01 ある少女の終わりと、新たなる始まり
― 絵真 ―
私は、なにもできなかった……
人の心に残るようなことはなにも……
「絵真……」
「絵真……死なないで……もっと私たちと一緒にいて……」
「絵真……明日も一緒に図書館に行こう……?」
私は病院のベッドで死の床についている。その私を囲んでいるのは、お父さんとお母さんとお姉ちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんたちは、悲しみに耐えられないと、お父さんたちと私を話させてあげようと、部屋の隅の方で泣いている。お父さんたちから感じられるのは、大部分の悲しみと、ほんの少しの安堵。
お父さんたちも私のお世話に本当に苦労してたんだろうから、それが終わるのをホッとするのも当然だと思う。むしろ、私の方が申し訳なかった。これで家族たちを私のお世話から解放してあげられる。そんなことを言うと、お父さんたちをさらに悲しませちゃうだろうから、言わないけど。それでもお父さんたちは悲しんでくれている。
思えば、私は生まれてから十五年ほど、家族たちに迷惑ばかりかけてきた。私は生まれつき病弱だった。その私は学校にも通えず、外出するといえばお医者さんと図書館くらい。読み書きや勉強はお母さんとお姉ちゃんが教えてくれた。仕事で忙しいお父さんも休みの日には教えてくれた。
「お姉ちゃん……ごめんね……借りていた本は……返しておいてね……」
「そんなこと言わないでよ……一緒に返しに行こう……?」
「ごめんね……」
私は一人では外出することもままならないことの気晴らしなのか、本を読むのが好きだった。お姉ちゃんたちもその私に付き合ってくれて、図書館に連れて行ってくれた。お父さんも私が喜びそうな本を買ってきてくれた。私は一度読んだ本は克明に覚えちゃうから、主に図書館で本を借りていたんだけど。私が好んで読んだのは恋愛小説とかじゃなくて、特にジャンルを限定しない難しい本。それは年頃の女の子らしくはなかったのかもしれない。でも、それもおしまい。
「お父さん……お母さん……お姉ちゃん……おじいちゃんたちとおばあちゃんたちも……今までありがとう……」
「絵真……」
家族に感謝しているのは本心だ。でも、なんで健康な体で産んでくれなかったのかと両親を恨んだこともあるのと、姉妹なのになんでお姉ちゃんだけ健康なのかと嫉妬しちゃったことがあるのは、私の心の闇として誰にも言わないままに死んでいこう。
お父さんたちもお医者さんたちも、可能な限り私を長く生きさせようと懸命に努力してくれていた。でも生まれつき乏しかった私の生命力も、限界まで引き延ばされて、これ以上は無理というほど薄くなって、もうおしまいということは私自身がよくわかっている。
「どうか……私のことを……忘れないでね……」
最後の力を振り絞ってそれを言って、意識が薄くなっていく。次は、目覚めることはないんだろう。
でも心残りはある。私は家族たち以外の誰にも記憶されることもなく死んでいく。私は誰かに覚えていてほしかった……
そうして目をつむって、また薄く目が開いた。体がろくに動かせないのは変わらない。でも、私は元気な泣き声を上げている。私にはもうそんな体力はないはずなのに。それにこの声は、赤ちゃん……?
「旦那様! 奥様! 元気な女の子ですよ!」
「おお……オーレリア、よくぞ頑張った! この子の名前はエマだ!」
周囲の人たちがなにを言ってるのか、理解できない。それは言葉の意味以前に、私が知らない言語だからのようだ。だけど、私の耳はエマという言葉をとらえた。
考えがよくまとまらない。頭に霞がかかったというか、考えるということがよくできない……
なにが起こっているの……?
― ??? ―
哀れな少女の魂はとある世界に迷い込んでしまいました。
それは神の気まぐれか、はたまた単なる偶然か。
そこで少女はどのような運命をたどるのでございましょうか。
偉大な業績を残すのか、平凡な幸せを掴むのか、奈落に落ちるのか。
また何もなすことなく短い一生を終える可能性もございます。
私には少女の行き着く先は見えておるのですが、人の運命などいくらでも変わるもの。
私は少女に特別な力など与えませぬ。
私は少女に助力などしませぬ。
私は少女に使命など与えませぬ。
私はただ観察するのみでございます。
私が何者かだって?
そんなことはどうでもよろしい。
神、悪魔、観測者、傍観者、超越者、魔物、どうとでも呼べばよろしい。
はてさて、少女はどのような運命をたどるのでございましょうか。
私としては、人がどんな生をたどるのかを観察するのは、ちょっとした退屈しのぎでございます。
全ての物事が思い通りに進むのは、最初は楽しく思うものにございます。
しかし次第に飽きてくるものにございます。
私は世界を観察するうちに、波紋を引き起こす存在に興味を持つようになったのでございます。
そしてこの少女は大なり小なりの波紋を引き起こすかもしれませぬ。
少女は前世の記憶を持ったままとはいえ、幼いうちは脳も体も未成熟で、思考も含めて十分な活動はできませぬ。
生まれ変わった少女が子供のうちは特に面白いと言うほどの出来事もありませぬ故、次の場面は少女が15歳くらいに成長したころにございます。
私にとっては時の前後など意味のないことなれば、この程度の時の流れを飛ばすことなど造作もございませぬ。
少女が無事そこまで成長できればの話でございますが。
なにしろ人の運命などいくらでも変わります故、それまでに少女が命を落とすことも十分にあるうるのでございますれば。