ノリア・ヒンヴァーの場合①
「“白い杖”へようこそ! ぱちぱち」
ノリアがロイツの膝の上で、小さな手を打ち合わせて言う。
「いや、まだ入ると決めては」ゲンが口を挟むと、
「どちらにせよ暇でしょ。休憩がてら話くらい聞きなって」
フクシーが何かの液体が入ったカップを差しだし言った。ゲンはすんと嗅いでみる――強烈な、鉄錆の臭い。血液だ。
「な、何ですかコレ」
「血。蛇の」
「血なのは分かりますよ……」
「滋養強壮。ノリアもよく飲むよね」フクシーは右にいる少女に話を振る。
「嫌い」
「……」
「……」
「儂も臭いが強いものはのう」ロイツは言って右手で岩を触る。するとその場所が白く光り――ぽろんと、木の実が萌え出た。「ほれ」彼は実をちぎってノリアに渡す。
「ありがとう!」彼女は受け取ってすぐに齧る。「甘い!」
「ロイツ、ソークはどうした。アイツに飲ませる」
フクシーは自分のカップに口をつけながら訊いた。
「ソークは――どこに行ったのかのう。狩りにでも出かけたんじゃったか」
「んなわけねェだろ」
「た、ただいま……」
ゲンの右隣。
一瞬前まで誰もいなかったところに――しゃがんだ男が現れた。背が高くがっしりとした体つきだが、堂々とした感じはなく背中を丸め上目遣いをしている。
「……ッ!?」ゲンは驚いて左のフクシーがいるほうに飛び退く。右側には今まで、誰もいなかったはずだ。ただしその人物の、存在自体は知らされていた――ここに連れてこられる前、フクシーが『他に二人』と。またついさっき『ソークはどうした』と。そして『ただいま』。冷静になればそこまで驚く事態ではない、現に他の三人と一匹はその場から動こうともしない。ただほんの少し、登場の仕方が特殊というだけである。
「新入りを驚かさないで」
フクシーが寄ってきて、現れた男にカップを渡した。中身は当然血液である。「それで、どこ行ってたんだ」
「あれ、ロイツさんに言い残した――というか、ロイツさんに頼まれた用事だったんだけど」
男、ソークは飲料にはとりあえず口をつけずに岩の上に座る若者、あるいは老人を見遣る。
「忘れておった」
ロイツは言って、かかと笑った。ノリアも真似してきゃきゃと笑う。
「うぅ……く、クエストを見にいったんだ、会館に」ソークは説明を始めた。「新入りを歓迎するために受けようって、ロイツさんが」
「…………」フクシーは何も言わずロイツを睨みつける。「それで?」
「うん、依頼があって――靁羆の討伐だって」
ゲンはその単語にピクリと反応した。
「あんな小物、わざわざ討伐すんの」
そして続くフクシーの言葉に、驚愕を隠せなかった。
「こ、こ、小物って」
「靁羆は臆病で有名。いつも巣に引きこもってるし」フクシーは言い、
「小食だし!」ノリアは言い、
「群れないしのう」ロイツは言い、
「ぼ、ぼくみたいだね」へへと力なくソークは呟いた。
それは――“オリーブの鱗”での話と、あるいは実際にスハイル渓谷にて経験したことと随分違う。靁羆は超級クエストに指定されるほどの、人類の脅威。こんなに軽々と語られる存在ではないはずだ。
「昼食前に済ませるか」「わたしお腹空いた」「儂も」「さっき食べたばっかりだから」
わいわいと、パーティのメンバーたちははしゃいでいる。まるで楽しいピクニックにでも行くかのような雰囲気だ。
「あ、よ、よろしくね」ソークがゲンに改めて近寄る。
「えっと、どうも――」
「スキル【領域】使用」
次の瞬間。先程のように、振り落とされたようではなく、
*
五人と一匹は、スハイル渓谷にいる。
「――ッ!?」
突然周囲の景色が変わり、ゲンは再び驚かせられる。先ほどまでいたミアプラキドゥス平原は、会館を挟んだ渓谷の反対側だ。景色が変わった――そう、変わったのである。先程のように振り落とされたのではない――瞬間移動?
そして目の前には、大きな穴。
「入ろうかの」
ロイツが言って進み入り、フクシー、狼に乗ったノリア、ソークと続いていく。
ゲンも進んで、ひとまずついていく。
「スキル【領域】使用」
羆と相対する前に、ソークはスキルを使う。
その直後。
穴の奥のほうから、ずしんずしんという大きく響く音が伝わってくる。
そして。
「ヴァグオオオオオオォォォッ!」
咆哮。
ゲンはその声を知っている。かつてのことを思い出しとっさに耳を塞いだ――しかし、他のメンバーは誰もそんなことをしておらず。
強風を正面で受けながら、
「スキル【二重詠唱】使用。
スキル【輪唱】使用。
いくぞヨーカー、せーのっ」
「「グルゥオオオオオオォォォッ!」」
フクシーと狼が洞窟の奥に叫び返す。
音は怯まず近づいてきて――ついに靁羆は、姿を現した。
狼より大きい上に、遥かにがっしりとした体つき。濁った瞳。雷を帯びているせいで毛が逆立ち余計に身体が大きく見えるのだと気づく。ゲンは少し後ずさりする――ロイツは、反対に前に出て。
「【實リノ秋】」
そう言うと。
どぢゅ、と、巨木が羆の下の地面から生え――その腹に突き刺さり、
背中まで貫通した。
ヴェオオ、と羆は呻き声を上げる。
「ノリア、後は頼む」
ロイツの言葉に。
「うん! 行くよヨーカー!」
少女は溌剌と答え、
狼は、美しい銀毛に変わる。
突進し――羆の首を噛みちぎり。
そうして靁羆の討伐は完了した。
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