第9話 栃木に化学を
壬生城がすんなり攻略できたことで、かえってモヤモヤが晴れなくなった。何か見落としがないか、俺に出来ることはないかが頭をぐるぐる回り、落ち着かない日を過ごしている。
そんな時は散歩だ。
下男を連れて領内を回っていると、何やら喧騒が聞こえてきた。なんだなんだと野次馬根性で近づくと、一人の青年が役人と揉めているようだ。
「お願いします!!どうか!!」
「触れ書きを見たであろう。タンポポの納品は童に限るとなっておる。曲げることまかり通らん」
「そこを何とかお願いできませんでしょうか?!病気の母が家で待っているのです」
見れば童とは程遠い、色白で線の細い二十歳前後の成人男性だった。見れば確かに役人の言うとおり、タンポポの入ったザルを抱えている。
「ならんならん!童でないならば納品は自然薯だけとなっておるのだ。諦めよ」
(役人の主張は尤もだな。しかし、んん.....?)
よくよく観察していると、青年のザルは茎と根が丁寧に選別されている。どこかで洗い流してきたのだろう、泥も付いていないようだった。相当に几帳面な性格なように思える。
その様子を見て俺は途端に不安になった。
なにせタンポポの用途は伏せよと厳命してあったのだ。であれば何故ああも綺麗に仕分けがされているのか、どこかで情報が漏れているのか、気になって仕方がない。
「おい、あそこで揉めている青年が何故に茎と根を分けているのか確認してまいれ」
「承知しました」
俺はドキドキしながら下男が戻るのを待った。男相手に遣いをやって返答を待つとか....俺は乙女か、と自問自答してしまった。ほどなく戻ってくる下男。
「お待たせ致しました。あの者ですが、役人が根と茎を分けて運び出す様子を見ていたようです。事前に仕分けをしておけば、高く買いとって貰えるかもしれないと考えてのことだと」
「なるほどな。よく見ていたということか」
とりあえず情報漏洩がおきていないようで安心した。
それにしてもあの判断力、観察力ともに申し分ない。俺はあの青年が気になって仕方がなくなってしまった。
*****
私は貧しい農夫。
病の母を救うため、自然薯を探しに森へやってきた。
「この森で採れた自然薯を売って薬を買わねば。どこだ、どこにあるんだ....自然薯はどこだ」
「待っていたぞ。私は、悩める領民を救う、この下野の大領主だ」
「りょ、領主様?!」
「母を思うお前の優しさに胸打たれ、お前を助けにやってきたのだ」
「本当ですか?!信じられない。ありがたき幸せにございます!」
「お前の望み1つだけ叶えてやろう!」
「ならば.....どうか母の命をお救い下さい!!」
「...............」
「.....駄目でしょうか?!私に出来ることであれば何でも致します!!」
「いや、問題ない。そうだな....母上には薬師を付けてやろう。その代わりにお前には俺の仕事を手伝ってもらう。なに、単純な作業だから安心せい。禄も出そう」
「あ、ありがとうございます!!」
どんな仕事かも説明していないのに快諾とは、それほど母上の病は重いのだろうか。まあ良い、受けてくれるならこちらも大助かりだ。
*****
俺が拾ってきた青年は信芳と名乗った。だいぶ以前に商家から離縁されたらしく、まともな食い扶持を持てないまま日銭を稼ぎ、母と妹を何とか食べさせていたらしい。
「身の上は分かった。誠心誠意、仕えること期待している」
「若様の御厚情に報いるためにも精一杯勤めさせて頂きます」
とりあえず信芳の能力を確かめるために簡単な作業をいくつか命じたところ、真面目さと器用さはかなりの水準にあるように思えた。
「もう良いだろう。本番だ、これをやってみろ」
事前にしたためた指示書を渡す。
「一の工程、木材を燃やした際の煙を集め、これを冷やして出来る水滴を集めよ。二の工程、集めた水滴を火の気の無いところに移動させ、上澄みを取り除いて密閉保管せよ......ですか。承知しました」
「理解できたか?」
「燃えやすい何かを取り出すための作業なのだと理解しました。煙を集めて冷やすと言うところが分かりませんが、一度やってみようかと思います」
やはり理解が早そうだ。商家の出というのも関係があるのだろうか。
「そうだ。これはメタノールという液体を作る製法だ。最後に残った汁は燃えやすいから十分注意するように。それと煙を液体にする工程だが、そこにある竹の管が勝手にやってくれるから心配するな」
「あの、質問しても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
「私には若様が6つか7つほどにしか見えないのですが....あまりにも博識すぎて.....私の目は病気なのでしょうか」
「それは聞くな。俺にも分からん」
良い拾い物をした。たまには散歩をしてみるもんだ。
栃木県を関東の雄とするために、作りたい化学製品が山ほどある。信芳がうまく育ってくれると良いが.....。
勢いでふざけ過ぎました。
たまにふざけますがお許しください。