表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二―二―  作者: LULU
中学1年4月
9/18

7. 実力テストの結果

 第7話。本日8月16日。昨日は亡くなった父方のおじいちゃんの誕生日だった日だ。そして沖縄では今年は8月の10日が御迎日ウンケー、12日が御送日ウークイだった。と言っても、罰当たりなことに、僕は今年旧盆の行事に参加しなかったのだけど。参加したくても、このご時世じゃ参加出来なかった。いくら「3年ぶりの規制の無い夏」と言われてもね。母方のオジーの初めてのお盆だったし、行きたかったのは山々だけど。そして昨日は終戦記念日だ。この前父さんと福岡に行った日に、小倉に出来た新しい平和祈念館に行ったことを鮮明に思い出す。あまり大きな建物ではなかったけど、資料の見せ方に戦争体験者の人達の記憶を追体験させる為の強い意志を感じた。糸満市の平和記念公園の人形の間を思い出す。なんだか人の死について思いを巡らせる日が続く。

8月17日。日付をまたいでしまった。そろそろ、本編に入ろう。



 中学校生活が3週目にもなると、航平の存在が他のクラスの古謝小出身の子達の耳にも入るようになり、時々チラチラと彼の様子を覗きに来る子達が多くなった。教室の後ろのドアから室内の様子を伺っているのは何も古謝小の子達だけではなく、前川時代に航平と普通に話していたはずの女子達も同じだった。毎朝ピロティに到着してその子達の存在が目に入ると、今航平が教室内に居るのか居ないのかが分かるくらいだ。僕はどうしても悪戯心が働いて、その子達に「わっ!」と驚かさずにはいられなかった。すると当然、その子達は反射的に声を上げ、自分達の存在を航平に知らせた咎で僕を責める。僕はそうやって彼女達にちょっかいを出すのが好きだった。僕も航平のことは凄くカッコいいと思っているし、なんなら僕が赤面する一番の要因が航平だとも分かっている。だけど女の子達を驚かせている時に抱いているこの嫉妬がどちらに向かっているのかはよく分からない。その子達が「分かったぞ」と言わんばかりにニヤニヤとして「航平、カッコいいよね」と話しかけてきた時も、僕はやはりその話題に対して自分がどちらに喜びを向けているのかよく分からなかった。代わりに、僕は照れ隠しのようにその子達に言う。

「しーな、航平と3年間同じクラスなんだよ」

「えー、凄い」「そうだっけ?」

「うん、5年生の時に転校した時も航平同じクラスだったし、6年生の時も……」

 そう言って僕が指折り数えていると、教室の中から長堂さんの声が聞こえる。

「くだらなーい。他の人と同じクラスだったこと自慢するって、それ何にも凄くないから。うちの小学校だって3年間同じクラスとかザラだもん。馬鹿みたい」

 僕は長堂さんの反応を見て、これまでの会話も長堂さんどころか航平本人に聞こえていたんじゃないかと冷や冷やした。加えて、長堂さんが航平と同じクラスになったことを「くだらない」と評したことで、航平が理不尽に傷ついていないか心配だ。

「そんなことないよ! 航平、めっちゃ親切だし、頭も良くてスポーツも出来て、良い奴だもん!」

 僕はそう言って声を上げた。だけど長堂さんはさらに苛々を募らせた周りの子達もぽかんとしている。そう思うと後ろから崇登の声がした。

「しーなぁ、今さっきあいつが『馬鹿』って言ったの、しーなぁにだはずよ?」

 そう言って崇登は長堂さんに一瞥を向けると、僕の手を引いてN組の方へと向かうのだった。崇登から朝の会の間まで居るよう説得されたけど、早めに到着した先生が席次の結果を返すから、他の子達の個人情報の為にも戻りなさいと言い、僕は鐘が鳴る前に自分のクラスへ帰った。

 中学校の先生達は勤勉で、第2週目の半ばに行われた実力テストの結果をその週の内に採点したかと思うと、翌週にはその結果を集計して席次を算出していた。僕は確かにそれぞれの授業でテストの答案用紙を貰ってはいたものの、その点数を足して幾らになるのか算出しようという発想なんてなかった。その為、中学校生活の3週目のある朝の会で初めて自分の席次の結果の紙が渡されるとなった時、僕は学校教育の運営方法にとても感心したものだ。

