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明け方はまだ遠く

 中々お前も過保護になったなと当主に揶揄われたことは記憶にまだ新しい。シラゼタ自身もそうだろうと頷き返す位にはラエルに対して干渉している自覚がある。

 監視対象だからといって自宅に住まわせる義理はないし、弟子だからと毎日着きっきりで魔法の指導をする必要もない。

 仕事を終えてシラゼタが家路に着いた時には既に夜が明けかけていた。

 悪鬼との戦闘で後れを取る彼ではないが、蓄積された疲労は確実に体に影響を与えていた。ここ二日間くらい寝ずに討伐へと出向いていたため、ラエルに与えた三日という猶予も明日となっていた。

 初日は発想の展開が斜め上をいっていて大いに笑わせてもらったが果たしてうまく出来ているだろうか。

 出来なかったとしても失望はしないが、自分の期待を上回る成果を見せて欲しいと強欲にも思ってしまう。

 脱いだローブを片手にシャツとスラックスという楽な格好でホールを抜けて書斎へ足を運ぶ。これから報告書を書いて当主に提出しなければいけないし、新たに舞い込んできた依頼についても担当者や責任者の割り当てをしなければいけない。次の大がかりな討伐も決まりそうだ。

 途中、キッチンでコーヒーを作る。慣れ親しんだその香りにほっと息をついた。人の気配がないこの家は事実、シラゼタとラエル以外は誰もいない。無駄に広い部屋がずらりと並んだ静かな家である。

 殆どの所が弟子や使徒を使用人として雇っているのだが、ひとりでいたいと強く希望したためシラゼタの所には誰もいないし、彼の師である当主が許可したのでシラゼタもまた使用人として赴く必要も無い。


 よく言えば自由、悪く言えば孤立。


 そんな男を過保護で世話焼きにさせたラエルは大した者である。


 羽根ペンを取り紙にインクを走らせる。時々コーヒーを口に入れて数秒考え、再び字をしたためる。

 時計が刻む針の音と、紙と筆先がこすれる音しかしない空間に軽快なノックが響いたのはそれから間もなくであった。

「どうぞ」

 こんな時間にと片眉を上げながら迎えたシラゼタは、次いで仕方なさそうに口元を緩めた。

 いかにも寝起きですといった格好で今にも閉じそうな目を擦りながら立っているラエルがいた。

「そんな場所で船を漕いでいたらぶつかるよ」

「みて」

 半目になりながらラエルが出した手の平の上で、ビー玉程の三つの水泡がふよふよと浮いている。

 思わず立ち上がったシラゼタに構うことなくそれを消すと、ラエルはほぼ閉じた瞼を必死に持ち上げながら眠気に抗いつつ、自慢げに鼻を鳴らした。

「俺に不可能はない」

「ほんとにお前は慎みがないね」

 脱力したシラゼタはそのまま再度椅子に腰を落とした。ぎしっと軋む音が煩わしかったのか、眠い頭に響いたのか、ラエルの眉間に一瞬ぐっと皺が寄った。

「自分を売り込むのに、謙虚も慎みも邪魔になる」

「…」

「俺は今、興味と関心で生かされている。それが無くなったらきっと師匠達に殺される」

 口を挟むことはせず、黙って耳を傾ける。

「でも、師匠は生きて欲しいって言ったから、ちゃんと頑張るつもりでいる」

「…ああ、そうしてくれ」

 シラゼタの声は酷く平坦で、上げた口角も片方しか動いていなかった。

「もう部屋に戻った方がいい。歩きながら眠ってしまうよ」

「ここに居たい」

 ラエルがこんな事を言うなんて珍しい。

 数回目を瞬いたシラゼタは自分の上着をラエルに被せてソファに座るように促した。

「何か飲むかい?」

「ココア!」

「またか、よく飽きないね」

 ぱっとこちらを見上げて嬉しそうに告げてくる顔から眠気が少し飛んでいる。

 シラゼタは隣接する給湯室の扉を開けっぱなしにしながら作り始めた。

 ほろ苦くも芳しい香が鼻腔を擽る。砂糖の変わりにホイップクリームを乗せて完成したものをラエルの前に差し出した。

「火傷しないように」

「ありがとう」

 両手で掴んでちびちびと飲み始めた弟子を脇目に再び作業に戻る。しかし、直ぐに手を止めた。

「さっきの魔法、どうやって出来るようになったんだ?」

「炎を燃やす時って火花が飛ぶじゃん。それを水泡だと思い込んだら出来た」

 シラゼタは先を促すように指先でとん、と机を一度小さく叩いた。

「炎を冷たく出来たのも同じだよ。最初から冷たいものとして思い込んでやってみたらよかったんだ。友達と握手した時、氷みたいに冷たくてびっくりして。でもそれが彼にとっての当たり前で、初めからそうだったなら温かいと思っていた俺は勘違いしたことになるでしょ。ただの先入観。俺が勝手に想像していたものに過ぎなかったんだなって」

 彼は顎に指を添えながらじっと聞いていた。

 魔法の掴み方は人それぞれだし、感覚も考えも想像の範囲だって個人の問題だ。

 ラエルの言っていることは理解出来るがシラゼタの中にある魔法への捉え方と大幅に違う。

 自分の場合は溺れそうな程の憎悪と怒りに無理矢理理性を捻じ込んで体に叩きつけたようなものだ。

 ラエルのように理屈からなるものではなく感覚から操っているので、言葉で説明しようとしても上手く伝えることが出来ない。

 これも今まで弟子をとらなかった理由のひとつである。

 どうやって水を掴めばいいかと聞かれた時、シュッとすればいいと答えたら面を食らっていた師匠を思い出す。さぞ教えにくかったことだろう。


 ラエルはよくやっている。優秀な弟子だと思う。


 水泡を作るには繊細な魔法調節と操作が必要になってくる。

 魔力の濃度が薄くても濃くても弾けるし、込めた量が多くても少なくてもこれまた弾けてしまう。


 それを寝ぼけ眼でやってみせたのだ。


 興奮のあまり立ち上がってしまったが水魔法はどれくらい出来るようになったのか。炎は冷たくすることが出来たようだが。明日、訓練場で見せてもらうのが楽しみである。

「…それ、なに?」

「ん? ああ、これか」

 無意識に右手で触れていた物から手を離す。ラエルが心底嫌そうに顔を顰めた。

「人間の頭蓋骨じゃん。趣味悪いよ、そんなのを机の上に飾ってるなんて」

「弟だ」

「は?」

「弟の骨だ。どう扱おうが私の自由だろう?」

 ラエルは何か、酷くまずい食べ物を食べたかのような表情になった。

「不気味すぎる」

「よく言われるよ。気にしないでくれ」

 これ以上詮索してくれるなと笑顔で牽制すると、ラエルははいはいと肩を竦めてココアを静かに飲み始めた。

 こういう距離の取り方は上手いなと思う。気まずさが残らないのだから。

 非難されるのは初めてではないし、ぎょっと驚かれることにも慣れている。

 一体何度手放すように告げられたか分からない。

 それでも捨てられないのだ。理由なんてシラゼタが一番知りたい。何故こんなものをとっておいているのか。

 自分ではもうどうすることも出来ないほどに濁ってしまった負の感情を一生持ち続けるためなのだろうか。あの日を忘れないように。

「師匠」

「…なんだい?」

「ココアおかわり」

「ふはっ、いいよ」

 ごく自然に笑みが溢れた。

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