婚約破棄? してやらあ!
「ラヴィナ・フォン・スタンフォード公爵令嬢! そなたとの婚約をこの場で破棄する! そして、第一王子である我、アラン・ロード・コンスティンは、我の傍にいるアン・ジェスチャー男爵令嬢と婚約をする!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ナニ云ってんだ。この大バカは。と思わず口に出してしまいそうなのを、とてつもなく長い無言で抑える。周囲はざわついていた。
「ラヴィナ! 貴様は公爵令嬢でありながら、この儚くも可憐なアン嬢に対し、数々の嫌がらせをしたと聴いている。未来の王妃を貶した罪はとてつもなく大きい! よって、国外追放を言い渡すっ。」
声高らかに、判決を下しいてる第一王子であるアラン・ロード・コンスティンをラヴィナは、呆れた眼をしてみる。それが気に障ったのか、アランは後ろに控えていた男性に、眼で合図をした。
「まずは、どんな悪行をしたのかを思い出させてやろう! 聴くが良い!! カスタード!」
「はっ。殿下。ラヴィナ嬢。いまから、貴女がした辛辣であり陰湿な悪行の数々を暴かせてもらう。まずは、この儚くも可憐なアン嬢に、たいしてです。必要な連絡事項を伝えない。お茶会に招待しない。教科書ノートを隠す。ドレスを切り裂く。挙句の果てには、先日階段から突き落としたと!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
どこの7歳児以下のすることだ。と思いつつ、ラヴィナは黙ってあげられている内容を傾聴する。黙っていることを、罪を認めているのだと勘違いしているアランとアンは、寄り添い合いラヴィナを睨んでいた。
「そして・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。」
とてつもなく長い間をためた、大きなため息が、会場に響く。罪状を読み上げていたカスタードは声を、止めた。
「もうよろしいですわ。要するに、わたくしが、そこにいる令嬢をいじめたので、婚約破棄をした挙句に、国外追放にする。と、とてつもなくバカなことを云っているのですね。」
「なんだと!?」
「わたくし、ラヴィナ様に先ほど挙げられたことをされましたわっ。昨日は、怪我をしたのですっ。」
これを見てくださいっ。と、わざとらしく巻かれた包帯を見せる。
「怖かっただろう。アンっ。」
「はい。アラン様っ。わたくし、もう怖くって・・・・!」
大粒の涙を流して、アランに縋るアンを、カスタードも心配顔で見る。益々、ラヴィナは呆れていた。
「・・・・・お話しは解かりました。では、そこのバカども。わたくしの腰に着けてある徽章を見ろ。卒業生の方々が着けている徽章と同じかどうか先に確かめなさい。バカどもが」
「はぁ!? 徽章がどうかしたのか!! そんなもの関係ないだろう!!」
「そうですわ! 早く罪を認めて、わたくしに謝罪を!!」
「自分の罪を認めないのか!!」
喚くアランたちを見て、周りがさらにざわつき始める。そして、ラヴィナの腰にある徽章を見たひとりの令嬢が、扇で口元を隠して傍にいた婚約者に呟いた。
「・・・・・ラヴィナ様のあの徽章。貴賓の徽章ですわ」
“貴賓の徽章“と聴こえ、アランとカスタードはラヴィナが着けている徽章を見る。
「・・・・・・・貴賓?」
「どうして、卒業生の徽章では?」
理由が解からない。と顔を見合わせて、アランとカスタードはもう一度、ラヴィナの徽章を見る。ラヴィナは、本気で呆れ果てていたのだが。いわれのないイジメの内容を認めるわけにはいかず。扇を広げて云った。
「わたくしは、本日、学園側から卒業生たちに祝辞を伝えるために招待されて来たのです。なぜなら、わたくしは既に昨年、この学園を卒業していますから。そのため、この1年。学園に来たことはありません。」
「・・・・・・昨年、卒業だと!? そんなことが・・・・!!」
「あるんだよ。このバカ王子が。あれだけ遊びまくってサボりまくって。卒業パーティーにも呼ばれなかったところで気付け。このバカどもが。本来であれば、バカ王子も昨年の卒業だったのが、できるだけの単位をすべて取っていなかったから。卒業を先延ばしにされたのですよ。恥ずかしきことですわ。まさか、国の第一王子がっ、落第をしてっ、ようやく1年遅れで卒業となるなんて。」
小ばかにしたように話すラヴィナに、アランは口を開けて呆ける。まさかの落第で1年遅れの卒業だとは、自分でも全く気付いていなかったのだ。
