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行を跨がず言えること  作者: 烏合衆国
第三章 言いたいことが/ない
34/46

▽▽の場合②


 上背があるぶん、振るう刀も一般的なものより長い。まずは大きく横に薙いできた。ゲンは一旦後ろに下がる。


 ゲンは間合いに気をつけながら詠唱のタイミングを見計らう。狙い所は攻撃が終わった瞬間か。


 何をするかは決めている。少し思いついたことがあるのだ。いきなり実践で試すことになったが仕方ない。リューが、距離を詰めながら突きを繰り出す。ゲンはギリギリで躱して、



「『()()()()――()()()()』」



 そう唱えた――


 リューの刀は。()()()()()()()()()()()()()。刀の重量が減り、リューは少し体勢を崩す。


 キャスターが使う魔法は、術者の想像を実現する、というものだ。それには術者の想像力・応用力が重要であるし、多くの経験も必要だ。硬い刀を折るような詠唱は、なかなか為せないものだが――()()()()()()()()()()()()()()()()()を、思いがけず得ている。自らの身体が真っ二つになる()()が得られたなら、刀くらい、なんということはない。


  崩れたところを狙う――つもりだったが、突きを避けたのがかなりギリギリで、崩れていたのはゲンも同様だった。そして復帰が早いのはリューである。彼はすぐ刀を捨てる判断を下し、足を踏み込み腰を捻って――尻尾でゲンの胴体を吹き飛ばした。周囲から歓声が上がる。


「ゲン!」


 リョーが思わず身を乗り出して声を上げる。ゲンの身体は十数キュートル飛ばされる。


「……ふう」リューは折れて真っ二つになった刀を一瞥する。立会人がゲンに駆け寄り、彼の状態をチェックした。


 ゲンは身体を起こす。「大丈夫です――」彼は立ち上がるが、まだ頭がぐらぐらする。


 ……リョーからもらった上着がなかったら、もっとひどいことになっていただろう。


 特に手加減するつもりはないらしい。フウから指摘があったことだ――彼はHP(ヒットポイント)が少ない。今も防御が間に合わなかったし、気をつけなければ、最悪の場合、命を落とすかも知れない。相手にその気があるかどうかに関わらず、である。仲間の竜人を相手にするのと同じつもりの攻撃でも彼にとっては致命傷になり得るということだ。そしてそれに気づいたのは観戦していたリョーもだ。しかし彼女が決闘の邪魔をすることはできない。そのブレーキは理性的に働いている。


「続けるぞ」


 リューは今度は拳を構えた。戦いは次のフェーズへ移る。ゲンは距離を保ったまま何をしてくるか注視する。




「――スキル【龍神(リュウシン)の運命】使用」




 そう呟いたのを、確かに聞いた。次の瞬間、




 ゲンは、リョーの家のソファに寝かされていた。


「……? ――ッ!?」彼は跳ね起きる。隣に椅子を持ってきて座っていたリョーは、「おはよう」と声をかけた。


 その奥に、リューが座っているのをゲンは見た。まあここはふつうに彼の家でもあるのでおかしいことではない。ゲンはソファから降りると、まっすぐリューのところへ歩いていった。


 それに気づいて、リューは持っていたマグカップを机に置いて、椅子を引き立ち上がる――


「負けました。ありがとうございました」


 ゲンは言って、頭を下げた。


「……ん?」


「それで、村から出たほうがいいですか。僕としてはもう少し滞在させてもらいたいんですけど――」


「……好きにしろ。お前みたいな耐久性のない奴はいつでも仕留められる」リューは椅子に座り直して言った。彼はゲンが、突っかかってくるものだと思っていた。そうでないとしても、もう少し言葉を交わすことになると思っていたが、予想外の事態に言葉の張りは少し緩む。


「どうも」ゲンは言って、リョーに向き直った。「彼に訊きたいことっていうのはもう訊いたんですか」


「ゲンが起きたら訊こうと思って」彼女も立ち上がって弟に近づく。「じゃあまずは、リュー、連れて行って。



 ――『龍( リュウ)祠』(ホコラ )に」




  *




 リューと、ゲンと、リョーの三人は山道を歩いている。目指す祠はもう少し先だ。


「ゲン」


 リューが、すぐ後ろを歩くゲンに声をかける。


「なんですか」


「お前――姉貴とパーティ組んでるのか」


 ゲンはちらとリョーのほうを見る。「いや、組んで――組んでます。はい」


「ふん」リューはそんなゲンをじろと睨む。「あの様子じゃ姉貴に頼り切りなんだろうな」


「リュー」


「違うのか? だったら」姉の言葉に反論するリュー。「そのHPだったらいろいろ大変だろうな。姉貴も村の外でそいつの面倒見るくらいだったら、村に――」


「リュー」リョーは。


 剣を抜いて、弟の背中に突きつける。


「次は私が相手になろうか」


「――俺が姉貴に勝てたことがないのは事実だが――三年前までの話だってことを忘れるな」


 リューが立ち止まり、応じて剣を抜いた。「観ただろう、さっきの決闘」


「うん。でも最後に戦った時のほうが強かったよ、ゲンのHPが低いことに気づいて、すぐ終わらせたんでしょ――わざわざスキルを使って」


「…………」


 どうもゲンは手加減されていたらしい。


 というかリョーの話では、弟に避けられているとのことだったが、これまでのところ特にそういった様子はない。尻尾が生えているからだろうか。言い合いはしているがそれは普通の姉弟(きょうだい)もすることだ。むしろ――リューは、姉のことを随分心配しているようにも思う。


