台風
年若くまだ子供とも言える半人前の魔道士が一糸乱れず整列する中に、ラエルの姿があった。
周囲が緊張を走らせているせいか、ヒリヒリと肌を刺すような張り詰めた空気に若干の居心地の悪さを覚える。
それでも普段通りの気さくさを纏っているラエルは少々目立っているのだが、それはレオムも同じであった。
他にも何人か同じような子がいることに気付いたレオムが品定めするかの如くすっと視線を走らせたのち、小さく鼻を鳴らした。隣で一連を見ていたラエルに歯を見せて笑ってみせる。
自分も人のことは言えないが、レオムは結構勝ち気で生意気な面がある。とりあえずあくどい笑みを返しておいた。
これから行われるのは弟子から使徒になるための試験で、ラエルにとっては二度目の経験になる。
あの時はブルブル震えていた兄が試験管の一人として場にたっているのが感慨深い。
試験と言っても内容はシンプルで、制限時間内により多くの悪鬼を倒すことである。そして上位十名が使徒として認められるのだ。
レオムが当主と共に悪鬼が放たれている森へ消えていく。
先日知ったのだがレオムは当主の弟子であり息子でもあるらしい。つまり次期当主である。「うわあ」と驚いたラエルの反応にわざとらしいとケチをつけられたものだ。
いやでも本当に驚いたし納得もした。そりゃあ人間関係に苦労する筈だ。ただでさえ性格に難ありなのに。
呼ばれた者が次々と森の中へ消えていく。ついにラエルの番になり隣にシラゼタが寄ってきた。森に踏み入ると聞こえる悪鬼のうめき声と感じる人の気配。
棘の生えた植物の茎に指を押し当てて血を出すとラエルはより深く進んでいく。
その匂いに誘われて飢えた悪鬼が襲いかかってきた。わざわざ探さずとも向こうからやってくるこの方法は実に便利だ。
葉笛で呼び寄せる時はある程度絞ることが可能だが、それとは違い襲い来るのは飢えた悪鬼のため凶悪性が高い動きをする。
覚えたばかりの水魔法も使って片付ける。威力も殺傷力もまだまだだが、出来なかったことが出来るようになったのが嬉しくて小賢しい技に運用してはにやけてしまう。そんなラエルにシラゼタがジト目を送ってくる。
目まぐるしく動きながら悪鬼を灰にしていく。かすり傷すら負わないのは流石と言うべきか。一段落ついた拍子に声をかけられた。
「時間あと半分」
「まだそんなにあるんだ」
結構な数をやったのでまあ、合格圏内には入っただろう。
「器用な使い方をするんだね、水魔法」
「大して使えないだけ、師匠と比べたらほど遠いよ」
ちょっと不貞腐れた言い方になってしまった。すると腹部にぐっと重い圧が加わり後ろへ引っ張られる。
え、怒った?
と思ったが違うようだ。腹部に回した腕はそのままに、じっと一点を睨め付けている。
そのただならぬ様子にラエルの警戒心も膨れ上がる。
「誰だ」
返事はない。
「人でなければ悪鬼でもない、何処から入ってきた」
二人を囲うように突如としてごうっと炎が燃え上がる。
蛇のように蜷局をまいて、逃がすまいと火花が散る。
ゆっくりと現れた男はフードを目深く被っていて顔が分からない。
しかし、彼が着ているローブに見覚えがあるシラゼタは大きく目を見開いた。
「それは、グレイアム家の…」
「ええ、その通りですシラゼタ様、僕は貴方と同じグレイアム家の魔道士です」
嗄れた声で信じられない事を言われたが、ラエルは誰よりも強く否定した。
シラゼタ以外は確かにこの手で奪ったのだ。情けをかけた者はいない。
だとすれば、考えられるのは。
「…幽鬼か、貴様」
シラゼタが断定する。
「それもまた真実です」
悪鬼に喰われた魂がその恨みの強さのあまり悪鬼をも取り込んでしまった状態。
書物で見ることはあっても実際に遭遇するのは初めてだ。
ラエルの瞳孔がじわじわと開いていく。
「貴方の兄に殺され、死体と魂を悪鬼に貪られ、それでも死にきれなかった魔道士が僕です」
男は何も喋らないシラゼタに向けて手を差し伸べた。
「迎えに来ましたよ、同胞」
眉をひそめたシラゼタは強くはね除けてみせた。
「失せろ、さもなくば死ね」
残像すら残さず二人の姿が消え、上空で轟音を立てて衝突する。
金が迸る鮮やかな炎と、赤黒く恨み辛みが具現化した炎が激しく打ち消し合う。
双方の力で大地が削れてきぎが倒れた。
ラエルの方へ飛んでくる岩を魔法で破壊しているとそれを見た男がシラゼタに嫌味を吹き込んだ。
「ネフィファネ家に炎を使う子供が居るなんて知りませんでした、もしかして貴方の弟子ですか?」
「お前には関係のないことだ」
「ああ、拾ったんですね? ふうん、実家…兄に未練たらたらだったり?」
一段、嗄れた声が低くなる。
「自分で殺したくせに」
がっと男の首をシラゼタが掴み、血管が浮き出る程強く力を込めた。
そのまま地面に叩きつけて鳩尾に膝蹴りを叩き込む。
魔法の「ま」の字もない物理攻撃をひたすら浴びせて吠える。
「下衆が!」
「取り戻せますよ」
ぴたり。
時が止まった。
「僕なら彼を蘇らせることが出来る、だから協力してください」
腫れた顔にうっそりと笑みを乗せて男はシラゼタを唆す。
「僕を馬鹿にした人間が憎い、全ての魔道士が恨めしい、嬲り殺して目にものを見せてやる」
「…くだらない」
「抑制される者の気持ちはよくご存知でしょう? あの巫山戯たしきたりがなければラルエルが大罪を犯すこともなかったのに」
「どういうことだ、お前は何を知っている」
「こちら側に来たら教えてあげますよ」
掴んでいた腕を無理矢理振りほどくと、男は素早く後ろへ飛び下がった。
「今日は同郷のよしみとして声をかけに来ました、考えておいて下さいね」
騒動を不穏に思った他の魔道士達が集まってくる前に、旋風と共に男の姿が消えた。