表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二―二―  作者: LULU
中学1年4月
6/18

4. 中学初めての一分間スピーチ

 第4話。中1の時の続きを書く前に、一週間前にあった出来事について知ってほしい。先週の水曜日、僕らはまだ明るい時間帯に歩いて買い物に出かけた。交差点を2段階左折で渡り切ったところで、渡らなかった方の横断歩道の中央分離帯付近に、子猫が倒れているのが見えた。右折していく車はうまいこと避けているみたいではあったけど、その子猫が踏まれるのも時間の問題のようだった。僕らは慌てて青信号でその子猫を歩道までへと運んだ。その身体はまだ温かく柔らかかったけど、八又模様のその顔を覗き込むと、もう既に亡くなっていた。本当は交通局に電話をしてこの猫ちゃんの亡骸を引き渡した方が良かったのだろうけど、僕はすぐ近くの公共機関の敷地に入り、1つだけまだ青の色彩を残している紫陽花の下にその子を安置させてもらった。僕らは猫が大好きなだけに、文明の利器によって小さな命が亡くなるようなことに悲しくて仕方がなかった。この出来事が原因で、買い物から帰るまでの間、ユギの精神年齢がグッと幼くなってしまった。ユギは胸の苦しみに耐えることが出来ず、困り顔でずっと小さく唸っていたので、僕は胸部を優しく叩きながら歩き、帰りにもう一度青い紫陽花を目印に猫ちゃんを参りに行った。

 ユギとの話が終わったところで、今度はシンの思い出を、出来る限りシンとの約束通りに淡々と語りたい。



 これは昔あったことだ。母方の伯母さんの家に遊びに行った際、僕らは歩いて行ける距離のショッピングモールのフードコートでハンバーガーを奢ってもらった。伯母さんからは食べたらスーパーの方へ来てねと言われた。僕がチーズバーガーを頬張っていると、催事場ホールの方から知らない若い男性が近づいてきた。

「ねぇ、お食事中、ちょっと良い?」

 その人は僕らの座るテーブルに手を掛け、体重をこちらに寄せていた。

「俺、今東京から来ているんだけど、地元の子?」

 僕は頷いて見せた。東京から来ていると言うことは、観光客の人かもしれない。それにしても、こんな辺鄙な住宅街のショッピングモールに観光客の人が来ているなんて意外だった。僕は地元民とは言えどあまり土地勘が無いので、何か場所を尋ねられたらどうしようと思った。だけどその人の質問は思わぬ方向に進んだ。

「突然だけど、歯を見せてもらっても良い?」

「ん?」

 それは身体測定や歯医者さん、もしくは乳歯が抜けた等の文脈でしか聞いたことがないような質問だった。よく分からないまま、僕は一度オレンジジュースで口の中を流し、口の中を開いて見せた。

「わー、良い八重歯してるねー。沖縄の子って八重歯が鋭い子多いって知ってた?」

 確かに何となく、テレビの中の人や自分の周りの子達を比べたらその通りな気がした。その人から「矯正はしてる?」と聞かれて「いえ……」と否定すると「へー、凄いね」と返された。そして次の質問が投げかけられる。

「提案なんだけど……。男の人の首元を噛む仕事に興味ない?」

 馴染みのない言葉の組み合わせに、僕は少しだけぽかんとしてしまった。だけど「首元を噛む」って言葉だけに注目してみたら、真っ先に思いつくのはドラキュラだ。僕の頭はすぐに『ドン・ドラキュラ』の新装版の表紙を思い出してみたけど、そう言えば子供の時はそれが怖くてページを開くのにも時間が掛かったじゃないかと思った。

「血が苦手だからそういうのは……」

 僕がそう答えても、その男の人は帰らなかった。

「いや、甘噛みする程度だから血は出ないよ。血が出るまで噛ませるのは特殊だから。嫌なら他人に頼めば良いし」

 説明を聞いても、分からないことが増えるばかりだった。誰に頼むのだろうから始まり、遡及的に、血が出ないくらいの力で噛むのが普通ならドラキュラとも違うかもしれないとか、甘噛みって初めて聞いた言葉だな、とか。そうこう考えている内にお兄さんが僕に話しかけてくる。

「東京に行くことになるけど、お金とか住むとここっちが出すから。都会に興味ない? すごく楽しいよ。今、月に幾ら貰っているの?」

「千円です」

「……え?」

 お兄さんの話の勢いは、僕の一言で一気に空気が抜けたようだった。

「ん? 今歳幾つ?」

「四月から中学生です」

「中学生? しかも今が中学校の三年生でもなくて?」

 僕はお兄さんが急に混乱しだしたのを見て、先ほどの僕自身を見ている感じで、なんだか面白くなった。少しだけ親近感を覚えたと思ったら、お兄さんは真逆のことを僕に返した。

「えー、じゃぁ絶対にダメじゃん。最初に年齢言ってよー。流石に中学生は……。ごめんねー、変な話を振っちゃって」

 そう言ってその人は僕らのテーブルから手を引いた。僕がポテトを少し前に出すと、「え? あぁ、有難う」と一口食べた。だけどすぐに遠ざかる姿勢に入って、肩越しに次のことを言った。

「将来仕事やお金に困ったら東京においで。それと、あんまり素直過ぎると良くないよー。俺が言えないか」

 その人は笑いながらフードコートから遠ざかっていった。僕はその人の後姿を見送った後、何を考えれば良いのかよくわからず、ふーんとだけ漏らした。

 そして僕は、中学校初の一分間スピーチの題材に、小学校の卒業式のつい数日前に起きたこの出来事を選んだのだった。

「観光客の人には優しくするよう言われていたのに、意外な展開でした。これで一分間スピーチを終わります」

 僕がスピーチを終えるとクラスがドッと笑い始めた。この時、副院長として朝の回の司会を買って出ていた真鶴は自分の席に戻っていたのだが、僕の話が終わるや否や「お前、馬鹿だろ!」と大きな声で叫んだ。それがさらにクラスの笑い声に火をつける。この朝の回は担任の金城先生が来る前に僕らが自主的に始めたものだったので、教室に入ってきた先生は何故こんなにも皆が爆笑しているのかよく分からないと言った様子で驚いていた。順番が回ってきた盛は自分も皆を笑わしてくると僕に言い残して、真鶴に呼ばれる前に教壇に上がっていった。そしてまた笑い声が響き渡るものだから、他のクラスの人から何事かと心配され、先生によっては自分の担当の授業の際に僕らの騒ぎ用を咎めるのであった。

 しかしその前に。朝の回が終わってから授業までの短い休み時間、トウマがこちらの方へやってきた。きっと盛と話をするんだろうと思って僕は彩菜の方を向いていたら、トウマは僕の席の前に立っていた。

「しーなぁ、何か色々、大変だったね」

 僕はトウマを見上げた。何のことかよく分からなかった。

「俺もよくあそこ行くけどさー、こんな変な奴が居るって知らんかった。怖いよね。何の為に東京から来てるんだろ。せっかくご飯食べてたのに、変な話してからよ」

 僕はそれでもまだトウマの言うことを飲み込めずにいた。皆が笑ってくれるだろうと思って選んだ話なのに、トウマは戸惑いを見せている。そして僕はトウマが心配してくれているのだと閃くと、遠慮がちに「有難う」と微笑んだ。皆がまだ笑っているのに、トウマの不器用な不安が伝播してクラスの雰囲気が切り替わるのは避けたかった。

だけど僕の意に反して皆がトウマに同調し始める。「そうだよね、こういう時ってどうすれば良いんだろう……」。しかし僕らは答えに窮す。あの状況を、不審者に絡まれたと判断して良いのかどうかすら分からない。やっぱり、笑い話で済ませる方が正解かもしれない。だけど、どうしてわざわざ東京の人が、こんな観光地とも言えない場所のフードコートで仕事のスカウトをしているのだろうか。それに、その職務内容も凄く変だ。男の人の首を噛むのがお金になるなんて聞いたことが無い。それに、僕がお金に困っていることを期待している感じもあった。何だか、これって差別的な気がする。少し黙っているだけで、色んな疑問が新たに浮かんできた。しかし喋らないのも悪いと思い、僕は話題を変えるつもりで、朝の回が始まる前に隣席の皆に見せた傷をトウマにも見せた。

「その傷、自転車で転んだんでしょ。今日、その話するはずよーって、真鶴が言ってたし。でも、転んだのもビックリしたけど、さっきの話も怖かったもんね」

 ここで悠が「転んだの見られてたとか、ウケるなぁ」と囃し立てた。それで僕も瞬時に顔が熱くなって、真鶴がトウマにこのことを離したのを少し恨めしく思った。すかさず盛も「真鶴、さっきもしーなぁのこと馬鹿とか言って、嫌な奴だな」と言って入る。「やっぱり、真鶴って嫌な奴だよな」。そう廊下側の窓外から聞こえたと思ったら、いつの間にか高良が姿を現していた。高良が「それで、さっきの笑い声って何ね」とトウマに聞いている間、殴られたことがパッと頭に浮かんだのか、僕は無意識に立ち上がってトウマの横の方へと逃げた。しかしそれは返って高良を話の輪に入れる為の気配りみたいになってしまった。皆の話の流れの速さやその方向性に驚いているのはトウマも同じらしく、彼は呆気に取られた様子で周りを見ていたが、すぐに意識を僕の足へと向けた。

「怪我、痛そうだね。ちゃんと消毒した?」

「石鹸で洗ったよ」

「消毒液とかは? 傷口塞いでないし、保健室に行った方が良いんじゃない?」

 僕は時計を見たけど、もうすぐ授業が始まるし、そんな余裕は無いなと腰を落ち着かせていた。だけど盛も横から「確かに。しーなぁ、俺が先生に伝えておくからちゃんと行った方が良いよ」と言った。この話題に、彩菜が「保健委員だし、連れていくよ」と手を差し出してくれた。僕は正直、これが遅刻にカウントされるんじゃないかと気がかりで仕方がなかった。それはどうしても嫌だった。だけど後から聞いた話だと保健委員に適切に引導されて時間内に戻ってきた場合には、遅刻にも欠席扱いにもしないということだった。そういう訳で、僕は中学の初めての授業の十分弱を、保健室で手当てをされながら過ごした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