第7話 芋は栃木県
俺は留守番だ。
何の留守番かって?当然、戦の留守番に決まっている。5歳で戦場に出る訳にも行くまいと、芳賀高定と珍しく意見が一致した。
ーー 若様がヒトの一生分を夢の中で経験したと言ってもそれはそれ、戦と女は元服してから.....でございますな。
ーー そうか。どっちも興味がないからそれで良い。
そう言うと、途端に顰めっ面になった高定のことを思い出した。本当のことを言っただけなんだがな。
高定は.....そう、どことなくレスリー・ニールセンに雰囲気が似ている。裸の銃を持つ男の主演の、あのおっさん。普段は真面目な顔をしているのに、油断していると顔芸で笑わせにくる。勘弁して欲しい。
まあそれは良い。
いずれにせよ俺は留守番となり、高定は壬生城へ出兵した。恐らく勝てるだろうが、こればかりはやってみないと分からない。吉報を待とう。
ただ、女のことは気にならないと言えば嘘になる。正史では佐竹義昭の娘、南呂院を嫁に貰うことになるはずだが、佐竹と同盟して宇都宮家を復興するルートを蹴ってしまった。一体どうなることやら。
(うーん、茨城の女性か.....)
栃木県民であることを理由にフラれた嫌な記憶が一瞬蘇りかけ、別のことを考えようとする。しかし目の前の質素な朝食から意識を遠ざけるように思考していたから、なかなか思うように女の顔が霧散しない。
(これはなるべく早く食の改革をした方が良いな)
毎食毎食、米に味噌汁、梅干しと里芋の漬物では気が滅入るわ。食は未来の健康に繋がる。宇都宮広綱の身体は病弱だったはず。俺自身長生きしたいし、領民皆にも喜んで貰いたい。そう決意して無理やり米を胃袋に流し込んだ。
*****
「若様の言いつけにございました、自然薯と竹を用意しましてございます」
下男の前にはなかなか大ぶりの自然薯が多数並べてあった。採集に協力してくれたであろう農民たちが、自然薯の傍で萎縮しながら控えている。
「去年は、畑の芋はよく採れたのか?」
「いえ昨年は梅雨さ長かったもんで、芋はなかなか....なあ?」
「ええ、お侍様、そうでございます。去年は不作でごぜえました」
「んだんだ。んだべよ」
食事に出てくる里芋を見ていると、やけに痩せた里芋だったから昨年は不良だったのではないかと思っていた。保存のために干したりしたせいもあるだろうが、とにかく小振りなうえに実が固い。
「なるほどそれはいかんな」
「しかしどうにも....お天道様のご機嫌だけは....」
そりゃそうだ。しかしヒトの身でも出来ることはある。
「いずれにせよ、今年からは自然薯も混ぜて植えるようにしろ。多品種栽培は気象変動の影響を受けにくくなるうえ、自然薯はカネになるから生活の助けになろう」
そう言ったものの、農民たちの反応は冴えない。眉を八の字に曲げるものや、口をもごもごさせているものなどが多数だ。
俺が子供だと言うことで信用してないのか、遠慮して発言できないのか分からないが.....。
「若様は芳賀様の主君にございます。失礼のないように」
下男がナイスな助け舟を出すと、農民一同は両膝を突いて許しを乞うように動いた。
「「「へ、へへええええ!!」」」
「膝なんてつかなくて良い。今は農作物を如何に多く育てるかということが大切なのだ。気になることがあるなら遠慮なく申せ」
すると農家の1人がもじもじしながら申し出た。
「あのお侍様。自然薯は他の芋っころと違って、畑では育たねえんでさ。自然薯は薬さ言って商家が買い取ってくれるもんで、暇な時に山に探しに行っておりますが.....。オラたちもこれが栽培できれば楽になんですがねえ」
「そうだな。確かに自然薯は畑では育たない。しかし竹を巧みに使うことで畑でも栽培ができるようになるのだ」
「はえっ?!」
「た、竹を?!」
「き、聞いたこともねえべが.....」
「クレバーパイプ栽培と言ってな。竹の中に痩せた赤土を詰めて地面に植える。地面から少し顔が出るように支柱を立て、支柱の中ほどに自然薯の種芋を植える。これだけだ」
「くればー.....ぱいぷ.....」
「暮れ婆?」
「本当にこれで自然薯が育つんだべか....」
「とりあえずやってみろ。何事も試行錯誤だ。今年は芽が出ることを確認さえできれば十分だ。なに、報酬は芳賀家から出すゆえ気にするな」
「「「へへええ!!!」」」
現代の真岡市に、トロロを冷凍製品化しているセ◯バという事業者があったのを思い出してやってみたが、上手くいくかどうか.....。ましてやもう10月で作付けの時期から大きくずれているし。
まあ未来への種まきだと思って割り切るしかない。
いずれにせよ、自然薯の大量栽培ができれば食卓事情は急改善だ。とろろに醤油を垂らし、米にぶっかける。ああ、なんという素晴らしい未来。上手くいくことを祈ろう。
しかし栃木県の特産品は里芋の方だと言うことを忘れてはならない。自然薯にかまけて里芋栽培を疎かにすることは許されないのだ。特にこの戦国時代の戦場メシは里芋が主役。すなわち栃木県が時代の主役といっても過言ではない。
一方、自然薯は.....群馬県や茨城県の特産品だったか。いずれ上野国(群馬県)や常陸国(茨城県)を獲った時に作付けの再配分を考えないとならないだろう。
自然薯栽培のために黙々と畝を作っていく農民たち。その農作業を眺めながら、これからのことを俺は思案していた。
※実在の民間企業名を伏せました