「バカの周りにはバカしか集まりませんから。もちろん、そこのバカも落第をしたバカですよ。大体、1年遅れで入って来ているアン嬢と同じ年に卒業となるのが、おかしいとは思わなかったのか。このバカどもが。」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」
余りの言葉遣いの粗さに、アランたちは絶句する。ラヴィナはチラリ、と来賓席を見てから続けた。
「婚約破棄はよろこんで。バカの相手をしなくて済むようになるのであれば、いくらでもサインします。バカの尻ぬぐいもしなくて済むのも万々歳ですわ。で、婚約解消証明書は、どこです? もちろん、ちゃんと用意をしているのでしょう。」
さっさと出せ。このバカが。とバカを連呼する。
「もしかして、用意していないのですか。なら仕方がないですね。レイ、ここに。」
パチン。と扇を畳み、側近の名を呼ぶ。
「ラヴィナ様。婚約解消証明書はこちらに。それと、あまりにも言葉遣いが荒いので、先ほどから女官長が青筋を立てております」
証明書を広げて、一応。と云う。あら、とラヴィナは、それは失礼をしましたわ。とレイに聴こえるように囁く。改める気はないですね。とレイは理解し、女官長をどう宥めるかを考え始めていた。
「ここに、国王陛下、皇后陛下。そして、皇太后さまのサインを先にいただいております。ライ、ペンを。」
2人目の側近の名を呼ぶ。ライは跪き、ラヴィナにペンを渡した。
「どうぞ、お受け取りください。」
「ありがとう。・・・・・・そこのバカ。さっさとそこから降りてこれに、サインしろ。バカすぎて、字を書くことすらできないとか云うなよ? このバカが。」
バカバカと連呼されて、アランはぐっとこぶしを握り、壇上からフロアに降りる。ラヴィナは、持っていたペンをライに返すと、場所を開けた。ペンを渡されると思っていたアランは、ラヴィナを見る。ラヴィナはゴミを見るような眼を向けて云った。
「ペンぐらい、持っているでしょう。どうして、わたくしが、バカにペンを用意しないといけないのでしょうね。ペンがないなら、そこにいるバカ仲間に借りられたらどうです?」
もう、ここまでバカバカと連呼されていると、それまで遠巻きに見ていた令嬢子息たちは、笑いを隠すのに必死になるしかなく。アランは、周りを睨みつけ、カスタードからペンを奪い取った。
「・・・・・これで良いだろう! さっきから、第一王子に対しての不敬罪であるぞ!」
アランがサインをしたのを確かめ、レイはクルクルと証明書を丸める。ラヴィナは、鼻で笑うと云った。
「いつまでも、第一王子のままのバカがナニを云っているのやら。レイ、それはあそこにいらっしゃいます国王陛下と皇后陛下にお渡ししてきて。」
テラス席を見上げてラヴィナが云うと、アランは今まで気づいていなかったのか、驚愕な表情で見上げる。
「ち、父上。は、母上・・・・・・・。」
冷たくテラス席から見ている国王陛下と皇后陛下の視線に、アランは陸に上がった魚の如く、口をぱくぱくさせていた。
「さて、ようやくこのバカと婚約が破棄出来て良かったわ。ああ、アン様? でしたか? これから、このバカの教育とバカの女性関係を掌握してくださいませね。」
「は? ナニ云っているの? アラン様は、わたくしだけと仰ってくださってますもの。棄てられた方の遠吠えですか?」
くつくつと笑って云うアンを見て、ラヴィナは少しだけ同情の眼を向ける。
「まぁ、よろしいですわ。わたくしはもう、そのバカとは縁が切れましたから。これは、忠告ですわ。浮気をするバカは、いつでも浮気をしますよ。バカですから。」
と云い、ラヴィナはアランたちに背を向けると、遠巻きに見ていた令嬢子息たちに云った。
「本日は、晴れの日を、とてつもなくバカバカしい場にしてしまい、申し訳ございません。お詫びとはいってはなんですが。後日、仕切り直しの卒業パーティーを開催いたします。本日は、このままご帰宅をお願いいたします。」
にっこりと優しく微笑み、文句のつけようのないカーテシーをするラヴィナを見て、卒業パーティーに来ていた令嬢子息たちは、帰って行った。
「さて、そこのバカども。これからのことは、バカどもでどうにか処理をしろ。わたくしは、もう一切かかわりませんから。自分たちがナニをしたのかを、その身をもって、存分に知るが良い。・・・・・帰りましょうか。レイ、ライ」
「「はい、ラヴィナ様」」
両脇に控え、レイとライがラヴィナの手を取り、出入り口へと歩いて行く。
バタンっ。
大きな音が会場に響き渡り、広い会場には第一王子とアン、そしてカスタードだけが立ち尽くして残っていた。
思い立った、口の悪い公爵令嬢です。