12 時間外の食堂にて 03
一人、私服ですが明らかに身なりが良く貴族だとわかる男の人が近づいてきました。先程まで一人で勉強をしていたようですが。たくましくて精悍な印象の人ですね。
「オリヴァー。お前の妹はともかくとして、早速平民の取り込みか?」
「ええ。ディスキン先輩。この子たちも嫌な思いをしてしまう前に心の準備をさせてあげないといけませんからね」
「ふん……私はディスキン侯爵家のダニエル・ディスキン。騎士科の四年になる。覚えておくといい」
「エマたちもわかっているだろうけど、ディスキン先輩は貴族派だよ」
ディスキン先輩は嫌みたらしい言葉をお兄様にかけています。四年といえばザカライア学院の生徒でも最年長です。お兄様は今年三年になりますからディスキン先輩はお兄様の一歳年上ですね。そしてディスキン侯爵家といえばアーヴィン王国でも有力な貴族でワイズ伯爵家よりも格上です。
私はこの人に反発心を感じています。コニーは怯えているようです。ですが名乗られたからには名乗り返さなければなりません。
「ワイズ伯爵家の娘エマ・ワイズと申します。今年から学院に入学させていただきます。私は未熟者ですので、よろしくご鞭撻のほどをお願いいたします」
「ほう。なかなかに堂々として、それでいて礼儀をわきまえている。いい子じゃないか」
「ええ。自慢の妹です」
「私とオリヴァーは意見が対立する点もあるが、この男は君にとって頼りになるだろう。何かあればすぐにオリヴァーを頼るといい」
「は、はい」
私は戸惑っています。ディスキン先輩は私に穏やかな笑みを向けてくれたのですから。しかもお兄様を認めるようなことを言ったのですから。
「あ、あの……私」
「平民の自己紹介など不要だ。わざわざ私が覚える価値はない」
「……」
私に続いておどおどと自己紹介をしようとしたコニーの言葉を、ディスキン先輩はバッサリと切り捨てました。その声も冷然としています。そのディスキン先輩をトビー先輩たちは友好的ではない目で見ています。
「私は平民がこの学院に入学することは気に入らない。兵役に就いているわけではない民は、我ら貴族に守られてただ穏やかに暮らしていればいいのだ」
「……」
ですが、ディスキン先輩も必ずしも悪い人というわけではなさそうです。この人は民を守るべきという誇りを持っているのではないかと思います。それだからこそ、平民がでしゃばることを好まないのかもしれません。その上で私はこの人に反発心を感じています。
「まあこんな感じで、貴族派の人たちは平民を見下している。ディスキン先輩はこれでも穏やかな方だ」
「まあな。貴族派にも貴族の名に恥じるような品性の下劣な輩もいる。私は奴らが嫌いだが、奴らも一応は貴族だ。忌々しいことにな」
お兄様はディスキン先輩を嫌ってはいないようです。ディスキン先輩もお兄様を認めているように見えます。ディスキン先輩は貴族として高潔であろうとしている人なのかもしれません。少なくともこの人は悪い人だとは思えません。ただ考え方の対立があるだけで。
「あとエマ。君も意識しておくといい。人道派も見込みのある者ばかりではない。民は無垢であるというのも幻想にすぎない」
「まあそれも事実ではあるよ。貴族にも平民にもいい人もいれば悪い人もいる。それが現実だ」
「はい」
ディスキン先輩の言葉もお兄様の言葉もおそらくは正しいのでしょう。私は屋敷の使用人以外の平民とふれあった経験はほとんどないのですが。
私が読んだ大賢者ザカライアが書いた本にも、民を慈しめ、でも信じるなということを書いたものもありました。民にもずる賢い人たちはいると。ですがその本の主眼はあくまで統治者は民を慈しむようにということでした。ただ信じすぎると足下をすくわれると。
私もそれを意識しておく必要はあるのでしょう。コニーとトビー先輩はおそらくいい人なのだろうとは思いますけどね。