「……まあ刀を納めろ。祠はすぐそこだ」


 リューは言って道の先を示す。


 三人が進んでいくと、開けたところに小さな(やしろ)があった。


「待ってろ」リューは言い残し、一人で社務所の前まで進み、「龍巫(かんなぎ)。リューです」そう障子の前で用事を伝える。


 どたどた、と走る足音が聞こえ。




「リョーちゃん? リョーちゃん! 久し振り!」




 頭の真ん中に、小さな角の生えた、


 小柄な竜人。である。


 尻尾も小さく、揺れているのが少し見える程度だ――まあかつてのリョーのように全く無いよりは、あるほうなのだろう。


 少女は袴の裾を引きずりながら外に出てきて、リョーに抱きついた。「リョーちゃんの匂い……だけじゃない。知らない匂い。でも懐かしいような……」彼女は顔を上げる。その目はまずリョーと合い。


 その隣のゲンを捕捉する。


「――に、にに人間!?」


 彼女は驚いてリョーの影に隠れる。話が伝わっていなかったようである。


「龍巫。俺が説明します」リューが進み出て言った。姉に対する時とは打って変わって、その少女の前では(おさ)然としている。




  *




 龍の祠。このアスピディスケ村にある祠で、龍巫と呼ばれる少女が管理するしきたりとなっている。祠に祀られているのは、村を作ったとされる竜人の伝承によれば、竜――竜神であるらしい。


 リューとリョーは祠の前に立って手を合わせる。ゲンはリューから何もしないようにと言われたためただその様子を眺めている。先程の少女はというと、


 二人の前、最前列で両膝をつき、祠に向かって祈りを捧げていた。その様子は真剣そのもので、信仰の篤さが見て取れた。




 その後、社務所の中に通される。


「はい、竜神様についての文献資料」少女はまた最初に見たふうな、ふわふわした感じに戻ってリョーの隣に座っていた。机の上には数巻が並べられている。字が独特の崩され方をしていてよく読めない。


「絵巻も見たいな」リョーが言うと、


「うん! 持ってくるね」


 少女は元気よく言って立ち上がる。


「姉貴、龍巫殿をもっと敬って――」


「リューくんだって、いつもはもっと砕けてるでしょ。リョーちゃんの前でだけ格好つけちゃって」彼女ははっきりそう言い残して部屋を出ていった。リューはバツの悪そうな表情を浮かべ、


「――姉貴、カンナはああ言ってはいるが、」




()()――って、知ってる?」




 リョーは。


 言葉を遮ってそう尋ねた。


「……聞いたことはあるな」リューは答える。「何でも大層強い人型の魔物だとか」




「竜人の祖先が魔人だって聞いたらどう思う?」




「持ってきたよ〜」少女が戻ってきて話は中断される。それ以降の話は、ゲンはほとんど憶えていない。リョーは切り替えて少女の相手をしていたが、リューはずっと顔を顰めていた。




「ねえもう村に帰ってきてよ。寂しいよ〜」


「――村の外で、やり残したことがあるから」リョーは彼女の頭を撫でた。「また近いうち、帰ってくるよ」


 そうして三人は来た道を戻っていく。


「つまり姉貴はこう言いたいわけだ」リューがまず口を開いた。「俺たちが教わってきた、竜人の始祖であるところの竜神は存在しない。そしてそれならば()()()()()()()()()()


「…………」リョーは。「今日聞いた話も、祠の中身も、全部が偽物。そうだとしたら、そんなに虚しいことはないよ」言って俯く。


 畢竟、リョーが村に帰った理由はそこにある。ヴルシェから話を聞いて、まず思い浮かんだのが龍巫の友人だった。心優しい彼女が、嘘によって自由を制限されているのは許せなかったが、とはいえ誰が決めたというわけでもない、昔からそうしてきているのである。皆が信じていることを否定すれば彼女自身が糾弾されるだけだ。だからまずは、会いに来た。会った上で、最悪話してしまおうと思っていたが――熱心に祈る姿を見て、その気持ちはなくなってしまった。


 言うにしても、確証が得られてからである。竜人の起源が魔人だというのはヴルシェからしか言われていない話であり、クレミェやダルテリに訊けば違う答えが返ってくるかもしれない。今はとりあえず、村を後にする。次帰ってくる時は、恐らく、この村が崩壊する時だろう。アイデンティティを失ったうえで、それまで通り過ごすなど無理な話だ。


 三人はそれ以上は喋らず、山道を下っていった。











〖第三章 了〗



第三章 了

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