 普段は色んなことが男子の出席番号から始まるが、席次の結果は女子から配られ始めた。そう言う訳で僕はクラスで真っ先に自分の席次を知ることになった。その結果はクラスで1番で、僕は大変嬉しくなった。だけどまだ休み時間にもなっていなかったので、結果を尋ね合うのはいけないと思った。なので僕は後ろの席の彩菜に尋ねられた際にその紙を見せたくらいで、後はそわそわしながら先生から紙を受け取る皆の様子を見ていた。

 始業前の10分休憩に入り、そろそろ結果が配り終える頃、皆の沈黙を破るように、結果を受け取ったばかりの真鶴が教壇の前で大げさに声を上げた。

「えー! 低っ! はぁ⁉ 先生、この結果マジね⁉ 先生、誰かのこと贔屓してん⁉」

 真鶴のずっこけた様子やはつらつとした声、そして何より顔全体の筋肉を用いたその笑顔に反応し、皆が笑い声を上げる。僕は浮かれないよう自分を制していただけに、真鶴のその自由な様子に目が釘付けになった。

「それにしても、俺、クラスで5番とかありえん」

 この時点でクラスの皆が「えー、凄い!」と反応を示す。真鶴が席次表を人差し指と中指に挟んでひらひらと振りながら続ける。「最低でもクラスで1番取れると思っていたのによー。俺より良い点数取ったの誰ね?」

 真鶴はそう言って、自分の側を通り過ぎようとしていたトウマの肩に腕を回し、彼の席次表を覗き込む。そしてすぐに背中をポンポンと軽く叩いて送り届ける。その光景に、僕は功名心がくすぐられた。僕は一度キョロキョロとクラスの様子を確認した後、無言のまま、それでも目の輝きを抑えることが出来ない状態で顔の高さで手を挙げた。するとすぐに前川の子達が明るい声で反応を寄越す。

「えー、やっぱりしーなぁだったんだ!」「しーなぁ、すごーい!」

 そう言った声に交じり、僕のすぐ後ろで教室の外から崇登の声がする。

「しーなぁ、偉いね、頑張ったねー!」

僕はこんなにも皆に褒められ、物凄く嬉しくなった。

一方、真鶴を始めとした古謝小学校の出身の子達からは全く逆の反応が起きる。

「はぁ⁉ 嘘吐け(ユクシー)!」 「絶対嘘‼ 冗談でしょ⁉」

  僕は入学してから前川に居た時同様に真面目に頑張ってきたつもりでいただけに、古謝小の子達が今日まで僕をどう見てきたのか少しだけ怖くなった。特に、僕は大人のような身長を理由に成績が良くてもなんら不思議じゃないと扱われていたくらいだ。(ただし、僕自身はその医学的な根拠はよく分からない)。僕は右手だけをそのままに、胴体を窓の外の崇登に寄せるような形で皆に自分の席次表を差し出した。黒板側のドアの方から高良が入ったのが横目で見えたかと思うと、彼は僕の席次表を手荒く受け取り、それを古謝小の子達の方へと持って行った。残された僕の元に前川の子達が集まる。僕は航平から「クラス1位で、全体の何番だったの?」と聞かれ、顔が赤くなるのを感じながら「8位」と答えた。

「えー、凄い。俺も進学前から親に頑張りないって言われてたけど、クラスで4番だったよ。小学校の範囲の内にしーなぁに勝っておきたかったのによー」

 僕は航平の遠慮がちな笑顔を見てますます顔が赤くなる。思えば、航平とはお互いに3年間同じクラスになったこともあってか、小学校の時よりも話す回数が増えた気がする。今までのように一日に一回喋れたらラッキーの感覚じゃダメかもしれない。だって、小学校から中学校への環境の変化で、航平だって不安から親しい奴の枠を広げていたい可能性もある。照れも相手に対する無礼の1つだと小学校で言われたじゃないか。僕は頭の中で小さい頃から言われていたことを繰り返す。愛想良く、愛想良く。僕は他の子達に混ざりながら一生懸命、「航平も頑張ったね、凄い」という言葉を声に出した。

 と、教壇の方から長堂さんの声がする。

「ねぇ、もう席次の自慢大会止めたら? 珍しく成績が良くて喜んでいるのかもしれないけど、そういうの自慢するって性格悪いから」

 僕はその発言に肝が潰されたかと思った。見れば長堂さんは教壇の上に腰を下ろして僕らの方に冷ややかな視線を投げかけている。それにしても、どうしてこの人はこんな中学始まってからの短期間でこんなにも航平が話題に上ったタイミングばかりでこんなにひどい発言をするのだろうか。僕は航平がこれを言われて嫌な気持ちになっていないか冷や冷やした。

 しかし、次の瞬間、航平は僕が思ってもいなかった感情を露呈させた。

「はぁ? 盗み聞き(スーギキー)の上に悪口ヤナクチーとか、お前ヤーの方がどんな性格してるからよ。その汚い尻チビ教壇からどけれ」

 僕は航平のその言葉に驚いていた。まず、方言が多くてヤンキーみたいな口調だった。正直に言うと、僕は幾つかの単語がどういう意味なのかよく分からなかった。次に、航平が女の子相手にこんなことを言うとは思っていなかった。だけど確かに、僕は自分が転校してくる前の年にあった出来事と言うのを聞いて、航平が女の子とあまり話そうとしない理由を知ってはいた。何でも、放送部の女の子2人が放送機具の電源を確かめないまま、どちらの方が航平のことを好きなのかを言い争い、それが全校生徒の耳に入ることになったというのだ。こうして僕は航平が女の子嫌いであったこと、そして自分が航平に話しかけることを遠慮していた理由を思い出したのだった。

 一方、教室の中で長堂さんに対する皆の反論が始まっていた。

「そんな風に意地悪を言うなんて酷い!」

「そうだよ、しーなぁが可哀そう!」

「頑張って1位取ったんだから褒められても別に良いじゃん!」

 僕はここで自分の名前が呼ばれるとは思っておらず、何だかよく分からないまま両手を心臓の位置で結びながら身を強張らせていた。このまま教室を抜け出して授業が始まるまでの間崇登の所に避難しておいたほうが良いんじゃないかとすら思った。しかし次の瞬間、さらに思いがけないことに長堂さんが皆の声に耐え切れず泣き始めた。

「何でよ! こーずー、意地悪なこと言ってないもん! 自慢しているのが性格悪いのは本当じゃん!」

 そう言って長堂さんが教壇から床の方へと崩れ落ちる。僕はこの時になって始めて、どうして今この瞬間に先生が居ないのだろうかと教室を見渡した。きっと先生達も1限目の自分達の教材を取りに職員室に戻っているのかもしれない。そうなると、自然、この事態の収束は副委員長である真鶴に任されることになった。

 僕は航平や崇登の目配せに合わせて教室をそっと抜け出したが、真鶴と長堂さんの様子に目を話すことが出来なかった。真鶴が長堂さんの目線にまで屈んで話す。

「皆が言ってるみたいに、しーなぁも頑張って1位取ったから許してあげれー。自分が1番じゃなくて悔しかったかもしれんけどよ?」

「別に、こーずーは自分が1番じゃなくても別に良いもん」

「はぁ? じゃぁ何ね? 何がしたかった?」

 僕もそれは気になった。航平もそれは同じだったようで、僕らは今朝航平のファンの子達がそうしていたように、後ろのドアから教室の方を覗き込む。

「だって、本当は真鶴が1番だって思ってたのに! 真鶴が1番が良かった! あんな奴が1番になるとか嫌!」

 そう言って長堂さんがボロボロと涙を流す。そして途端に、顔を真っ赤にさせた真鶴がさっとこちらの方に顔を向ける。僕と航平はすぐにその視線から隠れるように身を引いた後、少しだけ目を丸くさせた状態でお互いの顔を見合わせ、先にN組の方へと進む崇登の背中を追いかけ走り出すのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