。私たちの先祖、大賢者ザカライア・ワイズの残した手記を。勝つためにはなんでもやったという先祖を。お父様はお兄様こそが大賢者に近いかもしれないと言っていたことを。
「私は大賢者を目指しています。ですがそれは寛大で公正、高潔な理想化された大賢者像なのでしょう。幻想としての誰もが褒めそやす大賢者像なのでしょう」
「……」
ですが先祖の残した手記は、その理想化された姿とは異なったものでした。
「大賢者ザカライアは、汚いことでもなんでもやって民のためになるならそれで良いという人だったようです」
「……」
「お兄様は大賢者ザカライアの後継者としての、理想化されていない意味での大賢者になれる人なのかもしれませんね」
お兄様が私の手を握る手に少し力を込めました。痛くはないように、優しく。
「……こんな私を、君は受け入れてくれるだろうか?」
「はい。私は無知だったのでしょう。私は愚かだったのでしょう。ただ理想さえ目指せば、いい結果を導き出せると信じていました。ですが決してそうなると保証されているわけではないのでしょう」
「……」
「それをお兄様は私に教えてくださろうとしているのでしょう?」
「……ああ。私は君が心配だった。君は優しすぎる」
「そうなのかもしれません。改めてお兄様を尊敬しました」
「……」
私の手を握るお兄様の手を、もう一方の手も使って包むようにします。
お兄様は私に軽蔑されないか心配だったのではないかと思います。ですが私の心の内にあるのは、これまで以上の敬意。私はお兄様をただいい兄と思うのではなく、共に大賢者を目指せる人としての敬意を抱いたのです。
「ですが私は優しい心を忘れないまま大賢者を目指したいと思います。現実は受け入れて」
「……ああ。私も応援するよ」
お兄様が私を応援してくれるのは、これまで以上に心強いです。
「そんな私を見守ってくれますか? そして私と共に大賢者を目指してくれますか? お兄様と私の目指す大賢者像は、少し方向性が違うのでしょうけどね」
「……ああ。そして君はこれまでのように私を兄と思ってくれるだろうか?」
「はい。お兄様は私の自慢のお兄様です」
お兄様の手を引き寄せて、その手の甲にキスをします。これは誓いです。お兄様と共に大賢者を目指すという。
改めて確信しました。私は幸せ者だと。今世でもこれほどに愛してくれる家族がいるのですから。
手の甲にキスをされたお兄様が気恥ずかしそうに身じろぎしたのは、かわいいと思ってしまいましたけどね。ですが女性である私から男性であるお兄様に手の甲とはいえキスするのは、はしたなかったでしょうか……




