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二―二―  作者: LULU
中学1年4月
4/18

2. 殴り合いの喧嘩

 第2話。本当は第1話の後半部として掲載していた物。だけど他の話と比べて第1話だけ異様に長かったので、一度分割する。本当はこの話で語られるユギが目を覚ます切っ掛けは第1話に収録したかったけれど仕方がない。僕らの中学初日はそれほど濃ゆい一日だったと言うことだ。



 僕らのクラスは念の為、先生が居なくなった後も教室に残って各委員会の代表を選ぼうと言う話になった。だけど中学校に何の委員会があるのかも分からない。だから僕らは、図書委員会は中学にもあるだろうとか、前川小学校には生物委員会があったとか、漫画だと風紀委員が有名だとか言って、まず何の委員会があるのかを手探りするところから始まった。しかしどれが実際に存在するのか分からない。結局、先生が居る時じゃないと決められないと意見が優勢になった。問題は今日またこれから待つのか、それとも帰るのかだ。しかし悠の「もう良いだろ、めんどくさい。帰る」が鶴の一声となって、何人かが出て行った。小学生の頃から悠は時々反抗的な態度を見せていたけど、この時は何だか自分の悪い部分を見せつけるかのようだった。

 それでも、お昼前に一緒に帰る約束をした崇登の迎えがないこともあり、僕は教室に残ってみることにした。教室に人が少なくなってきた頃、彩菜や盛が僕に入学式で貰った赤いリボンの胸飾りを僕の制服に飾り始め、それを面白がって他の子も真似し始めた。だから僕の制服は初日にして沢山穴が開いてしまった。だけど糊が落ちた頃には気にならなくなるはずだ。航平が「しーなぁ、保育園の先生してるみたい」と笑いながら帰っていったのに対し、彩菜が「しーなぁが保育園の子みたいなのに」と言った。

 20分経っても崇登が迎えに来ない。僕は家で父さんと母さんがどうしているのか気になった。そう言えば崇登に何の委員会があるのか尋ねれば良かったんじゃないだろうか。僕はそう思って、彩菜と一緒にN組に行ってみることにした。

「しゅーとー?」

 僕がそう言ってN組を覗いてみると、これまで通り過ぎてきた人のまばらな教室と違い、全員が揃っているのか人口密度が高かった。崇登は教壇の上で何かの進行係をしているようだったけど、「しーなぁ、委員決め終わったの?」と聞いてきた。僕が首を振った間に、「しーなぁだぁ」とか、「今日遅刻してきた子だよね?」とか、「そのリボン、どうしたの?」と声が上がった。一番新しい質問に僕が「皆がくれたってば」と言うと、崇登が「しーなぁよぉ。何もしなくても目立つのに、皆のリボン貰ってから、目立つチャンス取ったら大変だよ? 後でちゃんと返しに行こうねー」と言った。それにも関わらず崇登が「うちのクラスも今日中に自己紹介しようってなったから、しーなぁも今自己紹介しよう」と言ったので、誰かが「何でだよ、こいつ他のクラスじゃん!」と叫び、クラス中に笑いが起きた。

 それでも、簡単に自己紹介を済ませた後、数分間僕はN組の自己紹介を傍聴していた。しかしその途中、ピロティの方から何か騒がしい声が聞こえだした。特に僕は教室と廊下それぞれに跨る形で居座っていたので、その声が気にならずにはいられなかった。崇登が困った顔をしていたけど、僕は「ちょっと見てくるね」と言ってN組を離れた。

 僕がピロティに着いた頃には、その声は怒声に変わっており、バタバタ走る音も聞こえていた。そこに居たのは真鶴と高良だった。真鶴の方が高良を煽るように「こっち来い、野良犬!」と囃し立て、高良がそれに「黙れゴリラ!」と剣幕を張っている。真鶴が高良の肩を軽く小突いたのに対し、高良の方は腕の長さが足りずやり返せなかった。僕はこれまで、自分と同じくらいの背丈の男の子が誰かと喧嘩しているのを見たことがなかった。見るからに高良が不利だ。ほとんどの教室が空となっている中で、数人の女の子達がその喧嘩を見ている。恐らく、古謝小学校の子達だ。その中には僕らの委員長も居た。見世物という訳ではないだろうけど、その子達が思ったよりもリラックスした様子で見ているので、何だかそれが怖かった。僕は女の子達が真鶴を止めないのだろうかと不思議に思っていたけど、彼女達も高良の言葉に「黙れ野良犬!」と反応している。状況がよく分からない。だけど僕は真鶴がまた高良に手を出す前に止めなくちゃと思った。

「ねぇ、やめなよ」

 僕はそう言って高良を後ろ手に庇い、真鶴の前に出た。

 しかし、直後、僕の予想とは全く逆のことが起きた。「うるさい、どけよ」と聞こえたのは僕の背中側、高良の方からだった。一方、その声が上がる前に、真鶴が力を抜き、僕の声に素直に従ったのを見た。僕が驚いて後ろを振り向くと、僕を撥ね退けようとしたのか、高良の手が顔に当たった。

 頭の中で星が弾け飛ぶかの感覚だった。頭の中で、僕は自分が星を振りまきながら後ろに倒れるかのような幻想を見た。

 こんなに綺麗に誰かの手が自分の顔の真ん中に当たるのは久しぶりだった。僕は視界に、中学校のピロティと保育園の時の景色を交互に見ながら、自分を抑えるのに必死だった。顔の痛みに懐かしさを感じる一方で、思考が激しく揺すぶられている。高良は僕にお構いなしに真鶴に飛び掛かっている。僕が「痛っ」と言って顔を抑えるのが早いか、真鶴が「お前、しーなぁに謝れ!」と言うが早いか、すぐ後ろから崇登の「しーなぁ!」と言う叫び声が聞こえた。

 僕が鼻梁や口を手で覆っている間に、崇登が高良を殴りつけようとしているのが見えた。僕はすぐに崇登の前に出た。

「しゅーとー、やめて! 駄目!」

「何で!? だってあいつ、しーなぁ殴ったのにね!?」

「ううん、詩奈大丈夫だから良いよ! やめて! あの子、しゅーとーより小さいのに! 殴ったら大怪我がさせるよ!?」

 しかし僕らの会話を無視し、真鶴と高良は取っ組み合いの状態となっていた。よくよく見ると、高良が真鶴を殴打しようとしているのに対し、真鶴がそれを力で押さえつけようとしている。2人の拮抗状態が続く内に崇登は僕を少し離れた所に避難させ、「危ないから先生呼んでこよう」と言った。しかし僕が階段の方へ向かう前に、委員長の声が聞こえた。

「意味ないに決まってんじゃん。こいつら、先生達が会議中だから喧嘩してるのに。前川の子ってそれくらいも分からないの?」

 僕と崇登を始め、ピロティに集まった前川出身の子は「えっ」と声を漏らした。それは前川では聞いたことのない考え方だった。しかし、先ほどまで上乗りになっていたはずの高良が真鶴の陰に覆われる形で押さえつけられており、その姿は痛ましかった。しかし、真鶴も手を離したら怪我をしてしまうかもしれない。真新しいはずの2人の制服が皺くちゃになっている。誰かが2人を止めないといけない。

 僕らは、自分達で彼ら2人を止めることにした。

「もうやめなよ。絶対痛いもん」

 僕がそう言うと、真鶴が少し力を緩めたのに対し、高良はそれを好機としている節があった。それで崇登が困り顔をしながら「やめれって言ってるやっし」と、高良を羽交い絞めにし、真鶴から引き離した。高良も自分の体が宙に浮くとは思っていなかったらしく、人間に初めて抱かれた野良猫のように、びっくりした後抵抗し始めた。しかし崇登が強く鼻息を鳴らすと、高良はしぶしぶ大人しくなった。真鶴が少し戸惑いながら、「ごめん、有難うな」と言うと、崇登は「最初から喧嘩すんなし! 2人ともしーなぁに謝れ!」と一喝した。

 僕は真鶴から特別謝られる理由が分からなかったけど、真鶴はすぐに「しーなぁ、ごめん」と謝った。その謝罪には、高良を誘導するための彼の責任感が伝わった。高良もイライラした調子で、「ごめん。はい、終わり。もう良いだろ。帰る」と言った。しかし崇登はその態度を問題視したのか、「ちゃんと仲直りしれ!」と言った。恐らく崇登はちゃんと言葉で謝るように言っていたのだが、2人が僕の前に手を差し出した。僕はどちらからの手を取るべきか迷ったけど、先に勢い良く前に出てきた高良と先に握手していた。しかしすぐさま崇登が「違う、お前達2人が仲直りしないでどうする!」と声を上げる。2人は不本意そうに顔を見合わせた。

「早く謝れってば。お前ら周りの子も皆怖がらせてから。しーなぁとか、こんな喧嘩見たことないから頭痛くなってるはずよ。喧嘩すんな」

 崇登がそう言うと、流石に真鶴が苦笑を漏らした。

「それって結局、しーなぁが頭痛がするから喧嘩すんなってこと? 意味わからん」

「はぁ? こいつが頭痛くなるとか知らんし。我儘かよ」

 高良がここにきて始めて真鶴に同調しだしたので、崇登もなかなかやるなと思った。そして崇登が言うように、僕は2人の喧嘩を見て体が強張ったのは真実だったし、もしかしたら頭痛も本当かもしれない。崇登に「だって見てて嫌だもんね?」と聞かれ「うん……」と答えた。

「それに、今日はラッキーだったから良かったけど、他の日に喧嘩したら、もしかしたらしーなぁの、頭爆発するかもしれないよ⁉ そうなったらお前達も嫌だろ! だから喧嘩さんけー!」

 僕は自分の頭が爆発すると言う突然の流れに驚き、「へっ?」と小さく悲鳴を上げた。真鶴と高良はこれをセンスのないギャグだと思ったかもしれない。だけど僕はひどく狼狽してしまった。なぜなら、それはまさに僕が恐れていることの1つなのだ。僕は以前崇登に、小さい頃に大きなスクリーンである映画の広告を不意打ちで見てしまい、それがトラウマだと話した。その映画は中学生同士が殺し合いをすると言う内容で、今崇登が言った内容のシーンが含まれている。僕が両手を口元に寄せて縮こまっていると、崇登が僕の肩を掴んだ。

「だって、しーなぁも今日痛い思いしたでしょ? もっと痛い目に遭うかもしれないよ⁉」

そしてこの時僕は分かった。崇登が怒っているのは真鶴と高良だけじゃない。僕にも怒っているんだ。殴られる危険も顧みず、2人の喧嘩の仲裁に入ったから。

 僕は小刻みに何度も頭を振りながら、「頭爆発するの嫌だ……。怖い……」と泣き出してしまった。

「ほら、しーなぁも泣いてるやっし! お前達早く仲直りの握手しれー!」

 崇登がそう言って視線を2人の方に戻すと、すぐさま真鶴が「何でだよ、しーなぁが泣いたのはお前が怖いこと言ったせいだろ!」と声を上げた。

 結局、真鶴と高良に握手をさせ、1組の自己紹介を見届けてから、僕は崇登と帰路に就いた。その間も崇登の怒りは収まらない様子だったが、僕は「大丈夫だよ」と言った。慣れているから。この時にはもうすでに、僕の頭の中ではこぽりこぽりと、幼かった時の記憶が人の形として形成され始めていた。


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