「1」はじまり
今日、私は人生の壁から落ちた。
真っ逆さまに。今まで積み重ねてきた努力も虚しく、私は落ちて行った。
「……」
壁に刻まれた数字が私を笑っている、華奢な手に握られた数字は、何処を見ても探しても見つからない。
落ちて行く私は見上げた、壁を登り切って喜ぶ彼らの姿を。
努力が実を結んでいた。手に持っているよりはるかに大きく、立派で、自分がどれだけ怠けていたかを物語っていた。
「……ああ」
私以外にも落ちて行く、悲鳴を上げたり、怒ったり、様々だ。
けれども私はそこまであの壁に執着してはいなかった。単なる興味、暇つぶし、運が良かったら受かるといいなとか、そんな軽い気持ちでしかなかった。
だから別に、このまま落ちて行っても構わないし、なんなら落ちることさえやめても構わない。
「やっぱり厳しいよな、男がメイドだなんて」
そう言って、私は壁から背を向けて歩き出した。
もう一度とか、次こそはとか、そんな希望的観測は無かった。
「はぁぁぁぁぁあぁぁ……」
公園のベンチの上で深いため息をつく、体にも頭にも全く力が入らない。
貯金を貯めて買った参考書や勉強道具、寝る間も惜しんで鉛筆を握った日々が全て無駄だと思うと、全部どうでもよくなってきた。
二回目の受験はやる気的にも金銭的な意味でも無理だ、仮にアルバイトを増やしたとしても、勉強に時間を喰われてしまい、最悪の場合過労で倒れる。
やる気、金、時間、あらゆる点に置いて八方塞がりな自分の状況が、この季節の殺人的な陽光をさらに際立たせた。
「……あつ、い」
ダラダラと汗が出る、止まらない、止まってくれない。
そう言えば昨日から緊張して何も食べていない、思考した瞬間に腹が鳴り始め、一気に腹の底の力が抜けていく。
眠い、そう知覚した瞬間私は深い眠りに落ちていた。
誰かの呼び声が聞こえた気がするが、もうそれを確かめる術は無かった。
 




